ホテルの客室単価は景気がよくなれば値上がりするのか?

ホテルコンサルタントの堀口洋明です。

アベノミクス以降の円安やビザの要件緩和などを含む政府・観光庁のビジットジャパンなどの影響もあってか、国内の主要都市の宿泊施設は好調が伝えられており、「ホテル客室単価 上昇の兆し 一部、08年以前回復も 」といったニュースを見る機会が増えています。

上記の記事は沖縄の地元紙「琉球新報」によるもので、本文中には客室単価の上昇を図る要素として『客室改装などが単価上昇に寄与している。・・・中略・・・専門家は、客室単価引き上げは各ホテルがどう付加価値を付けていけるかだと指摘している。』と客室改装と付加価値向上の2つを挙げています。過去の同様の記事では「早割りプランの削減」なども挙がっていました。

その他にこんなニュースも。

ところで「景気が良くなる=たくさんのお客様が宿泊してくれるようになる=OCC(客室稼働率)が上がる」なら判りやすい構図なのですが、「景気が良くなる=ADR(客室平均単価)が上がる」というふうに考えてよいのでしょうか?

また、それはホテル・旅館などの宿泊施設の戦略によって実現されていると考えてよいのでしょうか?

レベニュー・マネジメントを導入する過程でホテル・旅館の方が自分自身の状況を分析している内容をお聞きすることが多いのですが、それから考えると「大まかには景気動向=予約の増減に合わせて価格をコントロールしようとしているが、意図の通りのADR上昇を実現できた例は少ない」と言えるのではないかと思っています。

一般的な消費財の販売を考えると、景気が良くなれば「余裕が出てきたから、どうせなら今までよりも良いものを買っちゃいましょう」という心理が働き、高級品が売れるようになる

→その商品カテゴリーの平均単価が上昇する、という傾向が見られます。

さて、この「今までよりも高級な品物への移動」ですが、企業側から見ると2つの方向性に分かれます。

  •  同一カテゴリー内での高級品への移動
  •  普及カテゴリーから高級カテゴリーへの移動

例えば果物を例に考えて見ましょう。

「同一カテゴリー内での高級品への移動」とは、セールのオレンジ → ブランド品のオレンジ に購買対象が移ることを表しています。「普及カテゴリーから高級カテゴリーへの移動」とは、オレンジ → マンゴー の様に同じ「果物」の中でもよりグレードの高い商品に購買対象が移ることを表しています。

ホテル・旅館について上記2つを当てはめてみるとこんな感じでしょうか。

●同一カテゴリー内での高級品への移動

  •  低価格のプラン → 高価格のプラン へ
  •  低価格の部屋タイプ → 高価格の部屋タイプ へ

●普及カテゴリーから高級カテゴリーへの移動

  • エコノミー・ホテル → ラグジュアリー・ホテル へ

上記の移動はいずれのケースにおいても、お客様の自発的な意思で移動が行われるのですが、企業側の施作によって移動を誘導することも可能です。

  •  高価格プランへ誘導するために低価格プランの販売を減らす・廃止する
  •  高価格な部屋タイプへ誘導するために低価格な部屋タイプのオーバーブック販売を抑制する
  •  普及カテゴリーを廃止する(装置産業であるホテルでは難しいが消費財の販売では見られる)

こういった販売のON/OFFだけでなく、国内ホテル・旅館では「同一の商品を需要の状況に合わせて価格を変えて販売する:ダイナミックプラシング」が主流になっていますので、お客様の意思を伴った「移動」ではなく、ホテル側の主体的な「値上げ」によってもADRの上昇がはかれることになります。

また、ホテル・旅館はマーケットセグメント(お客様の種類)やチャネル(予約経路)毎に異なる料金を提示することが一般的です。代表的なものは「団体割引」があります。この様に、マーケットセグメント毎に異なるADRが存在しますので、低ADRセグメントの販売量を制限し、高ADRの販売量を増やすことでも全体的なADRを増やすことができるのです。

おおまかに効果の高い順に整理するとこのような感じでしょうか。

  • 高ADRセグメントを増やし低ADRセグメントを減らす (ゲストミックスの調整)
  • 販売価格の値上げを図る

>>>ダイナミックプライシングのレベルを引き上げる ( 通常時 Dランク10,000円 → Cランク12,000円にレベルの設定を切り替える)
>>>ダイナミックプライシングの価格帯を見直す ( 最高ランク 20,000円 → 22,000円 最低ランク 5,000円 → 5,500円 に引き上げる)

  • 高価格プランを増やし低価格プランの販売を制限する
  • 低価格部屋タイプのオーバーブックを抑制する

さて、上記をよく見ていただくといずれも「売り方」の問題が中心で、客室改装や付加価値向上といったものは触れられていません。何故かというと、意外かもしれませんが改装とADR向上には直接の因果関係がないからです。

客室を改装したとしても、販売価格をホテル側が変えない場合はADR上昇に結びつきません。もちろん、改装前よりも滞在快適性は向上しますから、お客様の満足度は上がるでしょうしリピート率や口コミの影響改善につながるかもしれませんが、ADRを上げるには改装後の部屋タイプの値上げを行うなど「売り方」の変更が伴わなければならないのです。

マネジメントの方にご記憶いただきたいのは、改装に合わせて売り方の変更検討は必須だということです。

改装した部屋タイプが上位の部屋のみで下位の部屋は既存のままの場合、お客様を改装後の部屋タイプに誘導できればADRは上がりますが、自発的に上位の部屋タイプを買ってくださるお客様が少ない場合にはやはり「売り方」の問題となってきます。

付加価値向上が「接客レベルの向上」を指すのであれば、客室改装と同じ動きだと思ってよいでしょう。顧客満足度が上がりリピート率や口コミの影響は改善しますが、売り方の変更がなければADRは上がりません。

逆に言うと、改装や付加価値向上を実施しなくても、(景気が良ければ)売り方だけでもADRを上げることができてしまうのです。ただしこれをやると、顧客満足度の低下を招きやすく、中長期的にはデメリットが大きいだろうと考えるホテル・旅館の関係者が主流のようです。

景気が良くなれば、お客様の自発的な購買行動の変化により単価上昇が期待できます。お客様の自発的な変化に加えて、ホテル・旅館側の誘導が加わればより高い効果になるでしょう。その時に自信を持って売り方を変更できるよう、商品性の改善に努めていく、というのが望ましいと思います。

現在、海外マーケットは好調ですが、国内マーケットの展望はいまのところそう明るくはありません。お客様の自発的な購買行動の変化は、主に海外マーケットで起きていると考えられますので、その点を踏まえて今後の戦略を検討していただくのが良いのではないかと思います。

さて、皆さんのホテル・旅館では「企業側の戦略」がADR上昇、ひいては収益改善にうまく繋がっているでしょうか?この機会に確認してみてください。

堀口 洋明(ほりぐち ひろあき)

堀口 洋明(ほりぐち ひろあき)

ホテルコンサルタント。長崎大学卒業後、国内のリゾートホテル、シティホテル、ファンド系ホテルチェーン本部勤務を経て2007年に株式会社亜欧堂を設立。国内系・外資系、シティホテル・ビジネスホテル・リゾートホテルといったホテルの業態を問わない経験を持ち、「ホテルマネジメントをサポートする」をコンセプトに、国内ホテルを中心にコンサルティングを提供中。著書に「ホテルの売上倍増実践テクニック100(オータパブリケイションズ)」など。

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