中国モバイル旅行市場の現在を読み解く  - ユーザー行動の変化から3大主力企業の動向まで

アジアの旅行業界動向レポート(中国編)

拡大を続ける中国人旅行市場。先ごろ開催された「WIT Japan 2016」では、中国の旅行メディア「トラベルデイリー」のジョセフ・ワン・マーケティング統括責任者(CMO)がまとめた中国モバイル旅行市場の現状分析を紹介。ソーシャルメディアからアプリ、拡大するOTAの勢力図など、中国のトレンド情報に注目が集まった。その要旨をレポートする。

中華人民共和国国家旅游局(CNTA)統計によると、中国人の海外旅行人口は2015年実績で前年比12.25%増・1億2000万人。2020年には増加率こそ8%に減速するが、中国人海外旅行者数は実に2億人に達すると予測されている。昨年の海外旅行者の訪問先内訳は、約7割の訪問先がタイ、台湾、香港、日本、韓国などの近隣のアジア諸国に向かった。昨年第三四半期の中国人の海外旅行者の訪問先シェアでは、1位がタイ(14%)、次いで香港(12%)、日本(11%)。そのほか韓国(9%)、台湾(8%)、マカオ(7%)、シンガポール(4%)だったという。

利用する宿泊施設は、3つ星ホテルが最も多く全体の45%、そのほか4つ星(34%)、5つ星(13%)となっているが、一方で個人所有の家やアパートの一室をレンタルするシェアリングエコノミーが10%、B&Bが6%など、利用形態は多様化している(フォーカスライト統計)。

オンライン市場を左右する“BAT”3社

中国人旅行者の消費動向において、カギを握るのはモバイルだ。スマートフォンの利用台数は、現在、中国国内で11億8000万台。主に1980年代以降に生まれた世代が利用者のボリューム層だ。最も利用者カバー率が高いモバイル・アプリは、インスタント・メッセンジャーの「微信(WeChat)」と「QQ」で、それぞれ76.3%と76.1%。どちらも中国のSNS最大手、テンセント社のアプリだ。

そのほか、利用者カバー率の上位20アプリには、eコマースや音楽系のアプリなど様々あるが、特筆すべきは、同20のアプリのうち、実に計16が「BATグループ」。つまり検索エンジン最大手のバイドゥ(B)、eコマース最大手のアリババ(A)、そして前述のテンセント(T)系列のもので占められていることだ。最多はテンセントで計7アプリ、アリババが6つ、バイドゥが3つ、残りが他社となっている(出典:トーキングデータ社のモバイル調査資料、2015年7月)。

中国のオンライン旅行市場においても、この3社の存在感は圧倒的だ。各社の事業や出資動向を見てみると、現在、オンライン旅行事業に最も力を入れているのはバイドゥと言える。中国最大手のOTAシートリップ(Ctrip)株を保有しており、さらにシートリップ傘下では、フライトやホテル予約OTAの芸龍(eLong)やチューナー(Qunar、去哪)、中国版民泊サイトの途家(Tujia)など、様々な旅行サービスを展開している。なおバイドゥは、ウーバーにも出資している。

eコマース全般で最強と言われるアリババは、中国で最もよく利用されているオンライン決済システム「アリ・ペイ」も運営しており、ネットでの消費動向やクライアント・データをよく把握している。旅行業では2014年、阿里旅行を分社化。他にもアウトバウンド旅行に強い百程旅行(baicheng.com)など複数ブランドを傘下に持つ。

第三勢力となっているのは、SNSやメッセンジャーの最大手、テンセント傘下のOTA。中国版グルーポンと言われる共同購入サイトの美団(Meituan)や、シートリップとの資本関係もある芸龍(eLong)に出資している。

以上がBATの主な状況だが、一方で、既存の旅行会社も動いている。例えば海南航空の親会社、海航集団や、ユー・ツアー(Utour、众信旅游)などの中国旅行会社も、オンライン事業への投資に積極的だ。

複数の旅行アプリを使いこなす中国人旅行者

こうした中で、中国の旅行者は、どのように各社のモバイル向けアプリを利用しているのだろうか。興味深いのは、一つのアプリだけを利用している訳ではなく、色々な旅行予約アプリを使い分けている様子がうかがえることだ。

トーキングデータ社による昨年10月末(10月26日~11月1日)のデータ解析によると、中国で旅行関連アプリを少なくとも一つダウンロードしたユーザー数は、2015年実績で3億9000万人と、全人口の3割を占めた。2016年には、旅行のオンライン予約において、アプリが最大のツールになることが確実視されている。

同じくトーキング社が今年2月に調査した「2016年旧正月の中国人旅行者によるアプリ利用」データでは、地域別の違いも出ている。例えば、北京の利用者がよく使うアプリは「教育」「ラジオ」関連が最多。これに対し、上海では「O2O(共同購入)」「交通」、広州では「アプリ・マーケット」「ビデオゲーム」、天津では「ビデオゲーム」「ラジオ」、杭州では「銀行」「写真」という結果になった。

旅行関連アプリの利用状況では、複数のサービスを使い比べている様子もうかがえる。例えば最大手シートリップのアプリを利用しているユーザーのうち、約25%がチューナーのアプリもインストール。一方、チューナーのユーザーで、シートリップも利用した人は20%。またブッキング・ドットコムのアプリ利用者で、シートリップも利用した人は全体の3割強、チューナーは同3割弱だった。

なお、シートリップのアプリ利用者とブッキング・ドットコムの同利用者がインストールしているアプリの種類を分野別に見ると、シートリップ利用者は金融関係とeコマースの比重が大きいのに対し、ブッキング・ドットコム利用者は旅行関係のアプリの比重が多く、より旅行に関心の強いユーザー層を抱えていると言えそうだ。

旅行のあらゆる局面で、消費者との接点は激変

今後、中国のオンライン旅行市場を読み解くカギは、やはり三強の勢力となっているBAT3社だ。バイドゥは最もよく利用されている検索エンジンであり、最大手OTAのシートリップを抱えている。アリババは、支払いサービスのプラットフォームとeコマースでは他の追随を許さない。テンセントは、モバイルの時代に適合した多様な分野で事業を展開し、相乗効果で成長を続けてきた。それぞれが異なる強みを持っており、これからの展開が注目される。

中国人旅行者がこれからどのように変化していくか、その中核となるのはもちろんモバイルだ。消費者が、旅行意欲を刺激される場面に始まり、検索し、計画をたて、予約し、シェアし、経験するというあらゆる局面において、従来とはまったく異なる新しい時代へのシフトが進んでいる。モバイル上では、今までは存在しなかった消費者との接点が、ものすごい勢いで出現している。変革期は、まだまだ続くと予測している。

取材・記事:谷山明子

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