東京五輪が、1年遅れで2021年7月23日に開幕する。新型コロナウイルスが発生する前、日本の観光事業者は、五輪がインバウンド市場をさらに成長させると期待していたが、7月12日から8月22まで4回目の緊急事態宣言が発出され、五輪も無観客となり、成長どころか厳しい状況がまだ続く。
こうした中、米国の観光産業メディア大手「スキフト」は、そのような状況の日本の旅行市場の供給過多問題や政府が掲げる目標について日本の関係者に取材をおこない、その内容をまとめた。
供給過多の問題が顕在化か
パンデミック以前、日本のインバウンド市場は7年連続で成長。訪日客数は2019年には3180万人となり、世界ツーリズム協議会の数値では旅行消費額は490億ドル(約5.4兆円)、観光産業の雇用は全体の8.5%を占めるまでになった。
慶応大学教授で元日本銀行政策委員会審議委員の白井さゆり氏は「その成長は、2012年に東京が五輪開催国に決まったこと。そして、日本銀行の金融政策によって、金利が下がり、建設や不動産が活気づいたことも大きい」と話す。円安も進行し、世界の旅行者にとって日本は訪れやすい国になった。
現在の最大の懸念は、東京五輪を見越して建設されたホテルや不動産の供給過多だ。ベンチャーリパブリック代表の柴田啓氏は「東京のホテルと簡易宿所の数は、五輪前と比べて倍増した。過去7年で、多くのホテルやショッピングセンターが新規開業した。言うまでもなく、それらは多くの借金を抱えて建てられた。それが問題だ」と指摘する。
一方、東京観光財団はハードではなくソフトパワーの重要性を指摘。「五輪では世界中の人々を迎えるために、若者、高齢者、学生、ボランティアなど多くの人々が準備に携わってきた。これは将来、東京のレガシーになるだろう」と話す。
日本政府観光局(JNTO)ニューヨーク事務所の山田道昭氏は「五輪を日本の魅力を発信する機会。将来、旅行制限が解除されたら、日本を訪れてもらえるように、安全な旅行先であることを伝えていきたい」と前向きだ。
しかし、スミス大学経済学部のアンドリュー・ジンバリスト教授は「五輪によって、経済が活性化され、将来旅行者が増えるという証拠はなにもない」と話し、五輪による観光活性化に疑問を呈する。
希望の光はワクチン接種と日本のブランド力
五輪は無観客となったが、ワクチン接種が進んでいることは日本の観光産業にとって朗報だ。多くの専門家が、今年第4四半期までに人口の60~70%がワクチン接種を完了すると見ている。
データ分析のグローバルデータ社は、日本の国内旅行がパンデミック以前に戻るのは2022年。インバウンド市場は2024年にパンデミック前のレベルに回復すると分析している。
JNTOは「政府が掲げる2030年の6000万人、消費額15兆円の目標の達成は可能」との考えを変えていない。
一方、慶応大学の白井氏は、文化的な違いが国内旅行あるいは海外旅行に対する感情を左右すると指摘。「欧米人は、旅行再開に楽観的に見えるが、外国人から感染することを心配している日本人は多い」と話す。
ベンチャーリパブリックの柴田氏は「日本の観光のユニークな観光資源を考えると、長期的にはインバウンド市場を楽観視している。政府目標の6000万人も達成できるのでは」と話す一方、「短期的には、最大市場の中国がいつ海外旅行を再開するのかなど不確実はまだ多い」と付け加えた。
スミス大学のジンバリスト氏は、五輪が長期的に見て観光産業に利益をもたらすかどうかについて、現在の日本の状況は、日本のような成熟市場に対して、そのリスクを示しているようなものだと指摘する。実際、近年では五輪開催国に名乗りを上げる国は減り続けている。「私たちは、今ターニングポイントにいると思う。東京は、それを如実に示している」。
※ドル円換算は1ドル110円でトラベルボイス編集部が算出