旅行業界で上手くAR(拡張現実)を活用するポイント、開発者が欲しがる旅行会社のチカラ

会場は立ち見が出るほどの盛況

AR(拡張現実)とは、ウェブカメラやマイクなどを通して得た現実の世界にデジタル情報を追加するテクノロジーのこと。すでにARを活用した商品やサービスが出回っているが、スマートフォンの世帯普及率が5割を超えた今、消費者が日常的にARに触れる社会が目前に迫っているといえる。旅行業でARを効果的に活用するためのポイントを、AR開発の世界大手メタイオ社主催のシンポジウム「インサイドAR Japan2014」で探った。



▼技術開発者が欲しがる旅行会社のチカラ

ガイド・ナビ機能からマーケティングへの活用へ

成田空港で期間限定で使用されたバーチャルマネキンもAR技術

観光分野でのARは、観光地のナビゲーションや観光施設内のガイド、記念撮影用のフォトフレーム、スタンプラリーなどで活用されている。アニメや映画の舞台となった旅行先で作品に登場するキャラクターを見せるなど、ARを旅の目的とするツアーの催行例もある。

さらなる旅行業界での可能性を、メタイオ社のAR技術の商品開発・ソリューション提供を行なうサイバネットシステム執行役員の加苅政猛氏に聞いたところ、ARとヴァーチャルリアリティ(VR)を含めて、「次は旅行業界にアプローチしたいと思っていたところです」と、旅行業界での活用に大きな期待を抱いている。

というのも、「技術は手段に過ぎません。大切なのは企画とコンテンツで技術を活用し、お金に変える仕組みを作ること」で、「旅行業界には写真、動画など旅行の魅力を訴求するのに必要なものをすべて持っているはず」だからだ。「価値を出すことが一番の課題」だが、ARやVRで「疑似体験したからもう旅行に行かなくていい」ではなく、「これを実際に見てみたい」と思わせるほどの魅力を伝えることが大切だと強調する。


疑似旅行のデモは浅草版でも作成。写真ではダブっているが、実際はリアルな映像が見られた

加苅氏はすでに、デモの段階ではあるが、事前視察ができない海外挙式をiPadで確認する「バーチャル挙式」や、「ヘッドマウントディスプレイ」を使用したVRの模擬海外旅行なども試作。模擬海外旅行は「ミラノの街を完全に3D化し、現地に行ったことのある人も驚くほどのリアルさで再現できています」というほど、技術的には仕上がっている。

そのほかにも、次の事例にもあるように、パンフレットなど紙媒体でのARの利用も考えられるという。観光地での使用だけではなく、旅行前の検討時にも活用できる可能性があるようだ。



▼すでに世に出ているAR商品・サービス

観光・旅行に応用しやすい3つの事例

エアコン室外機を置いた仮定の現実が映される。営業マンが使用

ARはすでに一般的販売されている商品やサービスで活用されおり、世界最大の広告祭「カンヌライオンズ」で、日本の水族館が制作した誘導目的のARナビゲーションが賞を獲得するなど、宣伝・マーケティングの分野でも新しいプロモーションの有効的なツールとしてARが注目されている。シンポジウムで発表された最新技術を使用したARの商品・サービスのうち、旅行業界で応用できそうな例をいくつか紹介する。


1、ペンギンナビ(エルバホールディングス)

池袋サンシャイン水族館で2013年に実際に使用されたARナビゲーションシステム。駅から1キロ離れ、徒歩でのアクセスが遠い同施設へ、他の商業施設に吸い込まれることなく来場してもらうための仕組みとして作成した。

スマートフォンで道路をかざすと、画面越しに3DCGのペンギンのキャラクターがトコトコと先に歩いて、水族館までナビをする。本物の動きにこだわった歩き方は愛らしく、「カンヌライオンズ」でモバイル部門、デザイン部門でゴールドなど各賞を受賞。

2、ARブック(エルバホールディングス)

2014年5月に発売。旅行商品を販売するパンフレットや紙媒体で活用できる。絵本にスマートフォンやタブレットをかざすとエアタブが表示され、音声で読み上げたり、絵が3Dで表示され、動かすこともできる。多言語対応で音声の読み上げも可能で、絵が本から飛び出て、ディスプレイ越しに部屋の中を跳ね回ったりするような映像も見られる。

3、エムリアル(キヤノン)

MR(Mixed Reality)とは、現実世界と仮想世界(VR)を融合させた複合現実の映像技術。キヤノンでは産業用の開発に注力しており、例えばダイワハウスでは注文住宅のバーチャルリアリティ体験で使用。また、展示会では会場に運べないような大型機器のバーチャル出展も可能だ。外側だけでなく、実物では見ることができない内側も可視化できる。店頭や顧客を集めたイベントで、現地の魅力を仮想で体感する使い方も考えられる。

▼AR活用で旅行を売りはじめるのはいつ?

インフラが整い、日常に仮想・拡張現実があふれだす「今」

展示会場も大盛況。眼鏡型ウェアラブルPCの出展も多かった

ARが今、注目されている理由は大きく2つだ。1つは、ARを身近にするスマートフォンの急速な拡大により、ARの利用基盤が広がりつつあること。

冒頭のプレゼンテーションで加苅氏は、スマートフォンの世帯普及率が2014年3月に54.7%(内閣府・消費動向調査)となったことを引き合いに「今後はスマートフォンが市場をけん引していく」と強調。これに加え、ARをスマートに利用できるウェアラブル端末の本格展開も控えており、グーグルグラスの一般販売でさらに加速すると予想する。



サーモセンサーを活用したAR技術。指の温度で指示するポイントが分かるため、どこでもタッチパネルを作ることができる

もう1つは、ARを取り巻く各種技術の進化。ボール1個分程度の誤差で距離が測れるGPSなどの測距・測位技術の高度化や、安価に利用できる近距離無線通信「iBeacon」、奥行きや温度などが測れるカメラやセンサーなども開発されている。日々の技術の進化が開発者の意欲を掻き立て、新しいAR製品やサービスの発展に繋がるという。

旅行会社は今後、拡張現実や仮想現実が当たり前になる消費者に“体験”を売っていくことになる。従来の旅行会社の商品だったリアルの体験と対極にある技術である一方で、新たな体験として売る商品が増えるという見方もある。

それを旅行のあらゆる場面に広げて考えればさらに可能性は広がる。そのためには旅行業界の従事者が、各々の業務分野での活用を思い描いてみる必要があるように思う。


  • 取材・山田紀子(記者・観光ITレポーター)

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