ムスリム旅行者の受入れに欠かせない「ハラル」とは? 観光がイニシアチブを握るとき

日本アセアンセンター主催ハラル食品試食会で振る舞われた羊肉のナシゴレン

千葉千枝子の観光ビジネス解説

*右画像は日本アセアンセンター主催ハラル食品試食会で振る舞われた羊肉のナシゴレン。


▼今、話題のハラルとは?

ハラル認証団体は国内乱立の様相に

訪日外国人を対象にした観光ビジネスは今、円安と五輪決定を追い風に、競争も激化し始めている。なかでも、イスラム圏からの訪日需要の高まりが、これまでと違うトレンドの風を吹かせている。

イスラム教徒のことをムスリム(神に帰依する者の意味)と呼ぶが、ムスリム人口は世界の人口の約4分の1を数え、今なお増加傾向にある。その6割強をアジア・太平洋地域が占め、なかでもインドネシアは人口の約9割、2億人を超える世界最大のムスリム人口を誇る。インドネシアばかりでない。マレーシアも査証緩和策が功を奏して訪日需要が増している。この高まりを受けて、国内の空港や宿泊、商業施設等では、礼拝室やキブラ(祈りを捧げる方角のこと。メッカ(サウジアラビア・マッカ州)のカアバ神殿をさす)の表象・ミフラーブの設置が急がれてきた。

だが、ムスリムの受け入れ整備のなかでもっとも重要といえるハラルの現場が、混迷し始めているのも事実だ。

ハラルとは、イスラムの教義に則した食品、すなわち「許された食」を意味する。宗教に関すること、ましてや食であるからこそ、現場の対応もまちまちだ。なぜなら公的なガイドラインや規制がないから。だが、ムスリムの旅行者は着々と増えている。

そこで、この商機を逸しまいと、民間の事業者がハラル対応を加速させている。ハラル食品には認証制度がある。そして消費者は、認証マークでハラルを判別する。日本にも、かねてから認証団体は存在した。そこに近ごろ、新たな認証団体が国内で誕生するようになり、乱立の様相すら呈し始めている。


▼そもそもハラル認証団体とは?

ハラル取引の世界基軸に覇権争いも

マクドナルドにすらハラル認証マークが目立つところに大きく掲げられるマレーシア

ハラル認証で進んでいるのがマレーシアだ。1996年以降、マレーシア政府はハラル・ハブ政策を掲げ、現在ではハラル認証を世界で唯一、政府が行う。マレーシア連邦政府イスラム開発庁JAKIM である。マレーシアにおけるハラル適合の基準や認証の流れ、監査等は、国連でもモデルケースとして扱われ、マレーシアがハラル食品取引の世界の基軸と称された。

ところが、世界基軸をめざすのはマレーシアだけではない。ムスリム最大人口を誇るインドネシアのほか、シンガポール、トルコ、UAEアラブ首長国連合もハブ化への動きが著しい。

なかでもインドネシアのハラル認証は、厳格でありながら、市場規模からも注目されている。インドネシア・ウラマ評議会MUI(宗教学者協会と専門家たちで構成)の食料・薬品・化粧品審査会LPPOM-MUIが、ハラル適否の審査を行う。認証取得には、製造規定「ハラル・アシュアランス・システム(HAS)」を遵守しなくてはならず、持続性も求められる。

JAKIMにMUI、そしてシンガポールのMUIS(シンガポールイスラム評議会)等々、ハラル覇権争いがヒートアップしている。日本国内に認証団体が数々、生まれるのも自然の理なのかもしれない。


▼政教分離が基本の政府

偽ハラルにどう対処するか 真価が問われる

一般に、ムスリムが豚肉やアルコールを口にしないのは知られている。しかし、豚由来成分による加工品、例えばゼラチンを使ったテリーヌやハム、ベーコン、ショートニングを使用したアイスクリームやパン、麺類、さらにはコラーゲン入りの化粧品などもご法度で、アルコール成分を含んだ調味料・みりんで味付けしたものも食することはできない。豚・アルコールに限らず、肉食動物や爬虫類、昆虫類、水陸両生のカエルやカメ、蟹なども禁じられている。

これら非ハラル食品を「ハラム」と呼ぶが、ハラルとハラムは調理器具や食器はもとより、厨房や冷蔵庫、さらには倉庫や輸送手段も分けなければならず、スーパーでは売り場からレジ係員でさえ厳格に分けられる。ハラムはイスラムの戒律に則しておらず非合法とされるが、偽ハラルも世には出回っているのも事実だ。

各省庁も見解がわかれている。政教分離が基本なだけに、慎重な態度にならざるを得ない。そして民間事業者もまた、ハラルをビジネスにすることに真価が問われている。


▼ハラルは産業の一枠を超えたテーマ

観光がイニシアチブを握るとき

ハラルは一業の枠を超えたテーマだ。観光産業だけのテーマではない。日本の農水畜産物の輸出ならびにブランディングは、生産者にとってはもちろん、日本経済にとっても喫緊の課題である。和食ブームの影響から、特に輸出にハラル認証は避けて通れない。そこで近ごろは、各省庁によるハラルの実態調査、地方へのヒアリングも進んでいる。


観光に期待を寄せるあいあいファームの加力室長(外客で賑わうブッフェレストラン「だいこんの花」安謝店で)

豚文化の食事情で知られる沖縄もハラル対応への動きは速く、東アジア向けの輸出拠点として地理的条件も整う。沖縄県の今帰仁村を本拠にする農業生産法人 株式会社あいあいファームの経営企画室・加力謙一(かりき・けんいち)室長は、国産ハラルの情報発信や普及に「民泊や農家レストランなど、観光産業との連携が不可欠」と語る。

食は観光に、明らかによい還流をもたらす。ことハラルに関しては卵が先か、鶏かという議論の次元にはなく、ムスリム来訪が伸びている以上、確たる準備が必要だ。今、試行錯誤でハラルに汗をかくのは、農水畜産物や加工品の生産者・製造元以上に、外国人を受け入れる飲食店や宿泊産業の現場にある。

ムスリムに相対する機会は、今後ますます増えるだろう。だからこそ、内国消費のインバウンド観光を所管する官庁ないしは自治体が、指針を定めてこそ動きやすくなる現実があるはずだ。気持ちよくムスリムをお迎えするためにも、安直なオーソライズド・ビジネスが蔓延、乱立してはならない。

ハラルこそ観光が、イニシアチブを握るときにある。また消費財を生産する側も、観光におけるハラルの指針や事例の公表に期待を寄せているのではなかろうか。聖域であるからこそ、平和へのパスポートとされる観光のチカラが必要なのだ。

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