世界のリーダーが語った、観光立国・日本のための「文化デスティネーション」という考え方【コラム】

第二部全体イメージ

千葉千枝子の観光ビジネス解説

国際観光フォーラムと基調シンポジウム

ツーリズムEXPOジャパン2015から

「日本は文化デスティネーションを確立すべき」。登壇者の誰もが、そう口をそろえた今回のツーリズムEXPOジャパン2015。

今回は、複数の海外有識者が強調した発言やその視点を中心に、外からみた観光立国・日本への提言をレポートする。

 ※写真は2015年9月25日に開催された国際観光フォーラムの様子(筆者撮影)。

 

日本を唯一無二の文化デスティネーションに ―新たなタグラインで世界へ発信を

初日に行われた国際観光フォーラムと基調シンポジウムで登壇した外国人有識者のなかには、フランスの高級ブランド・シャネルの社長もいた。

外国人の視点から浮かび上がってきたのが、日本文化の唯一無二の存在感とその可能性である。独自の日本文化こそが、世界の旅人13億人(2020年予測)の観光動機となり、日本の観光はオンリーワンの道を歩むことができると、彼らは語った。

文化と一語でいっても、古典的な伝統文化からマンガのような近現代カルチャーまで巾広い。これら全てのブランド力の高さこそが、登壇者の日本文化に対する共通認識でもあった。文化の魅力を整備して、旅人のスイートスポットに確実に発信していかなくてはならない。その作業を粛々と、しかし早急に進めるべきときにある。

そして、これまでの「ビジット・ジャパン」や「ウェルカム・トゥ・ジャパン」という合言葉はそろそろ卒業して、次なるステージへのタグラインも見出さなくてはならない。観光立国から観光大国への扉は厚くて重い。だが、そうした時機に日本はあると、世界の有識者は明言している。

※タグライン(tagline)とは、ブランド発信のための英語のスローガンを、ここでは意味する。キャッチコピーと同義語。

 

文化発信に欠かせない日本人のアイデンティティと危うさ ―世界平和のために倫理をもって観光を

国際観光フォーラム基調講演(第一部)は「旅と文化」をテーマに世界観光倫理委員会議長パスカル・ラミー氏が登壇した

2020年東京五輪では、スポーツの祭典が開催されるよりも先に、文化芸術プログラムが国内各地でスタートすることが決まっている。古代オリンピックではスポーツのみならず、文化芸術も種目として競われた。それを本大会前のプロローグ的に、アテネ五輪(2004年)から復活させている。ロンドン五輪(2012年)では、クラッシック音楽からビートルズなどのロックまで、英国全土、同時多発的にイベントを行い、五輪の開幕につなげた。

「旅と文化」を演題に単独で基調講演に臨んだのは、UNWTO国連世界観光機関の補助機関である世界観光倫理委員会の議長、パスカル・ラミー氏だ。彼は基調講演「旅と文化」のなかで、「文化と観光は相互補完しあう。その方程式にもとづいた観光政策で、文化芸術面をさらにクローズアップすべきだ。文化は重要なコンテンツで、貿易や経済を超える。世界経済は均一化傾向にあるが、価値観やアイデンティティの追求は逆に多様化している。グローバル化が進む一方で、帰属意識への過度の高まりや他者排除といった現象もみられる。観光は倫理をもって振興などを進めるべきで、それは世界平和にもつながる」と述べた。

近年、加速するグローバリゼーション。その反動にアイデンティティへの追求がある。私たちが今、なすべきことは、日本人としてのアイデンティティといえる文化を、どう捉え、世界に向けて発信するかにある。そのためにも、日本の文化の由来や歴史をいまいちど紐解いて、誰もが魅力的に感じられるように表現しなくてはならない。またラミー氏は、我が国が抱える中韓の歴史認識問題や安保法案問題等々、日本の政治的な動きや世論も、暗に言及したと筆者はみる。近年の日本人の中韓旅行離れは、世界平和を掲げる五輪開催国で、あってはならないことだろう。

さて、ラミー氏は家族で毎年、オーストリア・ザルツブルク音楽祭を聴きにいくそうだ。1920年からの歴史あるこの音楽祭も、かつて世界大戦の影響をうけた。戦後は廃墟のなかで復活して、平和の象徴になったことを引用した。「世界は平和を求めている」(ラミー氏)。

「観光は平和産業である」とは、観光産業に従事する人たちが紛争や天変地異で旅行者が激減したときに声高に叫ぶセリフである。しかしそれを、自身の商売のために叫んでいたのであれば倫理観も問われよう。観光大国をめざす国家、そして従事者の姿勢もまた、世界からみられているのである。


必要なのはバランス ―保護と振興、伝統と新文化、それぞれにバランスを

ラミー氏は、「日本の文化は国際的にみて高い水準にあり、これからの日本の観光振興に大きな役割を果たす」と語った。それは有形無形のいずれもさし、「官民あげて保護保全に全力を尽くすべき」と力説している。必要なのは、バランスだ。

ラミー氏の母国・フランスのラスコー洞窟の壁画を例に、「ほどよい緊張関係をもって、古きよきものを守りながら、それも適切なガバナンス、すなわち政府や自治体など公的な機関がステークホルダーとなり、包摂しながら進めるべきである」と言っている。管理することと振興すべき点のバランスを上手にとりながら、進めていく必要がある。

さらに第二部のパネルディスカッションでラミー氏は、「エッフェル塔や、ルーブル美術館前のガラスのピラミッドは、誕生当初は異質に感じられても、時間の経過とともになくてはならない観光資源になった」と、母国の事例をもって私たちに温故知新を説いた。

私の祖父母の時代は、日本という異国を絵画で知った。私の世代は映画だ。クロサワやショーグンが印象に濃かった。だが、孫の世代になるとマンガという。マンガを通して世代を超えた日本という国のブランディングや観光動機の醸成は、今の時代、より有効性があるのではないか。

有形無形の古典的な伝統文化にばかり予算をさき、アニメなどのポップカルチャーを軽んじてはいないか。それを世界の目利きは許さないようである。

次に、シンポジウム登壇者3人のコメントを紹介、その視点を解説する。


視点1. UNWTO理事・アジア太平洋部長スー・ジン氏

日本は文化デスティネーションを目指すべき。観光と文化は、まるで夫婦のような間柄だ。そこに注力して、創造していくことが重要だ。

ただ、文化デスティネーションとして日本を世界に売り出すには、それなりのキャッチが求められる。単に「行きましょう」や「ようこそ」では効果が薄い。例えばマレーシアのTruly Asia のような、その土地の魅力を五感に訴えるような、あたかも暮らして感じているかのようなタグラインやサブ・タグラインが必要だ。

 


<解説>
ちなみにスー・ジン氏は、英国サリー大学でツーリズムマネジメントの修士号を取得し、香港中文大学や蘇州大学(中国)、慶煕大学(韓国)等で教壇にも立つエリートだ。彼が登壇するや、教え子だろうか、記者席で「スー・ジン!」と声を出したものがいた。周辺アジアは、観光政策において日本より数歩も先をいく国が少なくない。五輪後も衰えることのない、持続可能な日本の観光の有り様やタグラインが、今の私たちには求められている。

UNWTO理事でアジア太平洋部長のスー・ジン氏(左)とシンポジウムに再登壇したパスカル・ラミー氏(右)

視点2. 仏ブランド・シャネル社長で鎌倉在住のリシャール・コラス氏

かつて会議の席上、ときの小泉純一郎総理が私に、「どうやったらフランスほどの観光客を呼ぶことができるのか」と尋ねてきた。私は皆さんに言いたい。自分の国を醜くみせるのは止めなさい。自国を最も美しい国だと、誇りを持つべきだ。

こんなエピソードがあった。日本三景の松島(宮城)へ行ったときのこと、芭蕉の句をおもいだして眺めていたところ、その向こうにある発電所施設の光景が目に留まった。規制をかけないといけない。そうしたことを、小泉さんには言った。

鎌倉に暮らし、世界遺産登録に向けた活動もやっている。京都や奈良に次ぐ歴史があり、サムライの首都でもあり、数多くの寺院がある。そしてカリフォルニアのようにサーファーがいて、そのバランスがよいと感じている。

あれほどに美しい街は、フランスにもそうない。とはいえ、キモノ姿の人を見かけない。もっと、日本の民族衣装である着物という文化を大切にすべきだ。着物を着る日を定めるなどして、できれば6割の人が着物であったら、より素晴らしいだろう。多くの方が、着物をお持ちのはずなので、着る機会を増やすべきと考える。インフラについても考える余地がある。狭い道に、多くの観光客が訪れ渋滞になる。パーク&ライドのような手法をとるとよい。


 

<解説>


外国人親日家が語る手厳しい言葉に、私たち日本人は弱い。それは、あまりに正論だからだ。何事にも謙虚さを尊んだ、かつての日本人。しかし今、驕りと焦り、屈折があるのではないか。リシャール・コラス氏の一言一句に耳を傾けると、現代日本人の苦悩が浮かび上がる。東京銀座のシャネルで爆買いする中国人観光客に、羨望でない嫉妬を抱いている日本人も少なくないはずだ。私たち現代日本人の価値観をどこに据えるかを、フランス人こそが知っているのかもしれない。

シャネル社のリシャール・コラス社長(左)と和装袴姿の京都市・門川大作市長(右)(2015年9月25日国際観光フォーラム基調シンポジウム)

視点3. 2年連続で世界のベストシティ・京都の門川大作市長

今年は考えさせられる年、戦後70年という節目の年であるが、観光は、平和をつくりだすことができる産業でもある。人口減少にあって、絆を深めたいとする人が増えていると感じる。今日もキモノ姿だが、呉服の語源は(中国の)呉の時代にあると言われ、祇園はペルシャやインドに地名のルーツがあるとされる。それで中国・西安と提携姉妹都市を結んでいる。京都は、「ものづくり」、そして「物語づくり」で1000年の歴史を盆地のなかで紡いできた。これらは「ひとづくり」にも通ずるものだ。

2001年、京都市基本構想を掲げた。それまでの過度の競争から、節度ある京都市民の、本来あるべき京都人の姿に立ち返って今がある。産業も観光も危機的状況を乗り越えてきた。総合的都市政策が功を奏し始めている。今では(市内公立の)小学校、中学校で、生け花など日本文化を学ばせ、将来、英語で説明できるようにと、カリキュラムに盛り込んでいる。

改善したいのは、非正規労働者の割合が製造業3割に対して、観光業は7割と差が大きい点。都道府県別には、沖縄や北海道に次いで非正規率が高いのが京都の現状。観光に従事する例えば仲居やホテルマン、料理人こそ、豊かな暮らしをしてもらいたいと願っている。宿泊税などの導入も視野に、社会に理解を求めて改善していきたい。


 

<解説>


わが国の観光産業従事者の雇用環境は、けっしてよくない。日本有数の観光道府県である沖縄、北海道、そして京都の非正規率の現状が、公職者から国際会議の席上で語られたことは意義深い。観光関連の税制の整備も喫緊の課題だ。米国ハワイ州などを範に、諸税の整備を急がないと、観光産業は東京五輪後のリバウンドに悩まされるだろう。 京都市の具体的な取り組みについては、過去記事を参照されたい。

まとめ 世界からリスペクトされる観光大国・日本へ ―多様な価値観の調和性をタフに求めていこう

「旅することで、私たちは多様な文化と出会う。その価値観の調和性、すなわちハーモナイゼーションこそが今の時代には求められており、それをタフに追求することが重要」と、パスカル・ラミー氏は言っている。経済関係を超越した大きなインパクトを、文化観光は私たちにもたらしてくれる。それを「gift(贈り物)」と表現したのが印象的だった。

「単なる好奇心や関心が、やがて知識的欲求(ナレッジ)へと変化する。それを旅で知ることで尊敬の念(リスペクト)へと変わっていく。対話が生まれ、大きな価値を創出する。今の時代、自宅にいながら、さまざまな知識や情報を得ることができる。しかし、human to human が重要だ。過去のストーリーに耳を傾ければ、わかるだろう。人と人が接して五感を働かせてこその文化であり、旅である」(同氏)。

世界からリスペクトされる観光大国・日本へ。多様な価値観の調和性を、タフに求めていこうではないか。

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