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旅行産業の次世代リーダー育成、若手社員が学んだマレーシア研修の事例報告から 【コラム】

2015年 11月 10日 カテゴリ:コラム , ニュース , 旅行会社

千葉千枝子の観光ビジネス解説

「~明日を拓く日本の旅行業の在り方~マレーシアの観光産業に学ぶ~」 ツーリズムEXPOジャパン2015 成果発表から

これからの日本の旅行業界を背負って立つ、有為な人材の育成――。観光立国や高度観光人材育成という言葉が躍るなか、いざ産業界に目を転ずると、意外な情況が浮かび上がる。観光産業は確かに外縁を広げ、インバウンドという新たな潮流をもって潤いをみせてはいるものの、産業界の中核にある旅行業においては経営環境が厳しさを増しており、今後の活路が求められている。業界従事者のなかでも特に、次世代を担う中堅若手は、意識の有り様や業界俯瞰の姿勢が問われている。

今回は、筆者が直接関与した旅行業における次世代のリーダー育成プログラム事例として、「ツーリズムEXPOジャパン2015」で行われた体験報告プレゼンテーション「~明日を拓く日本の旅行業の在り方~マレーシアの観光産業に学ぶ~」の発表内容や提言を解説する。

※写真は2015年9月25日に開催されたプレゼンテーション会場の様子(筆者撮影)。

 

危機感募らせる旅行業 次世代リーダー育成事業を本格化

JATA日本旅行業協会では、「若者トラベル研究会」を立ち上げ、3年前から業界次世代リーダー育成事業を展開している。そして今年、3期目からプログラムを大幅に変更した。その成果発表が、ツーリズムEXPOジャパン2015業界日(2015年9月25日)、Aステージを舞台に発表された「~明日を拓く日本の旅行業の在り方~マレーシアの観光産業に学ぶ~」である。

筆者にプログラム構築のための相談が寄せられたのは、昨年度末のこと。マレーシア政府観光局とJATAとの三者で、6ヵ月間の育成プログラムが組まれた。箇所長の推薦付きで応募した10人の精鋭たちは、さまざまな旅行現場に身を置く20代・30代の若手である。総仕上げとなった成果発表は、(1)国編、(2)旅行業界編、(3)店頭営業の新モデル編の3つにわけて行われた。順を追って紹介する。

 

1.業界若手から国への提言編:急がれたい環境整備や2ウェイツーリズムの促進など

<提言>訪日ガイドや危機管理情報のさらなる整備を ―食材ピクトグラムなどの細かな配慮が求められる

わが国のインバウンドにおける受け入れ環境の整備は、喫緊の課題である。例えばマレーシアでは、7人以上の団体に必ず国家ライセンスガイドを付ける規則がある。訪日リピーターを創出するためにも、民族系旅行会社の無資格ガイドや法令違反は看過できない問題だ。また、危機管理の情報整備も急がれたい。多言語・多文化対応のなかでも、食材ピクトグラムなどの細かな配慮が遅れている。食品や化粧品、医薬品等を分かりやすいサインで、ニーズごとに明確に区分をして、原材料も公共デザインで統一性をもたせるべきではないか。観光の現場では宗教食やアレルギーへの対応が進められているが、さらなる配慮が求められる。

 

<提言>持続可能な訪日旅行整備にポップカルチャー ―2ウェイツーリズムのさらなる促進、若者の旅行離れ是正に学校教育がカギ

53400_02官民連携の訪日プロモーションが進められているなか、五輪後も安定誘致するためには、日本の新しい文化の魅力を国家戦略として海外へ、さらに積極発信するのが効果的ではないか。マレーシアの人たちに視察時、各所で訪日動機を尋ねたところ、テレビドラマや映画、雑誌など日本のメディアや、アニメやゲームなどポップカルチャーによる影響が強いとの圧倒的意見にあった。

また、今でこそインバウンドが脚光を浴びているが、今後、アウトバウンドが伸びなければ、持続可能なツーリズムを促すことはできない。2ウェイツーリズムの観点から、あらためてクローズアップしたいのが、若者の旅行離れである。通信の発達や情報過多など社会的背景はあるが、一方でSNSなどを活用した有効な対策も講じるべきで、若者が海外旅行に積極的に行きたいとする環境づくりを、国をあげて進めていくことが重要だ。

 

そこで注目したいのが、学校教育である。日本の若年層が積極的に海外旅行をするためには、早期教育が必要ではないか。特に、実用性を重視した語学教育の実施や、通訳ガイドによる特別授業を取り入れるなど、グローバル感覚を身につけさせることは観光産業への興味を惹くきっかけにもなり、ひいては人材の獲得にもつながる。

 

<解説>
今回の発表に先立ち視察したマレーシアでは、マレーシア科学大学(ペナン)やPGTペナン州政府観光局、首都クアラルンプールのHDCハラル産業開発公社や訪日旅行専門の現地旅行会社等を訪ね、意見交換や視察を重ねた。マレーシアは国をあげてハラル・ハブ政策を進めている。また、クアラルンプール国際空港に隣接して開業した「三井アウトレットパーク KLIAセパン」に掲げられたピクトグラムの画像が、事例として挙げられたが、多民族国家・マレーシアにおける外国人受け入れ態勢から学ぶことは多い。“おもてなし”の国を標榜する日本が、実は外国人観光客からすれば「不案内で、分かりにくい」とする意見が多勢を占める今、ハード面での乖離が問題視されている。

 

また、近年、双方向のツーリズムが叫ばれて久しいが、インバウンド急伸から、若者対策がおざなりになってはいないか。リバウンド現象は五輪後に現れると考えられ、今から持続可能なツーリズムに有効な対策や仕掛けを施していくことが重要ではなかろうか。

なかでも注目したいのが、学校などと連携した早期教育の提言である。バブル崩壊後から2000年初頭にかけての金融ビッグバンでは、「貯蓄から投資へ」の大号令のもと、大手金融機関の寄付講座などで初等、中等の子供たちに金銭教育を施した。観光ビッグバンが訪れている今、すでに大学や高等学校では観光教育が進められ、業界団体や大手企業も職業教育やマネージメント層育成の観点から出講等をしているが、さらなる学びの低年齢化が求められるのではなかろうか。

 

2.若手から旅行業界への提言編:旅行業界に奨学金制度を創設、旅行業界こそ有給休暇を取得せよ ―旅行需要を自ら創出する キーワードは安心・安全

<提言>旅行業界に奨学金制度を創設、旅行業界こそ有給休暇を取得せよ

53400_03今、旅行業では、人「財」の育成が大きな課題になっている。だが旅行業界の平均離職率は12%、ときに30%とも言われ、人財の流出が問題となっている。

新たに優秀な人材を獲得するためにも、手立てを講じることが求められている。そこで、旅行業界奨学金制度の創設をしてはどうか。従事者の海外留学などを支援して、将来の自分への投資としても活用しうる奨学金制度の導入である。業界(企業)の勤続年数に応じて返済額を低減させるなどの措置をとるなどすれば、一定度の流出を未然に防ぐことができる。

 

また、日本人の有給休暇の消化率は先進国のなかで最も低いとされているが、特にわが国旅行業界は有給休暇の取得が遅れている。旅行需要増進のための休暇取得が国民へ向けて叫ばれるなか、本丸の業界そのものが遵守できないでいる。有給休暇を活用して、現地(商品)を観る(知る)、そして経験値を積むことは、雇う側の企業(旅行会社)にとってもメリットになるはずだ。さらに、従業員のリフレッシュ効果なども見込める。

<解説>
人「財」を語らずして旅行業界の明日を拓くことはできない。

経営者視点で考えれば、なおさらだ。発表者は、近年の大卒学生の就職先希望ランキングで旅行系企業が順位を下げ始めていることにも言及した。旅行業の産業としての将来性も去ることながら、業界内での雇用環境などさまざまな問題が浮かび上がる。具体的な方策を練って、打っていくときにある。

 

  

<提言>旅行需要を業界自らが創出する ―キーワードは[「安心・安全」、リアル旅行会社の存在意義とは

旅行需要を業界自らが創出していくことも重要だ。ゲーム要素を盛り込んだ旅行商品で経験を共有できる、例えば「世界遺産スタンプラリー」や、GPS、SNSを活用したものに旅行業が介在することで信ぴょう性(リアル)が付加され、商品力が増す。安心・安全の提供もできる。近ごろのOTAの躍進やFITの増加、情報過多から、リアル旅行会社の存在意義や必要性が問われている時代だ。旅行会社の本質を考えたとき、お客様の身体の安全や、心の安心の提供を叶えることができるのが旅行会社の存在意義であり、原点となる。

 

<解説>
仲介業、代売業を脱して事業転換をはかる最終章にさしかかっていると言っても過言ではない。旅行需要を自ら創出して、川上に立った事業を展開していかなければ、業として成り立たなくなる。そこで、旅行会社の存在意義を、業界自らが発信していくことが求められている。さまざまな業種との協働や協業が、これからますます進んでいくだろう。

仲介業、代売業を脱して事業転換をはかる最終章にさしかかっていると言っても過言ではない。旅行需要を自ら創出して、川上に立った事業を展開していかなければ、業として成り立たなくなる。そこで、旅行会社の存在意義を、業界自らが発信していくことが求められている。さまざまな業種との協働や協業が、これからますます進んでいくだろう。

 

3.店頭営業の新モデル編:店頭にライフスタイルマネージャーの創設 ―マーケット・ドリブン発想の設計

<提言> お客様に寄り添う「ライフスタイルマネージャー」の創設を

インターネットでカード決済して売り切るOTAと違って、アフターケアをしながら、お客様のために寄り添う「ライフスタイルマネージャー」を創設する時代にあるのではないか。旅行は生き物ともいえ、決まった形はない。これまで培ってきたノウハウを活かして、プロの目線でレコメンドできる強さを、お客様への安心感としてさらに提供して差し上げる。売り切って終わりでなく、「今日のお客様を喜ばせる」姿勢は必ず消費者に響く。

「添乗経験やお得意様を持つ皆様であれば、必ず頷いていただけるのではないでしょうか」と発表者は、業界の友に呼びかけた。

 

53400_04

居酒屋風の大会議室で意見交換会

<解説>

マレーシア最大の訪日専門の旅行会社アップル・バケーションズ・アンド・コンベンションズ(以下、アップル社)は、クアラルンプール一番の繁華街ブキッ・ビンタンに自社ビルを構える。そのオフィスはまるで、日本の居酒屋だ。「真心こめて支度中」の札が下がる縄暖簾、愛嬌あるフグのはりぼて看板が出迎える。大会議室は掘りごたつ式座敷で、オフィスのいたるところにトロフィーや日本の伝統工芸品が飾られている。

コー・ヨック・ホン社長に話を聞くと、47都道府県・あらゆる自治体からアプローチが絶えないらしい。トップセールスの甲斐あって、知事の名前もすらすらで、賞状も掲げられている。ムスリム専門カウンターもあった。

 

リアルエージェントがOTAとの差別化をするなかで、アップル社の視察訪問は大きなヒントとなったのがうかがえる。これぞテクニカルビジットツアーの醍醐味であり、百聞は一見に如かずと知らされる。

 

<提言>マーケット・ドリブン発想の設計を ~店頭営業の新モデルを提案

アップル社のムスリム向けカウンターのように、市場別に専門店舗や専門カウンターを設置するマーケット・ドリブン発想の店舗設計を、これから広めるときにある。旅行商品だけでなく、物販や、ターゲットマーケットの細かなニーズ把握による情報提供で、複合的に旅行ニーズを創出して、また、ターゲットマーケットを明確にすることで、多様化した需要に応える旅行商品の提供が可能になると考えられる。

マーケット・ドリブン発想の店舗設計の具体例は、次の3例が挙げられた。

53400_05

店舗設計の具体例

 

<解説>
プロダクト・ドリブンからマーケット・ドリブンへの転換については、国内大手旅行会社の企業変革でも、かねてから叫ばれてきたことである。異業種との協働が不可欠となることから、一社ならず業界全体として取り組むことが今、求められている。最後のまとめで示されたパワポアニメーション「旅行業界内外問わず、手を取り合ってがんばろう」の合言葉が、それを象徴する。旅行ニーズの多様化が進むなかで、マーケット・ドリブン発想の店舗設計という具体例は、旅行の現場に身を置くものたちだからこそのアイデアだ。今後、パイロット事業が進められることを期待する。

 

まとめ

一人でも多くの業界人に、明日に活かせる気づきを――。今ある業界の課題を検証して、時代の変化に対応した新たなビジネスモデルを模索する。業界内で手を挙げた3期生10人は、添乗や企画営業など、それぞれに忙しい社業の合間を縫って、講義を受けディスカッションを行い、箱根合宿やマレーシア現地視察でチーム力を培って、深夜にまで及ぶ発表準備をこなしてきた。

 

業界で募る危機感をどうやって若手従事者と共有して、それにうち克つか。討議するなかで、幾つもの課題が上がった。それぞれのテーマはマトリクス表で絞られ、編成されたチームはフォーメーションを変えながら、今回の成果発表が導かれた。社章は違う仲でも志は一緒である。一貫して講師を請け負ったが、チームビルディングにさほどの時間を要することはなかった。

リーダー役を務めたPTSクルーズ&レジャー営業グループ主任の松住健一郎氏は、「日常業務から離れ、業界を取り巻く環境を分析して業全体の将来像を描く。これから社の中核として、そして業界内でステップアップしていくために、各人ともに活きる経験値を得られた」と、成果発表のあとに語っている。彼をはじめ発表者のなかには、大学で観光を学んだものや海外留学・海外就職を経験したものもおり、あらためて旅行業の層の厚さと人「財」を実感した。

 

今回のような業界内の横断的協働のうねりと取り組みが、ますます活発化することを祈念する。JATA若者トラベル研究会第3期生の顔ぶれは、以下の通り。

 

JATA若者トラベル研究会第3期生(順不同)