宿泊業の「特別清算」が倍増した理由とは? その背景とインバウンド効果の2極化を解説 【コラム】

こんにちは。(株)東京商工リサーチ・情報本部の橋本邦夫(はしもと くにお)です。

「倒産」というと、会社が破綻し無一文になってしまうような暗いイメージが付きまといますが、最近の宿泊業倒産ではインバウンド需要等の追い風も受け、再出発のための「特別清算」が増加し、再建への動きが顕著に表れています。

宿泊業では「再出発」のための特別清算が増加

一言で「倒産」といっても、その形態は「破産」のように会社を清算し消滅させてしまうものから、「会社更生法」や「民事再生法」のように債務をカットし再生手続きに入るものなど様々です。宿泊業ではこの倒産形態のうち本来消滅型である「特別清算」を再出発のための通過点として利用するケースが増加し、2015年度(2015年4月~2016年3月)では26件と前年度の2.6倍も増えました。

宿泊業の特別清算は旅館やホテル事業など運営に係る業務は別会社に移して継続し、元々あった会社は借入金等の債務を清算するために特別清算を利用して、会社ごと清算消滅させる手続きが多くなっています。つまり第二会社方式によって事業を再生させようとする手続きです。

特別清算は本来、消滅型手続きであり、解散した会社について債権者との調整を図りつつ、残った債務を清算し会社を消滅させる倒産処理法です。会社を清算する手続きなので、明るいイメージとは捉えられませんが、宿泊業の需要に追い風が吹き、第二会社を利用して再出発するためと考えれば、前向きな処理と言えるのではないでしょうか。

破産と特別清算の全体傾向は?

66670_01ここに示したグラフは2009年度から2015年度の宿泊業の倒産件数(東京商工リサーチ調べ)を示したものです。下段の棒グラフは宿泊業全体の倒産件数で、上段の折れ線グラフがその内訳として破産と特別清算の件数を示したものです。棒グラフの宿泊業全体の倒産件数は近年低水準に推移し、東日本大震災が発生した2011年度は141件でしたが、2015年度では92件と景気回復とともにその6割5分程度のところまで来ています。

これに連動するように破産も2011年度75件が2015年度では59件に減少。ところが、特別清算は2011年度19件が2015年度26件と1.4倍近く増加しています。

最近の国をはじめ関係機関の中小企業対策では、各種の金融支援を行い、事業再生のための取り組みも積極的に行われています。こうした効果が宿泊業全体の倒産件数減少に影響していると考えられ、これはその他の業種についても同様で、全体的に企業倒産は減少傾向に推移していると言えます。

石川県にある温泉旅館が2015年3月に特別清算開始決定を受けました。同社は経営者の世代交代を機に金融機関より支援を受け、債務整理を実施することとしました。会社分割により旅館業務を新会社に移管し、旧会社は金融機関等の債権者の了解を得て特別清算手続きに入りました。旅館の屋号は新会社が引き継いでいることから、宿泊客には外見上、全く変化があったようには見えません。北陸新幹線が開通し、業績もそれまでの2割以上の増収が見込めることから、このような手続きをとったものでした。

支援機関が注目する「収益性と事業再生意欲」、インバウンド効果による二極化も

最近、各都道府県の中小企業再生支援協議会や(株)地域経済活性化支援機構などの中小企業支援機関は、財務上の問題を抱えていても、事業に収益性があり、事業再生意欲を持つ中小企業には積極的に支援を行おうとしています。その表れが上記のような第二会社方式による再建手続きであり、「特別清算」が増加している背景と見ることができます。

しかし、残念なことに支援の手が届かず破産する業者があるのも事実です。破産する業者は将来の収益性が見込めず、インバウンド需要やオリンピック効果も享受できていないところが多いと見られます。都市部から離れ、交通の便の悪い地域はインバウンド効果も薄く苦戦しています。

宿泊業の事業再生は、いま大きな動きの中にあると見ることができます。東日本大震災の影響も一段落し、国内旅行中心に旅行客は回復し、インバウンド効果による外国人旅行客が増加、さらに東京オリンピック効果など、都市を中心に需要が増加していることが後押ししているためと考えられます。

宿泊業の倒産統計には、特別清算で再建に向かう業者、需要の波に乗れずに破産する業者と、その業態の二極化が表れています。業界の動きは倒産統計にも示されているのです。

コラム執筆:東京商工リサーチ・情報本部 橋本邦夫

橋本 邦夫(はしもと くにお)

(株)東京商工リサーチ 情報本部 課長。企業の信用調査・倒産統計調査などを行う日本で最も歴史のある信用調査会社(株)東京商工リサーチに勤務し、主に倒産取材を担当する。倒産の現場取材経験は30年近くに及び、長年倒産を見てきたベテラン記者。

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