旅行業で新たに運用が始まる「受注型BtoB約款」、観光庁の元担当官(弁護士)がわかりやすく解説【コラム】

こんにちは。弁護士の谷口です。

今回は、観光庁及び都道府県の旅行業担当部局において、新たに認可運用が開始されることになった「受注型BtoB約款(事業者を相手方とする受注型企画旅行契約約款)」について解説します。

1. はじめに

標準旅行業約款〔受注型企画旅行契約の部〕第16条とその「別表第1」は、キャンセル時に旅行者が支払うべき取消料を定めています。これによれば、国内旅行の場合には旅行開始日の20日前、海外旅行の場合には旅行開始日の30日前よりも前の時期にキャンセルする場合、旅行者は「企画料金に相当する金額」以上の取消料を支払う必要がないということになります。

また、同約款第1条第2項では、旅行業者は、旅行者にとって不利な特約を結ぶことはできないとされていますので、取消料が発生する時期を前倒ししたり、その額を増額するような合意を結ぶことはできません。

このような取消料の規定により、旅行者は、予め取消料を把握でき、キャンセル時に不測の損害、不利益を被ることがなくなるという点で消費者保護が実現され、また、旅行業者の立場からみれば、予め取消料額を定めておくことで、キャンセル時に同社に生じた損失をその都度立証しなくても、所定の金額を取消料として請求することができます。

しかし、他方で、「別表第1」に従えば、仮に、取消料の発生時期以前に旅行者が旅行をキャンセルした場合には「企画料金に相当する金額」以上の取消料を得られないため、キャンセルによって旅行業者が負担せざるを得なくなった航空会社やホテル等へのキャンセルフィーについて、旅行業者側で負担しなければなりません。特に、旅行商品の規模が大きい、企業の招待旅行、懸賞旅行、学校法人による教育旅行の場合に、例えば、取消料発生時期間際に、旅行自体が全部キャンセルされた場合には、旅行業者側の損失は非常に大きくなってしまいます。

そうしたことから、「別表第1」による取消料規定については、受注型企画旅行の企画に当たりキャンセル条件が厳しいホテル等のサービスを予約しにくくなり、企画できる旅行商品の幅が狭くなるという指摘や、キャンセルにより旅行業者に生じる損失をカバーするため他の旅行商品の価格を値上げせざるを得なくなるといった指摘がなされてきました。

観光庁では、このような問題点に対応するため、受注型企画旅行にかかる旅行業約款について、これまでに①海外のクルーズを組み込んだツアーについて取消料の発生時期及び料率の変更を認めた「フライ&クルーズ約款」、②海外発着のツアーの取消料を定める「ランドオンリー約款」、③キャンセルによって生じた損失の実額の清算を可能とする「受注型実額清算約款」の3つの約款について個別認可を認める措置をとってきました。しかし、①②については適用できる場面が限られ、また③については、旅行業者が第三者に支払ったキャンセルフィーに限って実額の清算を認めるものに過ぎないことから、必ずしもこれらの問題を根本的に解決するものとはなりませんでした。

こうした経緯により、今般、観光庁は、契約当事者が事業者であり、消費者保護の要請がない場合に限って、取消料の自由な合意を認める「受注型BtoB約款」の個別認可運用を開始することとしました。

これにより、企業の招待旅行、懸賞旅行、学校法人による教育旅行等について、契約当事者と取消料について合意ができた場合には、当該合意に従って、合意で定めた取消料を請求することが可能となりました。

以下、日本旅行業協会(JATA)及び全国旅行業協会(ANTA)による「事業者を相手方とする受注型企画旅行契約の部(JATA・ANTAモデル約款)」をもとに、認可の対象となる受注型BtoB約款のポイントを解説します。

2. JATA・ANTAモデル約款のポイント

(1)「事業者」の範囲について

本約款は、事業者が契約当事者である場合にのみ適用されます(第1条第1項)。

ここでの「事業者」とは、「法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」を言うとされます(第2条第5項)。この定義は、消費者契約法における「事業者」の定義と同一であり、同法での解釈と同様、法人以外にも、民法上の組合、社団、財団等が含まれると解され、例えば、マンションの管理組合、P.T.A、学会、同窓会等の団体も「その他の団体」として事業者に該当することになると考えられます。

また、「事業のために契約の当事者となる場合における個人」も事業者となります。どのような場合に、当該個人が「事業者」とされるかについては、個別事情に応じて判断されることになりますが、例えば、個人が、その個人事業の営業活動の一環として、得意先の役員向けの招待旅行を個人名義で申し込む場合、「事業者性」が認められることになるかと思われます。もっとも、旅行業者が、個人による申込みの際に、このような事情を聞きだして当該個人が消費者か事業者かを見極めるのは困難かもしれません。

(2)取消料規定について

取消料については、原則、従前利用されている「受注型企画旅行契約の部」の「別表第1」がそのまま適用されます(「フライ&クルーズ約款」等の個別認可約款を利用している場合は、当該約款が適用されます)。

しかし、契約相手である事業者と、取消料について、別途合意ができた場合には、合意した金額が、当該受注型企画旅行の取消料の金額となります。有効な合意である限り、契約成立直後から取消料が発生するような条件としても構いませんし、金額をいくらに設定しても構いません。「別表第1」とまったく異なる取消条件を自由に設定することができます。

ただし、これには一つ条件が課されています。

例えば、事業者による招待旅行や教育旅行等で、旅行参加者がキャンセルする場合、契約当事者である事業者が、旅行業者に対して当該旅行参加者についての取消料を支払うことになります。このとき、取消料を支払った事業者は、支払分を自己の負担とすることもあると思いますが、旅行参加者個人に求償していくこともあるかと思います

しかし、当該事業者が、取消料について「別表第1」の条件より高い取消料額を旅行業者と合意し、それをそのまま旅行参加者個人に求償する場合、当該旅行参加者個人が、不測の損害、不利益を被るおそれがあります。そこで、観光庁は、旅行参加者個人に不測の損害、不利益が及ばないよう、旅行参加者個人への求償額が、当該個人の旅行代金額を基準とした「別表第1」(「フライ&クルーズ約款」等の個別認可約款を利用している場合は、当該約款が適用されます。)の取消料の金額の範囲内に収まっている場合に限って、取消料の合意を有効とする条件を付しました

もっとも、旅行業者としては、せっかく事業者と取消料について合意し、その際に旅行参加者個人に「別表第1」を超えて取消料を求償しないことも約束したのに、その後、事業者が約束を破って旅行参加者個人に超過分を請求した場合には、取消料の合意が無効になってしまうということでは困ってしまいます。もしかしたら、取消料の合意を無効とすることを狙って、わざと超過分も旅行参加者個人に求償するような事業者も出てくるかもしれません。

そこで、モデル約款では、このような悪性の強い事業者による特約無効の主張を防ぐため、旅行業者が、受注型旅行契約締結時点で旅行参加者が超過分を負担することについて、善意(知らない)、無過失(知らないことについて過失がない)であれば、事業者は特約の無効を主張できない、ということとされました。

したがって、本約款に基づき、取消料について事業者と合意しようとする旅行業者においては、旅行契約締結の時点で、例えば、事業者と旅行参加者との間の旅行参加に関する条件書を確認し、写しを保管する、または、事業者に、旅行参加者に対して超過分の取消料を請求しないことを書面上で表明・保証させることにより、自身が善意・無過失だといえる材料を用意しておくことが重要となります。 

(3)「事業者」と「旅行者」について

その他、標準旅行業約款との大きな違いとしては、「事業者」と「旅行者」の定義の使い分けの点があります。

標準旅行業約款では、契約に基づく権利義務の帰属主体は、すべて「旅行者」と表記されています。

しかし、標準旅行業約款に基づく権利義務の中には、旅行代金や取消料等の支払義務のように「契約当事者」であるからこそ帰属主体となるものと、旅行に参加する権利、特別補償の支払いを受ける権利のように「旅行参加者」であるからこそ帰属主体になるものの2種類があります。

この点、「契約当事者」=「旅行参加者」であるうちは、両者をまとめて「旅行者」と表記しても問題ないのですが、契約当事者が事業者であり、旅行参加者とならない場合、約款上、「旅行者」との表記が事業者を指すのか、旅行参加者個人を指すのか、適宜、解釈していく必要があります。旅行業約款のプロである旅行業者にとってはともかく、契約相手にとっては誤解を招きやすい約款となってしまいます。

そこで、モデル約款では、この点を明確にするため、契約当事者となる事業者を「事業者」と定義し、契約に基づき旅行に参加する個人を「旅行者」と定義し、各規定の趣旨、目的に沿って、「事業者」と「旅行者」を書き分け、契約内容を明確にしています。

3. オーガナイザーの募集行為について

本約款だけでなく、事業者が契約相手となる場合に一般の問題ですが、当該事業者による旅行参加者の募集行為が、「旅行業」に該当する場合には当該事業者が旅行業登録を得ていない限り、当該行為は違法となります。そして、旅行業者がこれに関与している場合には、その関与の度合いにもよりますが、当局による指導、処分の対象となり得ます。

そのため、本約款を利用する場合でも、旅行業者においては、従前どおり事業者による受注型企画旅行の申込みにあたり、契約目的(招待旅行、懸賞旅行、教育旅行か等)、旅行参加者の範囲(相互に日常的な接触のある団体内部かどうか)、旅行参加者の費用負担の有無等について聴き取り、事業者の行為の適法性について確認する必要があります。

4.認可約款の掲示

以上で説明した「受注型BtoB約款」は、旅行業約款に「部」をさらに新設するものです。認可を受けた際には、「受注型企画旅行契約の部」と「別紙特別補償規程」の間に、本約款を配置するのがよいと思われます。

なお、旅行業約款については、その営業所において見やすいように掲示するか、閲覧できるように備え置く必要がありますので、認可を受けられた際には、本約款の部も適切に整備してください。

谷口和寛(たにぐち かずひろ)

谷口和寛(たにぐち かずひろ)

弁護士法人御堂筋法律事務所 東京事務所所属弁護士。2014年5月から2016年4月まで任期付公務員として観光庁観光産業課の課長補佐として勤務。旅行業、宿泊業、民泊など観光産業の法務を担当し、「民泊サービスのあり方に関する検討会」の事務局、「イベント民泊ガイドライン」、「OTAガイドライン」、「障害者差別解消法ガイドライン(旅行業パートのみ)」、「受注型BtoB約款」の企画・立案を担当。2010年3月東京大学法科大学院卒業、2011年12月弁護士登録。

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