日本のDMOは世界にアプローチできるのか? 国内外の先駆者たちが熱く議論した地域マネジメント事例を聞いてきた

いま、日本の観光地域づくりのビジョン実現、地域関係者のまとめ役として期待されているDMO「Destination Management/Marketing Organization」。日本の観光産業を活性化するためには地域の力が不可欠だが、DMOは世界にアプローチできるまでの存在になっているのだろうか。

2017年9月に開催された「ツーリズムEXPOジャパンフォーラム2017」の「国内観光シンポジウム」では、日本版DMOの可能性とともに、地域マネジメントとマーケティングについて、国内外の先駆者たちによる熱い議論が交わされた。

パネリストには阿寒観光協会まちづくり推進機構の大西雅之理事長、田辺市熊野ツーリズムビューローの多田稔子会長、日本政策投資銀行地域企画部の浅井忠美部長、トリップアドバイザーアジア太平洋地域のサラ・マシューデスティネーション・マーケティング・セールスチーム統括部長の4氏が登壇。モデレーターは日本交通公社観光政策研究部の山田雄一次長が務め、基調講演は「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000年~)、「瀬戸内国際芸術祭」(2010年~)のディレクターを務めるアートフロントギャラリーの北川フラム代表取締役社長が「アートによる地域振興」をテーマに講演した。

「多くの人たちが田舎を探し始めた」――アートディレクター・北川フラム氏

アートディレクター・北川フラム氏

海外にも知れわたる二つの地域芸術祭。大地の芸術祭は50万人、瀬戸内国際芸術祭は100万人が国内外から訪れ、日本の地域政策のモデルの一つになっている。里山や海と島を舞台とした現代アートが多くの人々をひきつける理由は何であろうか。

基調講演で「美術による地域づくり」をテーマに語った総合ディレクターの北川氏は「都市生活は刺激と興奮に満ちる一方で、競争が激化し人間の五感が摩滅している。多くの人たちが都市を抜け出して、自分たちが関わることのできる田舎を探し始めた。人が望まれた場所に行くのは本能。それが地域の新しい観光となって芽吹き、新しい観光が生まれている」と、その問いに答えた。

2000年に大地の芸術祭が始まったきっかけは、平成の大合併だった。130以上あった市町村が30になった新潟県。バブル崩壊で行政のコンパクト化が進められる一方、合併された側は役所がなくなり、人が中心地に移動する壊滅的な状況に陥ることも予想されていた。そこで、十日町市と津南町が選択したのが、地域の価値をアートで表現して人を呼び込むことだった。芸術祭の開催期間外であっても、豊かな里山を中に大小200点もの作品が点在し、自由にみることができる。廃校や空き家を利用した作品も少なくない。「越後妻有でも瀬戸内でも基本的に新しいものはつくっていない。地元のお母さんたちが作る料理も大切な素材。食にはその土地の文化が最も表れている」(北川氏)

「いいね!の数やレビュー数に意味はない」――トリップアドバイザー・マシュー氏

「欧米豪向け戦略はアジアリピーターにも有効」――日本政策投資銀行・浅井氏

地域の特徴的なコンテンツを発掘して磨き上げることで世界から人が集まり、新しい観光が生みだされる――。北川氏による地域の事例を受けて行われたのが、「DMOは世界を変えるか」をテーマとしたパネルディスカッションである。

まず、インターネットが進展した今の時代に合わせたコミュニケーションのあり方を提言したのは、トリップアドバイザーのマシュー氏。「日本の観光関連事業者のみなさんもSNSやブログを通じて情報発信していると思うが、実はいいね!の数やレビュー数に意味はない。インターネット上ではエンゲージメント、ユーザーとの結びつきが重要な指標になる」と指摘。消費者と地域を明確なメッセージでつなぎ合わせていくことが重要だと述べたうえで、「どんなデスティネーションであっても万人に提供することはできない。オーディエンスが誰かを見極める必要がある。オーディエンスが分かればプロダクトも定義できる」と提言した。

グローバルな立場からの意見に対し、国内で地域支援に携わっている日本政策投資銀行の浅井氏が、地域観光振興のキーワードとして挙げたのが、「あるものを活かす」「情報発信はビジョンの言語化」「地域内(官民・事業者間)の連携」の3点だ。

浅井氏は、日本政策投資銀行と日本交通公社共同の訪日外国人意識調査結果から、「アジアと欧米豪では訪日旅行に対し求める内容に違いがあるが、アジアもリピート率が高まるにつれ地域への関心が高まり、欧米豪の志向に近づいている」とも指摘。滞在期間が長く、消費力の高さが注目されている欧米豪市場にターゲットを定めることは、アジアのリピーターを引き込むうえでも戦略として考えられるという。

「インパクトを求めずローインパクト」――田辺市熊野ツーリズムビューロー・多田氏

「入湯税値上げで独自財源確保」――阿寒観光協会まちづくり推進機構・大西氏

コンサルタントたちによる助言の一方で、実際に地域の観光づくりを担う立場から発言したのが、田辺市熊野ツーリズムビューローの多田氏と阿寒観光協会まちづくり推進機構の大西氏である。

2004年に紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産登録された田辺市熊野ツーリズムビューローは、日本版DMOの成功事例として知られる。多田氏はこの組織が立ち上がった経緯について「広域からさまざまな属性を持つ観光協会が集まったため、最初に観光戦略の基本スタンスを徹底的に話し合い、ブームよりルーツ、乱開発より保全・保護、マスより個人、インパクトを求めずローインパクト、世界に開かれた上質な観光地という5つのスローガンを掲げて地域づくりに取り組んだ」と振り返り、「外国人を呼び込むためには外国人の感性が不可欠。カナダ人で熊野、日本が大好きなブラッド・トウル氏に参加してもらい、熊野の魅力再考から翻訳まで彼の視点を通じて見直したのが大きかった」と話した。

バブル期には道東の主要観光地として名を馳せた阿寒湖温泉も、DMOをきっかけに再生した地域である。道東周遊の中心地として90年代に100万人近くあった宿泊客は、バブル崩壊、航空法改正のあおりを受けて激減。そこで、2004年に観光協会とまちづくり協議会を合併し設立したのが、阿寒観光協会まちづくり推進機構だ。大西理事長は「当時から自分たちのまちは自分たちで経営するというDMO的な発想があった」と話す。DMOとDMCの両輪体制でアイヌ文化や山岳リゾートの独自ツアーを開発したり、財政基盤の弱さを補うために入湯税をかさ上げして値上げ分を基金に積み立てたりするなど、中長期的な地域活性化に取り組んでいる。

これらの提言を受けたモデレーターの山田氏は「日本におけるDMOの活動は始まったばかり。各地域がDMOの活動費をどう安定的に確保するか。また、国、地域と連携しながら持続的な組織の枠組みを作ることが戦略の先を決めることになるだろうと」まとめた。

取材・記事 野間麻衣子

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