世界が注目するJリーグの「アウェイ・ツーリズム」、独自の進化を遂げた誘客手法や地域観光への可能性を聞いた

Jリーグマーケティング山下修作氏へのインタビュー第2回は、国内のフットボールツーリズム(アウェイ・ツーリズム)について。フットボールツーリズムとは、サポーターがアウェイゲームの応援に相手クラブのスタジアムを訪れること。数百から数千単位での人の移動が生まれ、現地での消費も期待できることから、クラブを持つ都市は自治体とも連携しながら、サッカーを求心力とした観光客誘致として力を入れている。

全国38都道府県に広がるJリーグクラブ

まず、Jリーグの市場規模を見てみる。2016年シーズンのJ1、J2、J3リーグの総入場者数(カップ戦を含む)は1033万1437人。Jリーグが発足した1993年の約2.5倍に拡大した。一方、もうひとつの人気プロスポーツであるプロ野球(NPB)では、セントラル・リーグの入場者数が1384万8988人、パシフィック・リーグが1113万2526人。Jリーグの市場規模はほぼプロ野球の1リーグと同じということになる。

ただ、Jリーグがプロ野球と大きく異なるのは、主催試合が全国に広がっているところだ。プロ野球はセパ合わせて10都市12球団であるのに対して、Jリーグは38都道府県54クラブに広がっており、この広がりこそがフットボールツーリズムを活性化させる要因になっている。

たとえば、昨年徳島で行われた地元ヴォルティス対清水エスパルスの試合では、4,000人ほどのエスパルスサポーターが徳島を訪れたという。「Jリーグクラブは、全国に広がっているため、大都市to地方だけでなく、地方to地方の人の流れができる」と山下氏。各クラブとも、対戦相手のサポーターの取り込みには力を入れており、地元の観光協会と組んで、アウェイでの試合の際には、クラブと一緒になって地元の観光情報を提供し、次のホームゲームへの誘客につなげる取り組みも積極的に展開しているという。

Jリーグマーケティング専務執行役員の山下修作氏

試合前後の滞在で大きな経済効果

ここに鳥取市の興味深いデータがある。2011年11月29日、鳥取でのガイナーレ鳥取対FC東京の試合。FC東京が勝てばJ1昇格が決まるという大一番に、FC東京のサポーター約2000人が来場した。そのときの市内消費額の推計は約3000万円。内訳は、FC東京サポーターによる市内での飲食費が約880万円、宿泊費が約900万円、土産代が約610万円、ガイナーレ鳥取サポーターによる飲食費が約320万円。スタジアム内での飲食売上が約250万円。

アンケートを取ると、鳥取砂丘などの周辺観光地や街中へ出かけたFC東京サポーターも多く、鳥取市では間接波及効果を含めた1日の経済波及効果は3900万円にのぼると推計した。アウェイのサポーターが、そのまま観光客になり、試合時間前後での滞留時間が伸びることで、各方面で消費機会も増えたことになった。

ホームタウン活動が生む地域交流

2011年4月23日、東日本大震災の発生で約1ヶ月半休止していたJリーグが再開した。被災地のベガルタ仙台はアウェイで川崎フロンターレと対戦。2対1で仙台が勝利した。この試合がきっかけで、仙台をはじめとする東北の被災地と川崎との地域間交流が継続的に行われている。

川崎フロンターレは2015年9月に陸前高田市と友好協定「高田フロンターレスマイルシップ」を締結。その一貫として昨年7月には「高田スマイルフェス2016」を開催した。ベガルタ仙台✕川崎フロンターレの「スマイルドリームマッチ」やサッカー教室、ナオト・インティライミのスペシャルライブなどが行われ、復興とサッカーを核とするイベントに多くの人が集まった。

また、陸前高田の子供たちを川崎フロンターレのホームゲームに招く「陸前高田かわさき修学旅行」も2011年から年に一度開催。2016年は41人が参加した。姉妹都市交流のような活動は、復興支援という枠組みを超えた地域交流として根付き始めた。

「こうしてJリーグを媒介としたコミュニティーが全国に生まれる。これが地域に根ざしたサッカーの持つ力なのだろう」と山下氏。試合観戦を前提にしたフットボールツーリズムだけでなく、ホームタウン活動による地域間の交流も地域の観光産業にとって決して小さくない可能性だ。

スペインもJリーグのフットボールツーリズムに注目

家族連れで安心して楽しめる環境、スタジアムグルメやクラブマスコット、試合に合わせて行われるイベントなどJリーグ各クラブの取り組みは世界のリーグからも注目を集めている。Jリーグでは、ヨーロッパなどからのメディア対応も行うが、試合に加えて、自国リーグとは異なるスタジアムの雰囲気に高い関心を寄せるという。

世界最高峰のリーグ、スペインのラ・リーガ(リーガ・エスパニョーラ)もJリーグに注目している。スペインには、サポーターが試合前後にバルに立ち寄るくらいで、スタジアム周辺での滞留時間は短く、日本のフットボールツーリズムという考え方はないという。そこで、ラ・リーガは担当者を日本に常駐させ、Jリーグ各クラブが行っている誘客の取り組みを調査。試合以外でのスタジアムあるいはその周辺での過ごし方について情報を収集し、ラ・リーガにフィードバックしているという。

世界から見ると、スタジアムグルメもエンターテイメント。©J.LEAGUE

サッカーを通じて日本全国を元気に

2008年11月30日、モンテディオ山形は松山市で行われた愛媛FCとの試合に勝利し初のJ1昇格を決めた。この試合には山形から多くのサポーターが集結。試合終了のホイッスルが鳴ると、サポーターは涙を流して喜んだ。

山下氏は「感情移入できる地元チームがなかったら、こんなに喜べないし、一生のうちに愛媛に行く機会さえなかったかもしれない。そこにJリーグの意味があるのではないか」と話す。ビジネスだけを考えれば、10クラブのままの方が、大きなスポサンーは付きやすし、1試合あたりの集客もしやすい。しかし、Jリーグは全国にクラブを拡大した。「そこには、サッカーを通じて日本全国が元気になって欲しい」という理念があるからだ。

地域密着のホームタウンコンセプトは、「オラがチーム」の意識を高め、地域を元気にする。その地域に、同じく「オラがチーム」のファンが訪れ、地域間の流動を生む。「Jリーグの試合をきっかけに、多くの人に地方に行ってもらって、そこで産地の美味しいグルメを食べて、周辺を観光してもらえれば」と山下氏。熱気に包まれる試合の周辺には、観光で稼げる機会が広がっている。

「オラがチーム」の意識はフットボールツーリズムのモチベーションに。©J.LEAGUE

取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹

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