DMOは観光プロモーションをすべきでないのか? 専門家が対立した議論から、その課題と本質を整理した【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

観光庁が2019年2月6日に開催した「第5回 世界水準のDMOのあり方に関する検討会」で、DMOの情報発信(プロモーション)に関する議論が盛り上がりをみせました。

地域観光の専門家の間で、観光プロモーションは日本政府観光局(JNTO)に一任すべきとする意見と、そうではなく、DMO自体の役割としてもプロモーションをおこなうべきとする意見が対立したのです。

今回は、これらの議論を起点に、地域観光プロモーションのありかたや課題の捉え方について考えてみたいと思います。

プロモーションはマーケティング・ミックスの1つ

率直なところ、こういう議論が出てくること自体、DMOとは何かという部分についての議論が成熟していないことを示していると言えるでしょう。

今さらですが、DMOとは「Destination Marketing/Management Organization」の略称です。

マーケティング型なのか、マネジメント型なのかと言う議論はありますが、仮にマネジメント型であったとしても、観光客が楽しめる「経験」を作り(Product)、その値付けをおこない(Price)、流通網に載せる(Place)――という魅力づくりの取り組みにおいて、「宣伝する(Promotion)」こともセット(マーケティング・ミックス)になると考えることができます。その場合、DMOがプロモーションを行わずに受け入れ環境の整備だけをすれば良いという見解は、かなり乱暴だと思えます。

一方で、プロモーションは、あくまでも「経験」づくりなどの活動と一体的に展開するものであり、プロモーションだけを強化しても意味はありません。そもそも魅力に乏しい「経験」は、どんなに宣伝しても広がりませんし、価格が高すぎたり、申し込み方法(流通)が難しい場合も同様です。

プロモーションは、DMO活動の中でも解りやすく、派手さもある「花形」と言って良い取り組みですが、提供可能な「経験」の内容に応じたプロモーションでなければ、無意味なのです。

経験は顧客セグメントとセット

ここで注意すべきなのは、「経験に応じる」というのは、「経験」の絶対的な仕様ではなく、その経験に対する顧客とセットで規定されるということです。つまり、対象とする顧客セグメントが明確でなければ、適切な経験は浮かび上がってきませんし、それに対応するプロモーションも見えてこないのです。

そもそも、DMOのDであるDestinationは、日本語で言う観光地(Tourism Area)ではなく、旅行目的地を指しています。この意味は、DMOが対象とする地理的範囲が、本来はDMO側(地域側)が設定するものではなく、顧客側(観光客側)が旅行先と認識する地理的範囲から設定されるということです。

つまり、DMOは、活動対象とする地理的範囲を定めた時点で、その地理的範囲をDestinationとする顧客層(セグメント)がセットでついてくることになるのです。

では、Destinationは、どうやって規定されるのでしょうか。

これには大きく2つのルートがあります。なぜなら旅行には、「周遊型」と「滞在型」の2つのタイプがあるからです。

ラケット理論

まず、周遊型では、旅行距離が長くなると周遊範囲も広くなるという「ラケット理論」の存在が指摘されています。例えば私たちは、韓国に旅行するのであればソウル周辺をサクッとみるだけで良いと思っても、欧州まで行くとなれば、フランスやイタリアなど広範な地域をまわってきたいと考えるでしょう。

すなわち、地域サイズが大きくなればそれだけ集客圏が広くなり(遠方からの集客)、地域サイズが小さくなれば集客圏は小さくなる(近傍からの集客)と言う考え方が基本となっています。

この理論は、もともと経験則によるものだったのですが、定量的な研究によっても確認されてきています。特に、標準的な世帯年収において、より強くラケット理論が左右することも明らかとなっています。

さて、日本版DMOでは、市町村単位の地域DMO、複数市町村の地域連携DMO、都道府県レベルの広域DMOと言うように、地域サイズに応じた区分があります。これにラケット理論を適用すると、地域サイズは、そのまま集客圏の大きさ(旅行距離)につながることになります。

一方、現在、わが国では訪日客の誘致が政策課題となっており、多くのDMOが海外志向を持っています。

しかしながら、海外から日本への旅行距離は長くなるため、海外の人々からみた場合のDestinationは、基本的に広域となります。よって、ラケット理論で考えれば、地域DMOレベルが訪日客を呼びたいとしても地域の物理的なサイズが足りないことになってしまいます。

実際、それぞれのDMOにおいて来訪者の調査をすればすぐに分かることですが、多くの市町村レベルや複数市町村レベルでは、その集客圏は数十キロメートルで、広くてもせいぜい100~200キロメートル程度です。すなわち、日帰り圏内が大部分となっています。

その状態では、小地域のDMOだけで海外に対するプロモーションをおこなっても、海外の人々に「刺さらない」のは当然でしょう。なぜなら、海外の人々が考える地域サイズより小さすぎるからです。

海外の人々の旅行需要を喚起させるには、海外の人々が考えるDestinationに合わせた地域サイズでまとまり、一体的なプロモーションを行うことが重要なのです。

その意味で、「日本版DMOは海外プロモーションをJNTOに任せるべき」とする指摘は、一定の合理性を持っているといえます。

リゾート需要は小地域に集中する

では、小地域は一切プロモーションをおこなう必要がないのかと言えば、そういうわけではありません。旅行には「滞在型」もあるからです。

リゾート需要とも読み替えられるこの需要の場合、旅行距離に関係なく、Destinationは限定された地域サイズとなります。

例えば、ハワイのワイキキは、非常に限られた地域サイズであるにも関わらず、数十年に渡り独立したDestinationとして存在しています。日本国内で言えば、例えばニセコ地域は、非常に限られた地域サイズですが、世界的なDestinationとなっているでしょう。

滞在型の場合、宿泊している場所が拠点となり、そこを起点に数キロから数十キロほどの範囲に活動範囲が限定されることがその理由といえます。

すなわち、滞在型の旅行需要に対応する場合は、旅行距離とDestinationの地理的サイズの関係性(ラケット理論)は薄れることになります。そしてこの場合は、地域DMOでも海外に打って出ることが否定されるものではありません。

重要なのは、自身が対象とする地域範囲が、どういった旅行需要に対応し、どう言った可能性を持っているのかということをしっかりと整理することなのです。

まだあるプロモーションのミスマッチ

このように、個々のDMOがおこなうプロモーションが適切なものか否かは、自地域を独立した旅行先として認知している顧客層に対応しているか否かという事で判断されるべきなのであって、一律に要・不要を論じるべきではありません。

ただし、プロモーションにおける厄介な側面として、顧客層が対応していても不適切な場合もあることを忘れてはいけません。顧客とのコミュニケーション手段がミスマッチである場合に、そのような状況に陥ります。

例えば、すでにネットを日常的な情報収集手段としている人々に、紙パンフレットで情報を届けようとしたり、対象とする顧客が来訪しない旅行博に出展するといったぐあいです。

さらに、顧客に何を伝えるのかということも重要です。プロモーションは、単に情報を伝えれば良いというものではありません。他地域との相対性の中で、自地域がどういった地域なのかを差別化して伝えることができなければ、情報の渦の中に埋もれてしまうことになります。

冒頭で述べたように、プロモーションは、マーケティング・ミックスの一要素です。そして、マーケティングの基本を、STP(セグメンテーション、ターゲッティング、ポジショニング)によって対象とする顧客との「戦い方」を整理することから始めるべきととらえるならば、これは自明のことです。

プロモーションを行う前に

ここまで述べてきたように、プロモーションを「意味のあるもの」として実践するには、様々な要件をクリアする必要があります。

プロモーションは、各種の取り組みの中で、派手さがあるため注目が集まりがちです。しかし限られた資金や時間を考えれば、プロモーションを実施する際には、改めて、以下の事項について自問自答していくことが必要ではないでしょうか。

  • 対象とする顧客セグメントは定量的な分析から明確になっているか。
  • その顧客セグメントへのコミュニケーション手段は明確になっているか。
  • 自地域が特別な存在として認知されるような「伝えるべきメッセージ」は明確になっているか。

※編集部注:この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。

出典:Discussion of Destination Branding.「DMOとプロモーション」

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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