動き出したIR(統合型リゾート)、巨大産業の最前線と海外事例をまとめた

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統合型リゾート(IR)を知るシリーズ 連載第1回

カジノを含む統合型リゾート(IR)が、ポスト・オリンピックの観光振興施策の目玉として日本をにぎわせている。IRの出現は、長く緩やかに成長してきた日本の観光産業が経験したことのない非連続的な変化を巻き起こす。これを活かして飛躍できるのか、それとも傍観して乗り遅れるのか。IRにより想定される観光産業の量的・質的な変化を探る。まずは、日本の誘致最前線や海外の成功事例を専門家のアドバイスのもとにまとめた。

IRの出現は百年に一度の非連続的変化

半世紀以上にわたる日本の観光産業を振り返ると、1964年に日本人の海外渡航が自由化されて以降、徐々に日本人のアウトバウンドが拡大し、1990年には日本人海外旅行者数1000万人を突破。そして、2003年からは「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が開始され、インバウンドの拡大が図られている。

近隣アジア各国の経済成長や航空路線の拡充、空港整備やビザの発給緩和などもあり、直近2018年には訪日外国人客数が3119万人を超えた。今後さらに拡大していくのは間違いないだろう。

もっとも、これまでの観光市場の変化は、あくまで連続的な変化の中での市場の拡大だった。訪日も海外旅行も例年、数%から10数%の伸びの中で成長してきた。しかし、IRは突如として新たな巨大産業が誕生する。つまり、非連続的な市場の変化が起こると考えられる。

動き出した超巨大産業

CMなどにより、日本でも一躍有名になったシンガポールのIR、マリーナ・ベイ・サンズ。3本の高層タワーの屋上に皿を渡したような特徴的な外観で、今やシンガポールの人気の観光スポット、新たなシンボルとなっている。

シンガポールの成功を踏まえ、日本でもIRの開発に向けた動きが本格化している。2018年7月、特定複合観光施設区域整備法、いわゆるIR整備法が成立し、2019年3月には同法の政令も公布された。大阪府・市をはじめとして、長崎県や和歌山県などがIRの招致を表明し、北海道や東京都、千葉市、横浜市などでも招致に向けた動きがある。2019年8月には、横浜市がIRの誘致計画を発表し、誘致活動に舵を切ったことも記憶に新しい。

海外でIRを運営する事業者(IR事業者)も進出に向け日本事務所を構え、活動を活発化させているほか、大手デベロッパーやゼネコンなども共同事業に関心を示している。1カ所あたり1兆円以上という巨額の投資資金を供給するため、メガバンクも専任部署を設置し、準備を始めた。海外のIR事業者の動きはスピーディで、横浜のIR誘致表明した当日に、米ラスベガス拠点のIR大手「ラスベガス・サンズ」が、大阪でのIR建設案件への入札を見送る意思を表明。横浜を含む東京エリアでの開業を目指す活動に舵を切った。

このままのペースで進めば、2020年代の中盤に、全国で最大3カ所のIRが日本に出現する。大阪府・市は「IR基本構想」で年間4800億円の売上を想定しており、仮に3カ所合計では約1兆4400億円の巨大市場が誕生する。「レジャー白書2018」によると、2017年の国内ホテル業界の規模は1兆3840億円、旅館業界は1兆4050億円。観光産業の基盤となっている宿泊形態と同規模の新産業が、この先5年程度で立ち上がるわけだ。

シンガポール、ラスベガスが成功したわけ

海外でもIRは輝かしい実績を上げている。前述の日本のIR制度の見本となったシンガポールで、中心部にマリーナ・ベイ・サンズ、郊外のセントーサ島にリゾート・ワールド・セントーサという2つのIRが開業したのが2010年である。それまで1000万人前後で推移していたシンガポールへの観光客数は、IR開業後に急成長。2018年は1851万人へと躍進している。停滞していたシンガポールの観光業界を大きく復活させた立役者はIRといえる。

シンガポールと並んで世界で名高いラスベガスはどうか。1980年代以前のラスベガスは、あくまでカジノの街として知られていたが、1990年代から家族3世代で楽しめるファミリーリゾートへと変貌。2000年代はMICEを軸としたビジネス・トラベルの目的地として、新たな顧客層を取り込みながら成長した。1980年に1194万人だった観光客数は、リーマン・ショックなどで停滞した時期もあったが、順調に増加し、2018年は4212万人に到達。ホテル客室数も4万5815室(1980年)から3倍の14万9158室(2018年)へと拡大し、かつ客室稼働率も88.2%と非常に高い水準で推移している。

海外で数々の成功実績があるビジネス。それがIRである。事業機会を狙って多くの企業が参画しようとするのは当然の流れだろう。

船に乗り遅れる日本の観光業界

しかしながら、日本の観光業界において、IRはまだまだ先の出来事ととらえている向きが多いのではないか。

「IRができたら、送客先の一つとしてツアーに組み込めばよい」


「まだどこにIRができるかも分からないうちは、動きようがない」
「カジノへの根強い拒否反応があるなか、本当にできるのだろうか」

このような思いを抱えながら、IRを遠巻きに見ていないだろうか。そうならば、千載一遇のチャンスをみすみす逃してしまうことになりかねない。

一方で、現在IRの動きについても、

「和歌山県がIR誘致に関する有識者会議を開催した」


「政府が秋の臨時国会にカジノ管理委員会の国会同意人事案を提出する方向」
「メルコリゾーツと横浜F・マリノスがパートナーシップ契約締結」

というものが多く、自社のビジネスへの影響を、どう分析したらよいか分からないというのも、多くの観光産業関係者の本音だろう。

IRは決してカジノだけではない

さらに、IRを単純にカジノ施設のみであると誤解している読者もいるかもしれない。全国3カ所に設置されるとしても、巨大なパチンコ店ができるくらいにしか想像していないかもしれない。

これは過分に、IR反対派のネガティブキャンペーンにさらされてしまった結果でもある。IRを反対する根拠として、カジノに焦点を絞り、「賭博に頼ったまちづくりはすべきでない」、「ギャンブル依存症の患者が街にあふれる」といった主張も少なくない。

もちろん、IR導入の賛否についてさまざまな意見があって当然だが、「IR=カジノ」ととらえるのは、とてももったいない誤解だろう。法令で定められたカジノエリアの床面積は、IR全体の3%以下。つまりIRの97%は、カジノ以外のエンターテインメント施設やホテル、飲食店などで構成される。

97%を占めるカジノ以外施設のインパクトは見逃せない。大阪府・市は、「大阪IR基本構想」のなかで、カジノ以外の施設への年間入場者数は1890万人に上ると試算している。2018年の東京ディズニーリゾートの入場者数が3255万人だったので、東京ディズニーランドと東京ディズニーシーで来場者数が半分ずつと単純に仮定すると1600万人。カジノ以外の来場者数だけでも、東京ディズニーランドやディズニーシー単体を上回る集客力があることになる。

このチャンスを活かして日本の観光産業が飛躍できるかどうか。まさにこの瞬間にかかっている。

*この記事は、IR専門家のアドバイスのもと、トラベルボイス編集部(IR取材チーム)が執筆したものです。

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