ポスト・コロナ時代の需要喚起のやり方は? その有効性と限界を分析した【コラム】

こんにちは。観光政策研究者の山田雄一です。

コロナ禍に関する状況は日々変化しているため、その対応を検討することは非常に困難です。

ただし、相応の期間は需要が減退すること、特に、訪日旅行については、年単位で喪失することは、ほぼ確定していると言えます。

国内需要がどこまで下がるのか、踏みとどまるのかは、今後の感染状況次第ですが、私が2020年03月27日時点でおこなった推計では、夏前から徐々に戻してきて、秋頃には2018年に近い水準まで戻ってくる想定としていました。

日々悪化するコロナ禍の状況においては、これとて、かなり希望的観測をもった推計であり、実際には、これより悪化することが容易に想像できます。

言い方を変えれば、この推計のもととなるシナリオは、「ロックダウンのような完全閉鎖とはならず、顧客も地域も施設も、感染症対策を徹底するかわりに、一定の行動の自由を確保することになります。並行して、秋ごろにはワクチンはともかく、対処療法的な薬もできている」といったことを「期待」してのものです。

これは「甘い想定」とも言えますが、その「甘い想定」であっても、国内、訪日を合わせて7.8兆円という甚大な市場喪失となることが分かりました。

需要喚起策の有効性と限界

現在、政府は「コロナ収束後」に、観光旅行分野への大きな需要喚起策を行うことを表明しています。これがうまく機能すれば、コロナ禍が一段落した後に訪れる第3の波(支出引き締めの波)による市場縮小を押し留めることが期待できます。

訪日旅行は、相当程度、遅れることは確定的ですし、海外に対して日本政府が需要喚起を行うことはできないから、対象は主に国内旅行となってくるでしょう。

しかし、実は日本人は、半数しか宿泊観光旅行を行っていないのです。そして、この宿泊市場規模を左右するのは、主に経済要因です。

給与水準と宿泊観光旅行市場の中期的推移

この事実は、経済的な支援を行うことで、従来、観光旅行をしていなかった人も旅行に出てもらい、結果、国内の旅行市場を膨らませることができる可能性を示していると言えるでしょう。

訪日旅行は市場が拡大してきましたが、それでも、消費額で見れば国内宿泊旅行の1/3にも達していない状況です。これに対して、前述のように、国民の半分しか観光旅行に出ていないことを鑑みれば、短期的でも、国民の休眠層を掘り起こすことができれば、市場規模を補うことが可能と考えることができます。

ただ、これには大きな問題があります。

それは、この需要喚起策は、コロナ禍がなんらかの形で収束しないと展開できないということ。

それまでの間は、需要が喪失され続け、ホスピタリティ産業は収入を失い続け、固定費が赤字となって襲いかかることになります。

この赤字を取り返すには、収束後、従前以上の水準に需要を伸ばすことが必要です。それが、政府の経済的支援ということになるでしょう。

このままでは、2020年の国内旅行市場は2018年比の71%となってしまいますが、仮に、秋以降に国内需要が戻ってきたとして、10~12月が2018年比の200%(金額ベース)で稼働したとすれば、2020年の国内旅行市場は、2018年比の96%まで回復でき、市場喪失は7.8兆円から4兆円に圧縮される(訪日旅行を含む)ことになります。


これは、一見すると問題ない取り組みと感じるが、実のところそうではありません。

なぜなら、ホスピタリティ産業は、その容量を上回る需要を受け入れることができないからです。ホテルの客室数も、飛行機の座席数も、また、テーマパークの快適な入場者数も、全て限界があるわけです。

もともと、各施設は都市部では高い稼働率で推移してきたし、地方部でも週末や連休などは100%に近い稼働率になっています。つまり、コロナ収束後に需要が戻ってきた時に、さらなる需要を喚起することができても、その追加分の需要を受け入れることは物理的に難しいのです。

訪日客がダウンする分、余裕が無いわけではないのですが、訪日客は平日稼働を高めていた点もあるから、とても、人数ベースで200%稼働できるとは思えません。

つまり、ここで示す「金額ベースで200%稼働することで国内市場96%まで回復」というシナリオは、かなりお花畑的な机上の空論であることがわかるでしょう。

事業の底支えが必要

このように、訪日客が戻るまで(=国際旅行が正常化されるまで)国内需要の喚起は、非常に重要なのですが、それだけで市場が2018年水準にまで回復されることはあり得ません。言い換えれば、現在の損失の「全て」を、収束後の売上で補うことはできないことになります。

そのため、将来的な需要喚起策が約束されても、「無利子」や「低利」での融資が政策的に用意されても、事業者は、おいそれとそれに乗ることはしにくいでしょう。

となれば、早急に需要を戻すことが重要です。実際、震災やリーマンショックであれば、早急な需要促進策を展開することが傷口を広げないための最善策となります。しかしながら、今回の場合は、当面の間、需要喚起策を展開することができない状況です。

これは、収束までの期間の需要喪失による損害は、将来的にも回収不可能な損害として「確定」するということに他なりません。

事業者が単体で耐えられる期間は短いから、確定した損失(現時点では数カ月先までは確定)について、何かしらの支援が無ければ、多くの事業者が破綻してしまいます。この事態が、地域のホスピタリティ産業クラスタを破壊することを意味するのは、前回、指摘したとおりです。

ただ、需要が数ヶ月に渡って喪失されることを考えれば、国がその全てを支え続けることは困難でしょう。

また、ポスト・コロナで生じるであろう激しい競争を考えれば、早めにホスピタリティ産業から他分野に転職する、業態を変更する、観光振興から手を引く地域が出てくることは、必ずしも否定されるものではありません。

それでも、あえて、観光を旗印に掲げていこうという地域においては、国だけに頼るのではなく、地域特性に応じた独自の対応を「なりふり構わず」「数カ月に渡って」展開することが求められます。

コロナ禍収束まで、産業クラスタを維持することができなければ、ポスト・コロナへの挑戦権は得られないからです。

需要喚起のやり方

しかも、コロナ禍収束後、経済的な需要喚起策が展開されても安心はできません。

前述のように、供給量を上回る需要を受け入れることはできませんから、その需要喚起策が魅力的なものであればあるほど、現場はオーバーフローすることになります。

さらに、おそらくその時点で、コロナは収束してはいても、終息はしていないから、無秩序に観光が復活してしまえば、抑え込んだ感染を再拡大させることにもつながりかねません。

そのため、需要喚起も量だけに注目したやり方は避けるべきであり、課題に留意した丁寧なデザインが必要となるのです。

その課題には、以下の3とおりがあります。

  • (強い地域において)1人あたりの消費単価を上げること
  • (全ての地域において)旅行発生日を分散させること(平日の稼働を高めること)
  • (弱い地域に)旅行先を分散させること

観光は競争環境にありますから、観光地が持っている競争力によって需給関係は大きく変化します。これを理解して需要喚起策を立案することが必要になってきます。

少なくても、単純な「プレミア旅行券」では対応できないことは明らかでしょう。

私からは、以下の対策を提案しておきます。

  • 旅行費用を所得税から控除する「旅行減税」 –>単価アップ
  • 「ワーケーションの推奨」および「キッズウィークの本格展開」 –>旅行発生日の分散
  • 旅行先を限定した「割引クーポン」の発行 –>旅行先分散

コロナと付き合うホスピタリティ産業

ホスピタリティ産業としても、ポスト・コロナを睨んだ対応が必要になってきます。

コロナ禍は収束はしても、終息はせず、ポスト・コロナにおいても、おそらくコロナは現在のインフルエンザと同様の存在として、人類社会と共存するでしょう。

すなわち、これからの観光においては、感染症対策が必須となってきます。現在でも、手の消毒や職員の健康チェックといった感染症対策は展開されていますが、今後は、施設の空間デザインや、根本的なサービスデザインの変更が必要になるはずです。

例えば、飲食店で言えば、ビュッフェ・スタイルは基本的に継続が困難になると思われます。机の間隔も拡げる必要もあるでしょうし、抗菌性の高い部材の使用も求められるようになるでしょう。

宿泊施設でも、部屋の清掃(消毒)のやり方も変わってくるうえ、リネンの取り扱いも変わるでしょう。空気清浄機は必須になり、全館のエアコンも従来以上に換気率が高いものが望まれることになるに違いありません。また、エレベーターのように不特定多数の人々が利用する設備については、非接触型の操作手法を導入するといった対策が必要になるかもしれないし、施設によっては、チェックインやチェックアウトなどスタッフとの対面作業が生じる部分は、機械化が求められる可能性もあります。

さらに、ラウンジのように不特定多数の人々が集うような場所や、多様な人々が「和気あいあい」に共同作業するようなプログラムは、そのコンセプトの見直しが求められるでしょう。

また、感染抑止は施設側だけでなく、顧客側の協力も必要だという観点が、とても重要になります。具体的には、「感染上等」というセグメントを引き寄せないマーケティングも重要となります。来訪いただくとしても、しっかりと感染症対策を実践できる、リスクを意識した顧客セグメントにフォーカスすべきなのです(その意味で、収束前に割引クーポンで集客することは、あまり推奨できません)。

マーケティングという点で言えば、当面の間、MICEは厳しい状況となります。すでに国内では修学旅行も大型イベントもストップしていますが、ビジネス系の会議、コンベンションも当面は開催不能でしょう。さらに言えば、これらは、ビジネス系需要については、ネットへと推移し、戻ってこない可能性も想定しておくべきです。

となれば、閑散期対策として注目されてきたMICEが機能しなくなる訳ですから、DMOのミッションも大きく変化することになります。

DMOのミッションという点では、感染症対策に関する地域単位での取り組み管理も新たなミッションになることでしょう。今回のコロナ禍は、人々の心にも強い不安と恐怖を受け付けています。顧客にとって、旅行は一連の経験の集合体ですから、その一連の経験に渡って感染症対策を展開し、顧客の信頼を得ていくことが必要となるのです。

さらに言えば、地域コミュニティにおいても、今回のコロナ禍によって感染リスクを高める「観光客」を呼び込むことに拒否感や恐怖感を持つ人々が出てくるでしょう。そうした人々も納得するような感染症対策を地域全体で展開することも求められることになります。

市場構造が変化する中、交流人口の捉え方についても、考え方を変えていくこと、つまりは、基本的なビジネスモデルについても再考していく必要があるということです。

官民パートナーシップの展開

いずれにしても、何度も指摘しているように、民間だけでも、国だけでも、地方自治体だけでもこの混乱を乗り越えることは困難です。

民間と行政のファイナンス、時間軸、ガバナンスの違いを、こういう時こそ、うまく組み合わせて、それぞれの苦手な部分を補いながら展開していくことが重要です。

熊本地震の際には「ふっこう割」が創出されました。これは、国レベルにおいて観光産業の特性に配慮した結果であり、官が民を支援する体制が作られることになりました。

しかし、今回のコロナ禍は、熊本地震など天災を大きく上回る「有事」です。2020年を生き延び、ポスト・コロナの挑戦権を得るには、国に頼るのではなく、地域レベルにおいて、官民挙げてのかつてないパートナーシップの構築が求められていると、私は考えています。

【編集部・注】この解説コラム記事は、執筆者との提携のもと、当編集部で一部編集して掲載しました。本記事の初出は、下記ウェブサイトです。なお、本稿は筆者個人の意見として執筆したもので、所属組織としての発表ではありません。

出典:DISCUSSION OF DESTINATION BRANDING. 2020を生き抜く

原著掲載日:2020年3月29日

山田 雄一(やまだ ゆういち)

山田 雄一(やまだ ゆういち)

公益財団法人日本交通公社 理事/観光研究部長/旅の図書館長 主席研究員/博士(社会工学)。建設業界勤務を経て、同財団研究員に就任。その後、観光庁や省庁などの公職・委員、複数大学における不動産・観光関連学部などでの職務を多数歴任。著者や論文、講演多数。現在は「地域ブランディング」を専門領域に調査研究に取り組んでいる。

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