名もなき村に「関係人口」を促す地域創生、沿線の集落全体をホテル化する発想の原点をキーパーソンに聞いてきた

全国40ほどの地域で伴走型コンサルティングを展開している地域創生事業会社「さとゆめ」。事業のスタートとなった山梨県小菅村との「伴走」は今年で8年目を迎え、その成功例が全国に波及している。1月からはJR東日本とJR青梅線で共同で進める「沿線まるごとホテル」ツアーも本格化させた。昨年からは「第2の創業」として、人を起点とした地域事業の創出にも動き出している。「地域に必要なのは、課題の洗い出しではなく、将来への夢をシェアすること」。そう話す同社社長の嶋田俊平氏に持続可能な地域づくりや関係人口創出のコツを聞いてきた。

関係人口から定住人口への流れを促す「分数村民制度」

さとゆめが小菅村の創生に関わりはじめたのは2014年のこと。小菅村役場から「力を貸してほしい」と頼まれたのがきっかけだ。

「道の駅こすげ」の開業のプロデュースを手掛け 、小菅村地方創生総合戦略の策定にも参画した。2019年には、古民家再生会社NOTEとともにホテル運営会社「EDGE」を立ち上げ、村内の築150年の古民家を改修し、「NIPPONIA小菅源流の村」を開業。それまで日帰り客がほとんどだった村にお金が落ちる仕組みをつくり上げた。

そのコンセプトは「700人の村がひとつのホテルに」。村民一人ひとりがホテル運営に関わることを目指した。嶋田氏は「最初にこのコンセプトを説明するときはドキドキした。でも、『村民みなさんがホテルのコンシェルジュとして、村の魅力を伝えてください』と説明すると、ポジティブな反応で驚いた」と当時を振り返る。それも、道の駅の再生から持続的に小菅村と伴走してきたからこそだという。実際に、NIPPONIAでは宿泊者向けに村民が周辺集落へのツアーガイドを行なっている。

「700人の村を700人で維持していくのは難しい。そのためには村を開く必要がある」と嶋田氏。そのひとつの取り組みとして始めたのが、「分数村民制度」。小菅村地方創生総合戦略で、その概念を掲げた。嶋田氏は、それを「小菅村に愛着を持ってくれる人はみんな村民という考え方」と説明する。

観光などで村を訪れる人(交流人口)を「1/3村人」、村に愛着を持ち地域づくりに関わる人(関係人口)を「1/2村人」、村内に居住する人(定住人口)を「1/1村人」と位置づけた。目指すのは、1/3から1/1人口の増加だ。この流れを加速させるために「1/2村人」と「1/1村人」を対象『こすげ村人ポイントカード』も作り、それぞれ村内での経済流動を創出するためにポイント特典をつけた。1/1村人カードにはIC機能も搭載。今後は村内施設の鍵として使用するなど、さまざまな利用法を検討しているという。


加えて、DMO「源」の設立を支援し、観光、イベント、生活の情報一元的に発信するサイト「こ、こすげぇー」を立ち上げた。嶋田氏は「観光客が観光情報を探しにサイトを訪れ、干し柿づくりのための収穫イベントを見つけ、それに参加することで、村との関係性が生まれ、村作りに関わるようになるという流れを作り出したい」と話す。

結果は数字に表れた。村につながるトンネルの開通や国の地方創生支援などの追い風もあり、2014年~2018年の5年間で観光客数が約8万人から約18万人へと約2.2倍に増加。山梨県内で最も大きい増加率となった。移住者も増加し、22世帯75人の子育て世代が移住したことで、村の小学校の児童数が23人から36人に増えた。さらに新たなベンチャー企業が5社誕生。多摩川源流の水を求めて、「Far Yeast Brewing」もビール醸造所を「移住」させた。

「何も知らない地域に飛び込んでいくコツみたいなものは分かってきた」と嶋田氏無人駅を中心に集落全体をホテルに

さとゆめは、JR東日本とJR青梅線で進める共同事業「沿線まるごとホテル」ツアーの販売を今年から本格的に始めた。第一弾はJR奥多摩駅を起点として、周辺のトレイルや集落を巡り、小菅村のNIPPONIAに宿泊するものだ。

昨年2月に、その実証事業として無人駅の「白丸駅」をNIPPONIA のレセプションと位置付け、周辺集落を巡るツアーを販売したところ、完売した。参加者は20代が20%、30代から50代で40%、50代以上が30%ほどだったという。嶋田氏は「お金も時間もあるシニアが多いと想定していたが、若い人の参加も多かった」と驚きを隠さない。

「NIPPONIA小菅源流の村」では地産地消の食も楽しみのひとつ。

JR東日本では青梅から奥多摩までを「東京アドベチャーライン」として売り出している。その13駅のうち11駅が無人駅。JR東日本八王子支社が管轄する路線のなかで、青梅線が最も無人駅が多く、周辺地域の過疎化も進むが、JRとさとゆめは、ここに目をつけた。

「小菅村にはバスが1日に数本しかない。コンビニがない。それがまさに観光資源になったように、青梅線にも資源はたくさんある」と嶋田氏。「無人駅と周辺集落を基本単位にして、『まるごと』の世界観を創ることにした」と説明する。集落ごとに宿泊施設を増やしていけば、おのずと沿線がまるごとホテルになるという発想だ。「そうなると、駅や集落を選んで泊まる楽しみが生まれてくる。山の集落、川の集落、わさび田がある集落など、それぞれにキャラクターをつけれけば、『奥多摩って面白いな』と思えるようになるのではないか。そういうツーリズムを作っていきたい」。

最初こそ既存のNIPPONIAを宿泊施設とするが、今後は2023年にもJR青梅線沿線で古民家ホテルを開業する開始する予定。2026年までには全8棟まで増やす計画だ。すでに鳩の巣駅近辺で候補となる空き家を見つけているという。まずはそこを改修し、独自ブランドで古民家ホテルを立ち上げ、鳩の巣駅をメインフロント機能として「沿線まるごとホテル」事業を拡大していく。将来的には、他の無人駅でもチェックインできる機能を設ける。

地元の自治体や事業者も協力的だという。「ひとつのコンセプトで沿線の観光資源を発掘して、ストーリー化し、安売りせずに、持続可能な観光をつくり上げて行きたい」と嶋田氏。小菅村と同様に、各集落でも住民みんなで旅行者を迎える体制を築き、ツアーガイド、地産地消の食の開発、清掃、駅管理なども集落住民が行う。「そうすれば、村民の村へのプライドも生まれ、運営もしっかり続けていくことができる」と自信を示す。

地元と思いや夢をシェアするコンサル

さとゆめは2012年の設立以降、伴走型の地域コンサルティングを手掛けてきた。嶋田氏は、伴走について、「地域は事業を立ち上げる経験が不足しているから頼んでくる。計画や戦略だけを作って、あとは地域に任せるのは無茶な話。実現するところまでサポートしていく」と説明する。自走までの手離れは悪い。しかし、だからこそ「700人の村がひとつのホテル」といった踏み込んだアイデアが実現した。

さとゆめは、コンサルティングの手法にもこだわりを持っている。地域創生のコンサルティングでは、ワークショップなどを開いて、課題を洗い出すところから始める場合が多い。しかし、それをやると住民の気分がどんどん沈んていくという。「課題を出す必要はない。それよりも、興味があることを出して、こういう村にしたいなどの思いや夢をシェアすることの方が大切」と嶋田氏は力説する。

何も出てこない場合は、第三者の視点を提供する。嶋田氏は「地元の人たちは『地元には何もない』とよく言うが、その何もないことを評価する。無人駅の白丸駅も何もなかった。地元としては隠したいくらいの存在だったかもしれない。しかし、外からの視点だとそこが新しい価値として見えてくる」と話す。

新しい価値が見えたら、それをストーリー化する。「名もなき村や町ではブランドで勝負はできない。コンセプトで勝負するしかない」。小菅村の場合も、角度を変えて『700人の村』や『崖っぷちの村のチャレンジ』というストーリーを打ち出したら、バズった。

さとゆめは2021年、新たに「第2の創業」として、「Local Business Incubator -人を起点として、地域に事業を生み出す会社-」をコーポレートアイデンティティとして打ち出した。嶋田氏は、「事業を担う人材をセットで地域に接続していかないと事業は立ち上げらないし、運営できない。最初に人を集めて、その人たちと一緒に計画を作って、資金調達をして、事業を立ち上げる」と話す。同じ意志を共有する人材を最初にコミュニティ化。ある特定の地域の課題や事業に関心を持つ人材でチームを作り、具体的な活動を進めていく。

「地域に仕事がないとよく言われるが、ないのは仕事ではなく、人だ」。その人を最初に集める。さとゆめでは、100の地域で100の事業を創出するスタートアッププロジェクト「100DIVE」という取り組みも始めている。

「Local Business Incubator」の概念図

「沿線まるごとホテル」事業も人起点で拡大させていく。JR東日本も、JR青梅線だけでこの事業を終わらせたくないという考えがある。さとゆめと共同で「沿線まるごと株式会社」も立ち上げた。「人をどんどん巻き込んでいく」(嶋田氏)ことで、2040年までにJR東日本管轄エリアの30地域以上で「沿線まるごとホテル」の展開を目指す。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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