アドビシステムズは、デジタルマーケティングカンファレンス「Adobe Digital Experience Insight 2018」を開催した。現在を「没入型メディア体験とリアルタイムのパーソナリゼーションによる顧客体験の時代」と定義するアドビは、マーケテイングソリューション「Adobe Experience Cloud」を開発。各種データの統合(Experience System of Record)、エンドユーザー、マーケター、ディベロッパーなどに具体的なサービスを展開する「Adobe Sensei」など、より高いレベルでの顧客体験を実現していくソリューションを提供している。
顧客体験は観光産業のキーワードのひとつ。その基調講演には、トラベルボイスから代表の鶴本浩司がモデレーターとして登壇。JTB Web販売部戦略統括部長でアドベンチャー取締役の三島健氏とJTB総合研究所コンサルティング第五部長主席研究員の山下真輝氏とともに、インバウンド戦略におけるデジタルマーケティングや受け手となる日本の取り組みについての議論した。
三島氏「消費は二極化」、山下氏「権益間の壁を超えるべき」
三島氏は、インバウンド市場の現状認識として、全体の 85%を占めるアジアからの訪日旅行者と15%との欧米豪からの訪日旅行者は「違う客」だと指摘。アジアからはリピーターが多く、日本での過ごし方はどんどん変わっているのに対し、欧米豪の訪日は1回の滞在が長いとして、「体験の中身も違う」と分析した。
2017年の訪日外国人の消費額は約4兆4000億円だが、マーケットによってコト消費、モノ消費の中身が違うことから、「消費の二極化が進んでいる。リアルタイムでそれに対応する事業はまだ追いついていない。これをデジタルマーケティングでどうしていくか」と課題を挙げた。
一方、山下氏は、インバウンド市場が急拡大しているものの、日本国内の旅行産業を支えているのは消費額20兆円を超える国内旅行になっている現状を報告。そのうえで、「それが観光市場の成長の足かせになっている」と指摘した。国内マーケットを中心に動いている観光産業は、ゴールデンウィーク、夏休み、年末年始など特定の時期に民族大移動をする旅行傾向のリズムで事業を展開せざるを得ず、「特に宿泊業は事業性だけでなく雇用の面でも厳しい」とした。
その特定のリズムの合間を埋めるマーケットとしてインバウンドにかかる期待は大きいが、山下氏は「地域には権益間と事業者間に壁がある」と課題を挙げ、訪日外国人は行政区域に関係なく移動するため、「県域を超えた広域での情報、事業者の枠を超えたサービスをシームレスに提供することが求められている」と強調した。
三島氏「タビナカでのオンライン化は未整備」、山下氏「ストーリー性のある高額商品を」
三島氏は、流通の観点からの課題にも言及。「旅行の移動についてはOTAが成功モデルとなっているが、現地での過ごし方については、まだデジタルソリューションはない。タビナカでのオンラインプレイヤーが提供するコンテンツはまだ未整備」と指摘した。現在、大手OTAは、膨大なトラフィックを利用して、DMOなどからの広告出稿やマーケティングサポートで収益を上げているが、「タビナカでは、地に足をつけたところでトランザクションは取れていない」と話した。
また、三島氏はタビナカでの取り組みについて、国内市場のツアー形態が主体になっており、そこにインバウンドとのギャップが生まれているとした。たとえば、国内では「宿泊プラン」としてオールインワンで提供されているが、個人旅行(FIT)が主流のグローバルでは、旅行者自らがオプションを選択する。現在では旅館で泊食分離の動きも出ているが、三島氏は「(インバウンド市場に対しては)プロダクトアウトの発想ではダメだろう」と強調した。
山下氏もFITに向けた取り組みに課題があるとしたうえで、「観光地のスペックではなく、それを見た旅行者がどう感じるかに焦点を当てたプロモーションが必要。日本はまだそれができていない」とコメント。地域の文化とアクティビティを組み合わせ、そこにストーリー性を加えて、高品質で高額の商品を造成していく重要性に触れ、「DMOが、アドビが言うところの『エクスペリエンス・メーカー』になれるかどうか」がカギになるとした。
モデレーターのトラベルボイス鶴本は、日本のDMOは急速にデジタル広告やデジタルマーケティングにシフトしているが、海外では完全に紙媒体を禁止しているところもあり、まだ遅れているのが現状と指摘。この議論について、山下氏は「日本のDMOや行政は紙が主体。まだ成果物を出すという認識が強い。しかし、国際的なトレンドはPDCAサイクルのなかで、測定可能なことしかやらないという流れだ」と紹介した。
三島氏「グルーバルなUI/UXを」、山下氏「デジタルで業務効率化を」
最後に課題解決のヒントについてパネリスト両氏が考えを披露した。三島氏は、「リアルな体験を伝えるコンテンツと技術的なファンクションをどのように造っていくかが必要」と強調。タビマエやタビナカでデジタルの利用が進んでいるなか、国内向けのUI/UXではなく、グローバルに対するUI/UXを構築し、「海外からの旅行者のUI/UXを訪日旅行でも損なわないように改善していくべき」と提言した。
山下氏は、観光事業者の生産性をどのように上げていくが大きな課題としたうえで、「デジタルの活用で業務の効率化が進めば、働きやすい環境にもなる」と提言。生産性が向上すれば、雇用も生まれることから、「将来的には観光産業は自動車産業を超える日本の基幹産業になりうる」と期待感を示した。