新型コロナによって、日本の観光産業を取り巻く状況は一変した。新しい生活様式が広がり、さまざまな分野でオンライン化が加速。リモートワークや仮想空間の構築は出張や旅行の機会を減らす一方で、これまで訪問することのなかった未知の場所への潜在需要を引き出そうとしている。ソーシャルディスタンスの確保も高コストを招く反面、旅行商品の質の向上をもたらす可能性がある。
旅行各社が復活のカギとしてDX(デジタルトランスフォーメーション)に乗り出すなか、注視されるのが最大手JTBの動向だ。2020年12月に開催された全社員参加型(社内向け)オンラインイベント「JTB Diversity Week 2020」に登壇した常務執行役員経営戦略本部CIO福本伸昭氏の基調講演「JTBグループの未来をデジタルから考える」をもとに、日本の旅行業界も左右するであろう、ガリバーが向かう先を探ってみる。
デジタル基盤に人の温かみを乗せる
JTBは昨年11月に発表した、中期経営計画「『新』交流創造ビジョン」の中で、事業構造を従来の旅行中心から、「ツーリズム」、「エリアソリューション」、「ビジネスソリューション」の3領域に再編と発表した。そのすべての活動の軸に据えるのが、デジタル基盤に人の温かみを乗せたサービスだ。デジタルソリューションを加速する一方で、これまで培ってきた人の力との融合を最大の武器に掲げる。
「ツーリズム」の販売チャネルはこれまで店頭、コールセンターが中心だったが、今後はスマートデバイス起点でのOMOに移行する。OMOとは「Online Merges with Offline(オンライン・マージ・ウィズ・オフライン)」の略称。オンラインとオフラインの垣根を越えて、「スマホやタブレットから容易にJTBグループにアクセスしてもらい、必要に応じて実際の店舗のスタッフが接客する」(福本氏)。従来の紙のパンフレットから価格変動型のダイナミックパッケージへの移行もさらに進める。
「エリアソリューション」では観光ICTのほか、地域事業者自らが新しいソリューションを創出できるためのサービス提供プラットフォームを構築する。JTBグループの社員が商品開発をサポートすることで、新たな事業領域の拡大を目指す。また、企業の課題解決に伴う事業化を図る「ビジネスソリューション」では、従業員データの分析(HR-Tech)に基づいて可視化された課題に対する組織活性化支援、デジタルマーケティングなどを変革のドライバーに掲げる。
ブロックチェーンの提供も視野に
基調講演で福本氏が、今後のJTBグループのデジタル化で重要なキーワードとして挙げたのが、世界のOTAで加速している「Connected Trip(コネクテッド・トリップ)」だ。「旅行に関するすべてのサービスをデジタルプラットフォームを通じて、シームレスに提供していく」という概念で、タビマエからタビナカ、タビアト、さらにその後のフォローまでワンストップで提供することを指す。具体的には、購買データの蓄積によるパーソナライズした提案、顧客満足度から得られた地域観光商材の改善など、地域CRMを含めたデジタルによる各種取り組みを進めている。
福本氏は「OTA各社が一見の利用ではなく常連になってもらおうとしていること、さらにGoogleによる旅行サービス拡充といった脅威が押し寄せていることを、私たちはもっと意識しなければならない」と指摘。「JTBはすでに各種のデジタルソリューションがあり、全国をカバーする店舗や人財の力もあるが、バラバラに活用しても効果は得られない。私たちにとって最も重要なのは、自らをConnectedすることであり、One JTBで戦略を考えることが不可欠になる」と力を込めた。
福本氏はブロックチェーン(BC)についても言及。従来の旅行業は、旅行会社やOTAがサプライヤーと消費者をつなぐことで手数料を取得するビジネスモデルだが、BC技術の発展により、数年後はサプライヤーと消費者が直接取引するプラットフォームを提供することで利用料を取得するビジネスモデルが主流になる可能性を予測する。「BCについてはまだまだ研究中だが、未来の覇権を握るため、BCの提供者になることも検討しなければならないだろう」との見解だ。
講演の最後では、社員から「グループ内でいくらデジタル化が進んでも、私たちはどう適応していけばいいのか」といった質問も寄せられた。福本氏は「デジタル化という言葉が物事を難しくしているが、ソリューション開発には専門の人材もいる。旅行に精通し、顧客ネットワークを持つみなさんの領域でデジタル環境をどう活用し、顧客に提案していくかを考えてほしい」と呼びかけた。