日本の「観光教育」はどうなっているのかを取材した、その誕生の歴史から観光学の最新事情まで

観光が産業としての存在感を増す中、求められているのが「観光教育」だ。コロナ禍からの急回復で、すでにオーバーツーリズムなど観光に関わる課題が顕在化、その解決に向けては観光事業者だけでなく地域住民との連携が欠かせない。一方で、一般社会において観光産業への理解が乏しいのが日本の現状だ。

日本の観光教育は、現在、どうなっているのか?その現在地と課題を探る。

ホテル人材育成から始まった日本の観光教育

2022年度から、高校の商業科に新たな科目が導入された。それが「観光ビジネス」だ。選択科目の一つではあるものの、観光と名のつく科目の誕生に観光産業からも喜びと歓迎の声があがった。

なぜ今、学校教育に「観光ビジネス」科目が導入されたのか。また、それは観光教育や観光業界において、どんな意味を持つのだろうか。その答えを探すために、まずは日本の観光教育の歴史を紐解いていこう。

文科省「初等中等教育における観光教育の推進協議会」で座長を務める日本大学の宍戸学教授の資料によると、日本における観光教育は1930年、富士屋ホテルトレーニングスクールが開校したところから始まっている。その後、1940年に開催予定だった東京オリンピックに備えるべく、1935年に日本初のホテル専門学校・国際ホテル学校(現:東京YMCA国際ホテル専門学校)が誕生した。戦後間もない1946年には立教大学でホテル講座が始まり、東京オリンピック開催や東海道新幹線開通を翌年に控えた1963年には東洋大学短期大学に観光科が誕生。さらに1967年には立教大学の社会学部に観光学科が設置されている。80年代に入ると各地の大学に相次いで観光系学部が設置された。

では、高校における観光教育はいつから始まったのか。その先駆けとなったのが、1980年に国際ホテル科(現:ホテル観光科)を開設し、現在もホテル業界に人材を輩出している鹿児島城西高校である。バブル期の1980年代後半から1990年にかけては沖縄県立浦添商業高校、北海道ニセコ高校などで観光科やリゾートコースが相次いで設置された。これらの中には、すでに観光科やリゾートコースを廃止した高校もある。

観光教育が学校の特色の一つに

高校における観光教育が新たな局面を迎えたのは1990年代半ばのこと。学習指導要領改訂により、1994年から普通科、専門学科(商業科、農業科、工業科など)に続く第3の選択肢となる「総合学科」が導入された。

総合学科の話をする前に、学習指導要領について触れておこう。学習指導要領とは「全国どこの学校でも一定の水準が保てるよう、文部科学省が定めている教育課程(カリキュラム)の基準」 のこと。この「学校」とは小学校・中学校・高校を指す。学習指導要領はおよそ10年に1度のペースで改訂されるが、小中高が同時に新しい学習指導要領に切り替えるのではなく、それぞれ実施時期は異なる。

平成最初の学習指導要領改訂(1994年実施)で導入された高校の総合学科とは、普通科と専門学科の両方の選択科目から自分で選んで学べるというもの。文部科学省が1993年の通知で「高等学校教育の一層の個性化・多様化を推進するため」として積極的な取り組みを求めていることからも、学校の特色を出せる学科として誕生したことがうかがえる。文部科学省 初等中等教育局の担当者によると、この総合学科でも観光について学べるという。

「総合学科は生徒一人ひとりの興味関心に応じて科目が選択できる学科です。商業科だけでなく、総合学科に観光関連のコースを設置している高校もあります。農業、水産業、観光業、六次産業など、地域の実態とニーズはそれぞれ異なります。学校の設置者である都道府県や市町村、学校法人は、地域や生徒のニーズに応じて学校やコースを設置していますが、学習指導要領がありますので、観光関連のコースが設定されている商業科や総合学科でも観光についてのみ学ぶわけではありません。商業科であればビジネス法規や経営マネジメントといった科目も学ぶことになります」

地域や生徒のニーズが反映される

学習指導要領の枠組みの中で観光について学ぶ形ではあるが、「何を学ぶか」については学校の特色を出すこともできるという。平成の2度目の学習指導要領改訂(2003年実施)で、「学校設定科目」が設置されたためだ。

学校設定科目は普通科や専門学科の科目とは別に、学校が独自に設定できる科目のこと。科目の名前から内容、目標、単位数まで学校が設定することが可能だ。学校設定科目は特色ある教育課程の編成に資するものとされており、その地域の実態やニーズに応じた学びが可能になっている。さらに、平成で3度目の学習指導要領改訂(2013年実施、2010年一部先行実施)でも、授業のテーマとして観光を取り上げやすくなったという。

商業科の「課題研究」という科目が1.調査実験研究、2.作品制作、3.産業現場等における実習、4.職業資格の取得、という四つで構成されることになり、この調査実験研究などのテーマとして何を取り上げるかは、学校の裁量に任されている。そのため、このテーマとして観光を選び、学ぶことが可能である。

このように、1980年代に観光科やリゾートコースが相次いで設置された流れとは別に、学習指導要領が改訂されるたびに、高校では商業化を中心に観光を学ぶ機会が少しずつ増えていったことがわかるだろう。

「観光」と名のつく科目がついに誕生

では、なぜすでに商業科を中心に観光を学べる状況にあったにもかかわらず、最新の学習指導要領改訂(2022年実施)では、商業科の選択科目に「観光ビジネス」が設置されたのか。文部科学省 初等中等教育局の担当者はこう語る。

「学習指導要領を検討する中で、中央教育審議会から『政府の観光立国という方針も踏まえて観光に関する科目は必要だろう』という答申をいただき、選択科目の一つとして新設されることになりました。これまでも観光を学ぶことはできましたが、科目となったことで指導内容が定められた点が新しい点だと言えます。『観光ビジネス』科目の目標は国内外の観光ビジネスをおこなうために必要な資質能力を育成すること。その資質を身につけられるよう、1.観光とビジネス、2.観光資源と観光政策、3.観光ビジネスとマーケティング、4.観光ビジネスの展開と効果、という4つの項目で構成されています」

「観光ビジネス」が科目として誕生したということは、地域特性によるものではない、全国どこの学校でも一定の水準の学びが得られるということ。これは、観光に関する学びが拡大したということなのだろうか。

「『観光ビジネス』科目の設置は観光に関する学びの拡大というより、充実と言えるでしょう。なお、『観光ビジネス』は選択科目ですから、商業科が必ず開設しなければいけないというわけではなく、開設するかどうかは学校設置者(公立学校であれば都道府県や市町村、私立学校であれば学校法人)の判断となります。専門高校にはその地域の産業を支える人材育成をおこなうという役割があります。設置者はその点を鑑みた上で学校の特色作りや教育内容を検討することになるのです」

求められる知識も技術も高度化

実は、今回の学習指導要領の改訂では商業科以外の専門学科の科目でも観光を意識した変更が行われた。農業科の「グリーンライフ」という科目は地域資源に関する内容を充実させた「地域資源活用」となっている。また、水産科の「マリンスポーツ」科目は、今回の改訂によって水産業や海洋関連産業だけでなく、海洋レジャーに関わる上で必要な安全指導や安全管理なども学べるようになった。

なぜこうした変更が行われたのか。高校の専門学科はこれまで関連業界や地域社会に人材を送り出してきた。しかし、産業構造の変化やグローバル化、技術革新によって各分野で求められる知識も技術も高度化している。そのため、今回の学習指導要領の改訂では農業や商業、水産など職業に関わる各教科において、産業界に求められる資質や能力を育成することをより意識している。

さらに、普通科でも新たな動きが始まっている。文部科学省の担当者はこう語る。

「令和4(2022)年度から、新しい普通科を設置できることになりました。普通科として1.従来の普通科、2.学際領域に関する学科、3.地域社会に関する学科、4.その他(デジタル人材育成を目指す学科等)などを設置できることになったのです。今後はここに観光ビジネスをメインに学べる学科が誕生することもあるかもしれません」

ただし、この場合も観光をメインに学ぶ普通科を設置するかどうか判断するのは学校設置者だ。社会の変化とともに特色ある学校づくりには生徒や地域のニーズが反映される。社会の変化と要請により学校教育に「観光教育」科目が導入されたが、観光教育が今後さらに広がっていくかどうかは、地域社会における観光産業の位置付けや地域社会との連携がカギと言えるだろう。

次回の記事では、観光庁の取り組みについて取り上げる。

取材・記事:REGION 鷲山淳 / フリーライター吉田渓 

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