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エコツーリズムとは何か? ―発祥の歴史から取り組み事例まで

千葉千枝子の観光ビジネス解説(20)

*右写真は、1997年にフィリピン大統領令が発布され本格的な保護対象となったメガネザルのターシャ。


▼エコツーリズムとは

観光立国ならではの日本のエコツーを

エコツーリズムとは、自然環境の保全を強く意識した観光行動を意味する造語で、ecological tourism を略したものである。かつて米国の文化人類学者グレーバーン氏は、自然観光が進化形として、エコツーリズムを観光類型に位置付けた。1980年代後半ごろから世界的に広まり、今では持続可能なツーリズムの代名詞とさえいわれる。

国内では、1997年にエコツーリズム推進協議会が発足、現在の特定非営利活動法人 日本エコツーリズム協会である。


▼▼日本エコツーリズム協会のホームページ

わが国でエコツーリズム推進法(エコツー推進法)が施行されたのは、2008年のことである。環境省をはじめ国土交通省、農林水産省、文部科学省が立法に推挙した。エコツー推進法の目的は、第一に自然環境の保全、次いで観光振興、地域振興、環境教育である。そのために国は、関連する予算を省庁ごとに組んでいる。

例えばエコツーリズム推進に取り組みたい地域が、NPOや協議会などを組織して、その構想を主務大臣に認定申請することで、国が支援を行う。守るべき自然観光資源を指定して整備等に充てられるほか、罰則規定を設けたり、利用制限をしくことができる。宿泊税や入域税、レンタカー税などの観光税を導入するための、足がかりにもなっている。ただし、けっして潤沢な予算とはいえず、その特性上、地域分散の傾向にあるため、各地域の自助努力が求められて久しい。

そのような背景から、わが国のエコツーリズムは国際的には遅れをとってきた。ユネスコの世界自然遺産に国内初の登録となった屋久島(鹿児島)と白神山地(青森・秋田)では、20年の経過のなかで特に明暗が分かれた。地域の自助努力だけでは補いきれない白神山地は、マスツーリズムからの脱却が遅れたことも私たちに印象づけた。


▼進むアジアのエコツーリズム

エコツアーで島内消費が完結する聖地フィリピン・ボホール島

一方で、この四半世紀にエコツーリズムが先行したのはアジアの、とりわけ開発の手が及びきらない奥地や離島であった。産業転換と観光における持続可能性の追求に、エコツーリズムが上手に作用しており、主に欧米からの誘客に成功している。近年では、アジアの富裕層を中心にエコツーリズムへの関心が高まりをみせている。

マニラから空路約1時間、セブ港からはフェリーで約2時間のヴィサヤ地方に位置するボホール島は、人口約115万人弱、国内で10番目に大きな島である。ボホールへの年間の観光客数は、約53万2000人(2010年フィリピン観光省ボホール州事務所調べ)。空の玄関口・タグビララン空港は、すでに収容能力を超えており、JICA独立行政法人国際協力機構がODA国際協力政府開発援助で、州都タグビララン対岸のパングラオ島に、新空港建設および持続可能型環境保全事業の有償協力を2013年、締結したばかりだ。

ボホールは、フィリピン・エコツーリズムの聖地で、世界からの関心も高い。大袈裟なようだが、エコツアーだけで島内観光が完結する。なぜならボホール島には盛り場がないからだ。


蛍の美しい灯りがロマンチックとボホール・アバタン川のファイヤーフライ・ウォッチング(写真提供:大橋マサヒロ)

夜消費を担う一つは、蛍である。蛍観賞(ファイヤーフライ・ウォッチング)は、船上から暗闇のなか行われる。アバタン川周辺の生息樹木は、先の台風で多くが打撃を受けたが、それでも夜ともなればクリスマスツリーのように美しく天然の光を放つ。ネット上ではロマンチックと話題になっている。

私たちを魅了するエコツーリズムのもう一つは、世界最小の霊長類・メガネザルのターシャだ。4500万年も前から存在したといわれる、今では絶滅危惧種で、体重はわずか113~142グラム。ストレスを感じると自殺をはかるとも言われるほど神経質な小動物だが、夜行性なため昼間はじっとしていて見つけやすい。ターシャをひと目みようと、世界から多くのネイチャーファンが自然保護区を訪れる。昼消費の主役である。

島の大半は大理石で覆われる。古代、海のなかにあったことを物語るのがチョコレート・ヒルだ。円錐形の丘が連なり、乾期のころには茶褐色のチョコ色になることから、その名がつけられた。近ごろ遊歩道が新設整備され、ネイチャーガイドが山野草などを紹介しながら展望台へと導く。トレッキングのあとはバイク・ジップと呼ばれる空中自転車アクティビティが楽しめる。そして、ロボック川でカントリーライフを感じるランチョンクルーズと、すべての観光がエコツアーだけで完結するのである。


▼欧米人の厳しい目にさらされ勝てるエコツアーを

ビーチだけではない山系の魅力発信がキーワード

1268もの丘が連なるチョコレート・ヒルには1日平均1200人もの入山者がある

ボホールは2003年、フィリピンで初の観光経済区に指定された。1990年代後半からダイビング施設やホテルの開発が進み、環境汚染が懸念されてきた島の一つである。それまではビーチリゾートのイメージが強かったが、美しい山河に、手つかずの山系自然を大きく打ち出したことで観光振興に弾みがついた、エコツーリズムの好例といえよう。

ちなみにフィリピンでは観光客に対して、ボラカイ島が環境料を、パラワン諸島エルニドがエコツーリズム開発料を、ボホール州アンダの町では環境使用料を、それぞれ徴収している。対象は外国人だけでなく、フィリピン人観光客にも課税される。

環境の保護・保全と観光の両立はたやすくない。しかしフィリピンをはじめアジアでは、ボホール島のように地域経済に寄与するエコツーリズムが根づきをみせている。アジアにおけるエコツーリズムの発展は、欧米人の厳しい目にさらされたからこそ醸成された歴史もある。またエコツーリズムは、これまでのマスツーリズムによる過度なリゾート開発への反省と警鐘を源にもつ。

日本でもすでにエコツーリズムは深化を遂げているが、そのクオリティや受け入れ整備は地域によってさまざまだ。自然資源の特異性、希少性を保護保全している姿を鮮明に示していかなければ、単なる体験ツアー、物見遊山に終わってしまう可能性がある。