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新たな「世界最長」トンネルが全面開業、スイス「ゴッタルドベーストンネル」に新たな観光商品としての期待

© AlpTransit Gotthard Ltd

2016年12月11日、正式運用が開始したスイスのゴッタルドベーストンネル。中央スイスのエルストフェルトからイタリアとの国境に近いティチーノ州ボディオを結び総距離は57.1km。53.9kmの青函トンネルを抜いて鉄道トンネルとして世界最長となった。工事期間は実に17年。費用総額は120億スイスフラン(約1兆3000億円)。鉄道ファンはもちろん新たな観光商品として期待する関係者も多い。

ゴッタルドベーストンネルが作られたのは中央~南部2500m級のアルプス山岳地域。それまで鉄道、車共にけわしい峠越えを余儀なくされていた部分にほぼ平坦なトンネルを山中に貫通させて完成した。

2010年10月15日、分割して南北から掘り進めていた一部が開通した瞬間。巨大なシールドが印象的だ © AlpTransit Gotthard Ltd

移動時間短縮やエネルギー削減、スイスの経済・貿易促進にも貢献

峠越えであれば所要1時間強。それが時速200kmの客車で17分、100km走行の貨物車でも34分で通過できるようになった。時間の短縮に加え、交通渋滞などの緩和が期待されるなどエネルギー削減に大きく貢献する。

さらにゴッタルドベーストンネルができたことによってスイス国内だけではなく周辺のヨーロッパ諸国との経済・貿易も促進させる。スイスは欧州の中央に位置する。ゴッタルドベーストンネルからさらに南下したイタリアとの国境近くに建設中で2019年開通予定のチェネリベース・トンネルが完成すれば将来的にオランダからドイツ、スイスを抜けてイタリアを縦断する交通ルートが誕生。今年6月のゴッタルドベーストンネル開通式にドイツ・メルケル首相、フランスのオランド大統領、イタリアのレンツィ首相など欧州首脳陣が参列したのもうなずける。

ゴッタルドベーストンネルは11月末までは試験走行を兼ねた「ゴッタルディーノ」と名付けられた特別列車を運行。正式開通となる12月11日以降は緊急時以外止まることのできないトンネル内部の避難用プラットホームに特別に臨時停車。約1時間のトンネルにかかわる歴史、工事プロセスといった展示物を見学できるツアーが用意されまさに「一生に一度」の貴重な体験として世界中の鉄道ファンを喜ばせた。

特別塗装のゴッタルディーノ。2016年11月27日まで特別列車として運行 © AlpTransit Gotthard Ltd

峠越えの旧ルートは観光鉄道として続行

また、旧線となる峠越えの路線は運行を続行。今まで「ウィリアムテルエクスプレス」として親しまれてきたルッツェルン湖でのクルーズと旧線ルートを組み合わせた観光鉄道が来年から「ゴッタルドパノラマエクスプレス」と名称が変わる。

この観光鉄道では1882年に作られた旧ゴッタルドトンネルを通過するほか、数多くのループ、橋など山岳鉄道の醍醐味を満喫することができる。旧ルートと世界最長のゴッタルドベーストンネル。それぞれ片道ずつ体験するのもひとつの楽しみだろう。

旧ルートは、19世紀に難関な工事を行って開通された旧ゴッタルドトンネルをはじめ、峠越え路線にはスイス山岳鉄道の歴史が深く刻みこまれている。旧トンネルの入り口にあたるゲシェネン駅には当時の工事の苦難をプロジェクションした坑道があるほか、悪魔の峠と評されるほど絶壁の山肌を往く風景は感動的だ。

2016年6月から試験走行開始。時速200kで17分、時速100kの貨物で34分で通過する。なお最高250kまで安全に走行できるという © AlpTransit Gotthard Ltd

スイス国民の思いが詰まったストーリーも

最後にスイスらしいエピソードがある。ゴッタルドベーストンネルが国民投票によって決まったことだ。投票での是非の根底にあるのは、「国民のために必要か」「未来のスイスに必要か」という広い視野。そして、トンネル完成まで、プロジェクトに関わった人々のたゆまぬ努力と苦労。そんなスイスらしい背景やストーリーに思いをはせることができるトンネルだ。

トンネル、橋、ダムなど産業施設・建築が観光名所になることは多い。スイスに限らず、日本でも2015年に「明治日本の産業革命遺産」として軍艦島、韮山の反射炉など23の産業施設が世界遺産に登録され、登録後は見学客の数も増えた。今回のゴッタルドベーストンネルもその側面があるといえるだろう。

【動画】PROJECT ALPTRANSIT GOTTHARD(公式サイトより)

トラベルジャーナリスト 寺田直子

協力 在日スイス大使館