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観光産業の最新トレンドを知る「トラベルボイスLIVE」始まる、初回ゲストは「WAmazing」創業の加藤史子氏、資金調達などオフレコ話で盛況に

観光産業ニュース「トラベルボイス」では、今年からオフラインでのイベントとして「トラベルボイスLIVE」を始めました。このイベントは、観光産業をリードする読者の方々を招き、トラベルボイスの視点で業界のトレンドを深掘りするもの。今後、定期的に行っていく予定です。

その初回、実は、初秋にシークレットLIVEとして密かに開催しました。とはいえ、記事化の要望も数多く、今回はそこで語られたゲストスピーカーのプレゼンからトラベルボイス編集長とのセッションまでレポートします。

記念すべき初回のスピーカーは、外国人旅行者に到着空港でSIMカードを配布して集客を行いながら、スマートフォンアプリ上で日本中の観光資源と外国人旅行者のマッチングを行うビジネスモデルで起業したWAmazingワメイジング)代表取締役の加藤史子氏。当日は、開催当時にオフレコだった資金調達からSIM配布の空港数の拡大まで、LIVEイベントならではの盛り上がりをみせました。

※加藤氏は慶応大学環境情報学部SFC卒業後、リクルートに入社。じゃらんnet、ホットペッパーグルメなどの新規事業の立ち上げや、若者の旅行需要拡大を目指した「雪マジ!19」の立ち上げ。2016年には、外国人旅行者向けの無料SIMカードを配布して集客をしながら、アプリ上で旅行者と観光資源のマッチングを実現する「WAmazing」を起業。その新たなビジネスモデルは、スタートアップコンテストで最優秀賞を受賞するなど、各分野で高い評価を受けています。

目指すは「手の中の旅行エージェント」

スピーカーとして登壇した加藤史子代表

加藤氏が、新たな事業で目指すのは「観光産業を基幹産業に育て、地域経済に貢献する」プラットフォーム構想だ。

「WAmazing(ワメイジング)」の最大の特徴は、タビナカ予約を含むスマホアプリでありながら国内空港に到着した訪日外国人旅行者に無料SIMカードを配布すること。今期2017年7月期は約10万枚、来期は60万枚の無料配布を目論む。

そんなビジネスモデルを着想した背景には、どのような考え方があったのか?

旅行業界は、旅行産業の活性化を着地型観光や広域観光圏などの従来とは違う発想で目指している。しかし、加藤氏は「旅行事業を“着地”でやるのはなかなか難しい。お金を払う旅行者に近い“発地”の方がビジネスはうまくいく。いくら地域にDMOができても、インバウンドでも着地型で需要を取り込もうとしたら、外国に住むユーザーにダイレクトに接触できる何か工夫が必要」と話す。

その工夫として着目したのがSIMカード。海外からきた旅行者のスマートフォンは日本では圏外になってしまうが、日本の通信会社が提供するSIMカードに差し替えることで、日本でのネット通信が可能となる。世界にはさまざまなSIMカードを活用したサービスモデルがある。たとえば、ヨーロッパには、移民に特化して母国とのみ格安で通信できるSIMを配布し、仕事や住居の斡旋などをサポートする事業があるという。加藤氏は「課題に感じていたインバウンド市場に応用できないか」と考えた。

インバウンド市場で、課題のひとつとされてきているのが通信、サポートを必要としているのは地域観光。訪日外国人旅行者に無料でSIMを配布することで通信問題を解決し、アプリ上で地域の観光商材と旅行者とをマッチングさせる。その発想から、流通プラットフォームのWAmazingが誕生したという。

空港に設置された無料SIMカード受取端末

今年2月にサービスの提供を開始。現在のところ、香港と台湾からの訪日旅行者向けにSIM15日間通信データ500MBを無料で提供しているが、年明けから中国本土向けのサービス提供も開始予定。入手できるのは空港。成田空港の3つのターミナルから始め、今年9月からは中部国際空港、10月に関西国際空港に設置した後、静岡空港、仙台空港、青森空港、広島空港といった地方空港でもサービス開始をしている。今後、羽田空港を含む国内主要空港や地方空港へ拡大を予定している。

「目指すのは『手の中の旅行エージェント』。個人旅行者(FIT)がタビマエやタビナカの行動をスマホで完了できるようにする」。現在までに、アプリには観光アクティビティなどの検索・予約・購入機能に加えて、じゃらんとの連携で宿泊施設予約機能も付け加えた。

クレジットカードのオーソリティーも完了し、旅行業3種も取得。通信事業、決済事業、旅行事業を網羅するプラットフォームの構築を着々と進めているところだ。

まずはiOSのリリースからサービスを開始した。「中華圏でのiOSのシェアは2割ほどだが、口コミで拡散しており、利用者は増加している」という。8月中旬にはアンドロイド版もリリースしたことから、「今後急速に増えていくのではないか」と期待は大きい。

「無料にはインパクトがある」

イベントでは、加藤氏が創業に至るまでの前職での経験などにも話が及んだ。

実は加藤氏、前職のリクルート時代に、WAmazingの原型となる新規事業案を提案したが、社内コンペで落選している。それでも、引き続き無料通信でインバウンド需要を取り込めないかと考えていたという。

「無料にはインパクトがある」。加藤氏は、ある経済行動学の研究を引き合いに説明した。「無料」の有効性について、心理学と行動経済学の権威、ダン・アリエリーの著作『予想どおりに不合理』で興味深い実験が紹介されている。その実験では、「高級チョコ」と「普通のチョコ」の二種類を販売し、「無料」がどれほどの効果があるのかを試している。まず、高級チョコを15セント、普通のチョコを14セントで販売したところ、高級チョコから売れていく。両方のチョコの値段を1セントずつ下げていっても結果は変わらず高級チョコのほうが売れる。しかし、最後に高級チョコが1セントになり、普通のチョコが無料になったとたん、無料のチョコが圧倒的に人気になる。どちらも等しく、1セントずつ値段を下げたのだから、合理的に考えれば1セントの高級チョコのほうが人気にならなくてはならないはずだ。このように「無料」の威力は強力だ。人間は本能的に、何かを失うことを恐れている。高い安いではなく1円でも失いたくないという心理がある。人間の心理が作用して、合理的には説明できない経済行動をとっている、というものだ。

無料の効用については、リクルートで立ち上げた「マジ部」での経験則も。19歳から22歳の若者にさまざまな体験を「0円」で提供することで、地域の観光・レジャーにおける将来的な需要を創っていくという取り組みだ。

自分の意志と自分のお金で旅行に出かける最初の世代に、フリー(無料で旅行体験を働きかけ、将来的にはプレミアム有料)でリピートしてもらう「フリーミアム」モデルとして、まず19歳限定でスキー場のリフト兼を無料にする「雪マジ!19」を開始したが、その後、Jリーグ観戦無料招待のJマジ!、ゴルフ無料のゴルマジ!、日帰り温泉の入浴料無料のお湯マジ!、船釣りなどが無料の釣りマジ!と、レジャー体験のジャンルも拡大した。

マジ部アプリのダウンロード数は117万2017年5月27日現在)。会員は今年度中には100万人を突破する見込み。当初はリフト券の無料提供に難色を示していたスキー場も多かったが、現在は全国194ヶ所に広がった。

目的は「旅行産業の活性化」と「地域経済への貢献」

WAmazingとマジ部。双方に共通している目的は、地域の旅行産業の活性化、ひいては地域経済への貢献だ。WAmazingでは、訪日外国人旅行者を地域へ誘客し、マジ部では若者を地域へ連れ出す。「日本人による国内旅行市場と外国人によるインバウンド市場の両輪をしっかり取り込むことが観光産業と地域経済には大事」と加藤氏は強調する。

それは、3次産業は基本的にサービス提供者と受益者が集中する都市部が圧倒的に有利だが、こと観光になると別だからだ。

都市部から、あるいは海外から地方部に人が移動するため、地方でも人の集中度が期待できる。観光が伸びると、地産地消などで1次産業も伸び、若者のサービス提供者も生み、さらにマーケットの裾野も広がる。複合産業である観光は「掛け算の産業」と加藤氏は考えている。

WAmazingは9月、新たに総額10億円の資金を調達した。その使い道は、やはり無料SIMカードの配布および人材採用である。無料SIMカードの配布枚数を大幅に増やし、受取機を設置する空港の拡充などに力を入れていく考えだ。

さらには、アプリを通じて手配できる観光商材の拡充、サービス提供対象国の拡大とダイナミックにビジネスを加速していくという。今後のビジネス展開に注目したい。