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今、ゼロベースから考えるインバウンド政策、日本版DMO(観光地域づくり法人)のあり方とは? 米国で実践される事例も聞いた

セントラルフロリダ大学 原忠之准教授

コロナ禍で一気に冷え込んだ、インバウンドビジネス。今は基本に立ち返り、改めて日本における位置付けを考える機会と言える。在日米国大使館商務部と観光庁の共催で2020年8月に開催された日米ホスピタリティ・マネジメント・ウェビナー「日本の観光業界のV字回復・再生に向けて」の基調講演で、セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリティ経営学部の原忠之准教授がゼロベースから考える日本のインバウンド政策と、今後の日本版DMOの方向性について語った。

歴史的に輸出産業として位置付けられてきた日本のインバウンド

まず、原氏は「アメリカでは最初に、組織の目的を明確にする」として、企業の目的が「当期利益の最大化による株主価値の最大化」であるのに対し、中央政府や地方政府の目的は「納税者の生活水準の質の維持・向上」だと述べた。

インバウンド観光の推進はその達成のために行われるもので、原氏は「国内での富の移転である国内観光と外貨により国富が増大するインバウンドは経済効果が決定的に異なる。政府や自治体がインバウンドを振興する真の目的は、外貨収入を得て、その国や地域に住む人たちの生活水準の質の維持または向上を実現するため」と明言した。

「石油など資源がない日本では、明治時代からインバウンドが外貨獲得の手段と見なされてきた」と原氏。そのモデルが崩れたのが、日本が大きく経済成長を遂げ、海外旅行者数が伸び始めた1970年前半で、以来40年に渡りインバウンドは重視されない時代が続いた。2000年代後半から積極的な振興策が行われ、急成長を遂げたインバウンドだが、決して新しい政策ではなく、歴史的に見ると古くから輸出産業の1つとして位置付けられてきた点を指摘した。

2018年の世界主要国の経済成長率を比較すると、世界平均が3.3%、G7の国々の平均2.2%に対して、日本は1.3%にとどまっている。「こうした数字からも国民の生活水準の質を維持・向上させるには、輸出産業を奨励して外貨を稼ぐべきと言える」として原氏は、2018年の輸出額1位の自動車12.1兆円、2位の半導体4.2兆円に対し、2019年の訪日客消費額は4.8兆円と半導体を上回っており、有望な外貨獲得手段であると述べた。

発想の逆転で、世界全体から何%のマーケットを獲得するかを考える

約3200万人が訪れた2019年、1人あたりの訪日客消費額は15万円で、総額4.8兆円となった。消費額が1人30万円に倍増し、8000万人が訪れれば総額24兆円となる。

原氏は、「3000万人・4.8兆円からの積み上げ方式で考えると、8000万人・24兆円の実現は不可能に思えるが、世界の市場から日本が何%獲得するかという逆方向の発想も必要」との考え。国連世界観光機関(UNWTO)は昨年の国際観光客到着数が14億人、2030年には18億人になると推測している。「この数字が20億人に上振れする可能性も大きい。その中で8000万人が占める割合は4%で、そんなに無理な話ではない」と述べた。

ただし、これまでのように東京や京都など一部の観光地に集中するのでは実現は不可能として、「コロナ禍で一旦ゼロになったインバウンド政策を考えるには、どう地方に送客するかが重要」と指摘。国土交通省は、2050年に人口が50%以上減少する地域が全土の63%にのぼると推測しており、原氏は「こうした地域に送客することが、地域経済に寄与することになる」との考えを示した。

また、訪日客消費額の拡大策については、2019年に開催されたラグビーワールドカップの経済効果を参考に挙げた。この時の海外からの観戦客は24万2000人で欧州が54%、オセアニアが22%を占め、平均滞在日数は17日間で消費額は1人あたり68万6000円。訪れた都道府県の平均数は4.8に及んだ。「自宅からの旅行距離が長いほど、滞在期間が長くなるという点を改めて考慮すべき」と述べた。

また、インバウンド対応人材に関して、今後の日本は人口減少により海外の労働力に頼る必要があるが、「日本語は世界人口の1.6%にしか通用せず、海外の日本語学習者300万人は日本の労働市場では、介護や農業などいろいろな分野で取り合うことになる」。先々では、日本語ができる外国人労働者の調達が困難であることから「英語学習者は日本語学習者の500倍に当たる15億人。これを活用するには異文化経営及び英語で業務ができる日本人の人材が要求される」と指摘した。

DMOの財源は住民から得た税金ではなく、訪れる観光客から得る

参加者との質疑応答で、「日本版DMOには自力で稼ぐという点が抜け落ちているように思える。目指すべき方向をどう考えるか」という質問に対し、原氏はフロリダ・オーランドのDMOの事例をあげた。

オーランドのDMOは、年間予算の3分の1を域内にあるテーマパークのチケット販売手数料や法人会員の会費などから自力で調達し、残りの3分の2は宿泊者に課されるホテル税が当てられる。2019年のホテル税の収入は約300億円で、その内の約27%にあたる80億円がDMOの予算に組み込まれ、運転資金となっている。

「一般的に、日本の観光協会の予算は自治体の一般財源から出るので、地元住民が払う税金が原資となるが、オーランドのDMOの財源は訪れた旅行者から得ており、地元住民の負担がゼロ」と説明し、日本と同様のモデルでDMOを運営しているヨーロッパではオーバーツーリズム問題がしばしばクローズアップされる点を紹介。それに対し、アメリカではオーバーツーリズムがあまり問題視されていないとして、「地元住民の税負担の有無が、非常に大きく影響している」と述べた。

ニューヨーク市観光局 マキコ・マツダ・ヒーリー氏このほか、ニューヨーク市のDMOであるニューヨーク市観光局(NYC & Company)のマキコ・マツダ・ヒーリーマネージング・ディレクターからは、市長室や経済開発、中小企業支援など市の広範な部署と密接に連携しながら観光振興を行なっていることを紹介。あわせて、地元の魅力を市民が発見し、SNSなどで発信する#SeeYourCityという取り組みがコロナウイルスの感染流行前から行われていることなどを説明した。