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回復期を見据え、タビナカ企業の買収が活発化、 成功するスタートアップの共通点を分析した【外電】

現地体験&ツアー会社の買収が続いている。旅行市場が逆境下にあるなかでも、この分野への注目度は、予想以上のようだ。

米ホーンブロワー・グループは、ウォーキングツアーを催行するウォークス社のほか、複数の現地体験ブランドを買収。一方、リンドブラッド・エクスペディションズ(Lindblad Expeditions)は、自転車ツアーのデュヴァイン・サイクリング&アドベンチャー(DuVine Cycling & Adventure)の最大株主になった。ゲットユアガイドはガイドツアーズを傘下に収めた。

いずれの買収劇も、規模的には小さいが、象徴的なできごとだと言える。細かく業態が分かれている現地体験&ツアー分野でも、販売手法などビジネスのやり方をアップデートする動きが再び本格化している。

スキフト・リサーチによると、ベンチャーキャピタルによる旅行分野への投資はすっかり冷え込み、2020年は前年比55%減の41億ドル(約4510億円)、過去10年間で最低レベルだ。

パンデミック前夜までの数年間は、旅行関連の中でも、特に現地体験&ツアーは投資先として大人気だった。この分野には10億ドル(1100億円)以上の資金が入り、eコマースやオペレーション用ソフトウェア開発が進んだ。これに比べると、最近のディールは控えめだが、新しいうねりの兆候とも言える。

コロナ危機が落ち着けば、リアルな体験を求める旅行需要は急増し、モバイルからの予約も増えるだろう。とはいえ、しばらく休眠状態にあり、体力が低下しているサプライヤーがこのチャンスを捉えるためには、ある程度の規模と資金力が必要という訳だ。

では、どのようなスタートアップが買収先として選ばれているのだろうか。ウォークスとデュヴァイン・サイクリング&アドベンチャーの2社の事例を見てみよう。

過去のインタビューにおける両社CEOのコメントの類似点は、顧客にフォーカスし、商品を改良していくことがビジネス成長につながるという見方だ。だが言うは易く、行うは難し、だ。

ウォークスの共同創業者、ステファン・オドー氏は「投資家からは、なぜもっとスケールメリットが出せないのか、細分化されたままなのかと聞かれる。だがこの分野では、旅行者一人一人の期待ポイントが本当にバラバラ。応えようとすればするほど、業務がどんどん複雑になる。だが期待に応えられるかが成功のカギ」と指摘する。

パンデミック以前の実績を評価

ウォークスを2021年4月に買収したホーンブロワーは、米アルカトラズ島や自由の女神像までのフェリー・ツアー催行会社として知られるが、同1月のショアトリップス&クルーズ・エクスカ―ジョンズ買収を機に、世界各地で取扱いツアーを拡大する方針を打ち出した。

パンデミック前、ウォークスのビジネスは好調で、欧米など14都市で100種類のツアーを催行、2019年の取扱人数は50万人。こうした実績が、買収先として注目されるきっかけだった。だが2020年2月末、両社がニューヨークで初会合を予定していた週に、米国内では新型コロナウイルス感染による初の死者が出て、結局、実現しなかった。

秋に交渉再開した時、ウォークスの状況はずっと厳しくなっていた。105人ほどいた社員の9割を解雇せざるをえなくなり、待機中のガイド700人についても十分な仕事はない。動画を使ったバーチャルツアーも焼け石に水だった。

ただ、同社ブランドには、これまでに築いてきた消費者からの認知度や信頼があった。平穏な時期であれば、十分に利益が出せる事業ノウハウやプロダクト改革に精通しており、幅広い分野に応用できるテクノロジーもあった。

また、これまで投資マネーに頼って拡大路線に走ることなく、利益を再投資して地道にウォークスを育ててきたため、非現実的なリターン目標がなかったのも幸いだった。

景気変動もしなやかに駆け抜ける自転車ツアー

一方、リンドブラッド・エクスペディションズは2021年3月、デュヴァイン・サイクリング&アドベンチャーの最大株主となった。リンドブラッドは過去数十年間、海での小型船ツアーに特化してきたが、地上でのアドベンチャー・ツアーは、既存ビジネスとの補完関係があり、潜在需要も大きいと考えた。これに前後して、北米の国立公園での体験ツアーを催行しているOff the Beaten Path社も買収している。

リンドブラッドがデュヴァインの自転車ツアーに目をつけたのもパンデミック以前だ。利益はもちろんだが、ハイエンドな顧客層にフォーカスしており、今後の成長が見込める点も魅力だった。

同社のスヴェン・オロフ・リンドブラッドCEOは「自転車ツアーそのものが成長分野。電動自転車を使えば、さらに参加者層も広がる」と話す。パンデミックすらも追い風だ。自粛生活の中で大人のユーザーが増加し、自転車の売上は記録更新の勢いだ。サイクリングツアーへの関心も高く、デュヴァインでは今年4月の予約数が1996年の創業以来、過去最高となった。

同CEOは「特定の分野に深く深くフォーカスして起業する会社が好きだ。なんでも揃えることに、それほどのメリットはない」と話す。

買収後もデュヴァインのブランドは存続する予定だ。両社の顧客ベースは似ているので、クロス・マーケティングができる。社内オペレーションや総務管理では、統合による効率化を図る。ただしデュヴァインの起業家スピリットは大切にしたいという。

デュヴァインのCEO、アンディ・ルヴァイン氏は1996年、米国デンバー大学を卒業した翌日に渡仏。ハイエンドの旅行者向け自転車ツアーを着想した。若い世代にとってのハイエンド、贅沢とは「タイミングの良さやコネクション、アクセス、細部まで行き届いた気遣いがあるかどうか」(同氏)。

しかし異邦人で、仲間もなく一人だった当初、フランスのボルドーや周辺地域で、独立系ワイナリーやホテル、必要な装備のショップとの取引は難航した。ミーティングの約束すら取れず、何度も怒鳴られたり、「ノー」と言われたり。それでもあきらめず、地域文化を勉強し、「用意周到で非常にプロフェッショナル」であることを目指した。コーヒーやワインを飲みながら親しくなると、やがて自宅に招待されるように。「お金の話よりも先に、信頼関係を築くことが必要なのだと学んだ」(同氏)。

フランスに続き、1999年にはイタリアにも進出。ビジネスの成長スピードも加速した。

有言実行

2社から学べることは、収益性は無視できないということだ。どちらのケースでも、パンデミック前まで利益を出していたことが評価された。今回のような危機にも、キャッシュがすぐ手に入るビジネスモデルは重要だ。当たり前だと思うかもしれないが、起業後、現金を手にするまで時間がかかるパターンは少なくない。

ウォークス誕生のきっかけは2010年。ローマのサン・ピエトロ広場で、オドー氏が共同創業者のジェイソン・スピラー氏と出会い、マスマーケット向けのツアーとは一線を画し、他とは違うもの、クオリティの高い内容を目指すことで意気投合した。「あの頃、ローマの市内観光といえば、一人のガイドが60人ぐらいを連れてウィキペディアみたいな解説をしていた」とオドー氏。

唯一、他とは違うウォーキングツアーが2003年創業のコンテキスト・ツアーズ(Context Tours)で、参加者数は6人まで。ガイドは専門知識が豊富で、大学院で芸術史を勉強している研究生が博物館を案内したり、シェフが食材市場を案内していた。

ウォークスもこうしたプレミアムな価値の提供を目指したが、ターゲット顧客層は、ハイエンドのニッチ層と格安ツアーの中間あたりを狙った。グループ人数は平均12人ほどに抑え、質を確保したが、同時に堅苦しくないこと、手ごろな価格帯であることも重視した。

マーケティングでは、他社との差別化のため、当時のウォーキングツアーとしては珍しく、すでに洗練されたウェブサイトを整えていた。一方でグーグルの有料広告など、デジタルマーケティングでの顧客獲得はコスト負担が大きくなりがちだった。「旅行の需要は、時々しか発生しないので、このビジネスはロイヤリティとリピート獲得が重要になる」(オドー氏)。

コンテンツマーケティングには多くの資金を投じ、早い段階からソーシャルメディアやブログを活用。ブランド認知度と信頼向上のためにインフルエンサーも頼った。いわゆるグロースハッキングを実践していた。

とはいえ、こうしたマーケティングが効力を発揮するのは、そのブランドに他とは違うストーリーがある場合だけだ。商品自体の魅力を極めることは不可欠なので、消費者のニーズを常にチェックしながら、内容を改良していった。

どこにフォーカスするのが正解か

ルヴァイン氏は、事業売却を考えていなかったが、「売る気がない事業ほど、買い手が現れる、という言葉通りだ」と話す。

自転車ツアー事業の成功には、多くのことが必要だ。まずスタッフの人選やトレーニングは不可欠だ。参加者の満足度が上がるよう、例えば自転車スキルが同じぐらいの人たちでグループを構成する配慮。常に目新しさをキープするには、大人気の定番ツアーだけでなく、新しいニッチ市場向けツアーの集客も必要だ。サプライチェーンを見直し、日数もルートも違う、複数のツアーに対応できる仕入れ方も工夫する。

結局、すべての顧客に満足してもらうには、ある程度の事業規模が必要になってくる。大手グループに加わることで、「これまでより一つ上のレベルで戦えるようになる。燃料の補給だ」(同氏)。ウォークス同様、デュヴァインも社外からの投資マネーは一切、入っていなかったため、買収価格はリーズナブルだった。「初めの頃、家賃を一カ月分、父親に払ってもらったぐらいかな」(ルヴァイン氏)。

ビジネス成功の呪文とは

ウォークスが常に追求してきたことは2つ。顧客のフィードバックから学ぶこと、新商品開発では、ブランドへの興味を刺激するために何が必要かを意識すること。ただ商品数を増やすのは、マーケティング的にはかえって相手を混乱させると指摘する。

例えば、2017年に商品化した割引パス「ウォークオン、ウォークオフ」では、旅行プランを作るのが面倒な人を想定した。パスを購入したゲストは、現地滞在中に催行されるツアーなら、どれでも好きなだけ参加できる。当日、パスについているQRコードをガイドに見せてスキャンするだけでOKだ。

また、旅行から戻った後、お土産話になる体験を、という声にも着目。ルーブル美術館やベネチアのサンマルコ寺院で閉館後のナイトツアーを企画したり、ディズニーと交渉してブロードウェイのニューアムステルダム劇場のバックステージ・ツアーを実現してきた。

最後にもう一つ、オドー氏が挙げるのが効率性だ。これはテクノロジーへの投資が必要で、同社の場合、約500万ドル(約5.5億円)を捻出し、ソフトウェア開発した。チケット発券、ガイドのスケジュール管理、顧客フィードバックを活用したガイドの質チェックなどを行っている。

投資のプロフェッショナルの意見によると、パンデミックはまだ最悪期を脱した訳ではなく、今後、ウォークスやデュヴァインとは違い、ビジネス継続を断念するところも出てくるだろう。国や自治体による支援策の規模によっても状況は変わってくる。

一方、回復しているマーケットでも、スタートアップの悩みは尽きない。「ソファから起き上がって、いきなりツールドフランスの自転車レースに参戦するようなもの。どの会社も、優秀な人材を呼び戻すのに必死だが、かつてのペースで対応できるようになるまで、多少の時間は必要だ」とルヴァイン氏は話した。

※ドル円換算は1ドル109円でトラベルボイス編集部が算出

※この記事は、米・観光専門ニュースメディア「スキフト(skift)」から届いた英文記事を、同社との提携に基づいてトラベルボイス編集部が日本語翻訳・編集したものです。英語記事が公開された2021年5月17日時点に基づいた内容となります。

オリジナル記事:How to Sell a Tours and Travel Experiences Company During a Pandemic

著者:Sean O'Neill氏