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新たな時代の修学旅行のナカミとは? SDGsを支える教育の新概念から、具体的な体験プログラムまで識者の議論を取材した

コロナ禍により中止や延期が相次いだ修学旅行。最近は実施を再開する学校が増え、現地を訪れ体験から学ぶ教育旅行の意義が改めて見直されている。日本観光振興協会は「ツーリズムEXPOジャパン2022」のなかで、「持続可能な観光推進シンポジウム」を開催。今後の教育旅行に求められる議論から、SDGsへの対応、具体的なプログラム作成といった課題が浮き彫りになった。

気候変動への危機意識が世界一低い日本

日本観光振興協会理事長の久保田穣氏はシンポジウム冒頭、「緊急事態宣言を受け、多くの修学旅行が中止や延期となったが、新型コロナの感染状況が収束に向かうとともに再開への努力を目の当たりにした」と挨拶。「改めて教育旅行のコンテンツが見直されるなか、SDGs的な観点を盛り込むことが重要」と述べた。

日本観光振興協会理事長の久保田穣氏

「持続可能な観光に向けた取組と教育旅行への活用」と題した基調講演をおこなったのは、東洋大学国際観光学部教授の古屋秀樹氏だ。古屋氏は「社会や生活と自己の関わりから、自分で課題を見出して解決策を考えることが、教育旅行に課せられた使命。その意味でSDGsや持続可能性は非常に親和性のあるテーマ」と指摘し、「SDGs17目標と、訪れた地域や自分の行動の関係を考えることは非常に重要」と語った。

古屋氏は海外での持続可能な取り組みの一例として、2021年7月に成立したフランスの「気候変動対策・レジリエンス強化法」にふれた。2030年までに1990年比40%以上の温室効果ガス排出削減を法制化したもので、「夜行列車の復活やスーパーローコスト長距離列車の導入など、スピードや時間より環境配慮が優先され、国が掲げた環境目標に対応して国家予算の全影響のリスト化が行われている」など、気候変動をはじめとした環境配慮の取り組みが国家レベルでおこなわれていることを示した。

フランスをはじめ、世界各国が気候変動への危機感を強める一方で、日本の対応の認識不足が目立っている。古屋氏はアメリカのPEWリサーチセンターによる「気候変動に関する国際意識調査」を紹介。「生きている間に、気候変動による悪影響を受けるか心配かどうか」に対する回答を2015年と2021年で比較したところ、大半の国で「とても心配」とする回答率が増加したのに対し、日本だけは34%から26%と8ポイント減少する結果となったという。

東洋大学国際観光学部教授の古屋秀樹氏

また、「気候変動の影響を減らすため、 生活上何らかの変化を起こそうと考えているか」 という問いに対しても、「かなりの変化を起こしたい」「何らかの変化を起こしたい」とする回答率は、調査対象国の中で日本が最下位だった。 

古屋氏はこれらの結果に強い懸念を示す。「だからこそ SDGsに関する教育が必要で、教育旅行はこれらのテーマを考える第一歩になる」と強調。「地球環境が不可逆的な状況に近づく中、将来のビジョンから現在何をすべきかを考える『バックキャスティング』が教育旅行に組み込まれることが望ましい」と指摘した。

SDGsを支える教育概念ESDとは?

続いて行われた基調発表では「今後の教育旅行の方向性とSDGsについて」と題し、日本修学旅行協会常務理事・事務局長の高野満博氏が教育旅行全般の情報を提供した。高野氏はコロナ禍による修学旅行への影響について「2020年は半分以上の学校が中止し、ほとんどが計画通り実施できなかったが、昨年の後半から学校の意識が変わり、今年度は中止せずに春から計画通り実施したところが多い」との状況改善を報告した。

ただ、コロナ禍の2020年から2022年は、10年に1度行われる小・中・高の学習指導要領改定のタイミングだった。「改定の基本方針は唯一の正解が存在しない課題を考える『探求学習』が重視され、教育旅行にもそうした要素が求められる」(高野氏)。

SDGsは全国の小・中・高を対象とした2021年度調査で、注目される学習テーマの2位にランクインしているが、高野氏は「SDGsの17目標は戦争や核兵器の廃絶、宇宙開発の振興に伴って増加が想定される宇宙ごみの問題などにはふれていない。あくまでも2030年までの中間目標で、今後はさらなる新しい目標が出てくることがあり得る」とも指摘。

その上で、SDGsを支える教育の概念として、「ESD(Education for Sustainable Development)」についても紹介した。ESDは「持続可能な開発のための教育」と訳され、持続可能な社会を実現するために必要な資質・能力を培うための教育を意味する。「日本が提唱して国連で認められた考え方で、2019年の国連総会決議では『教育がSDGs 全てのゴールを達成するための鍵である』と述べられている」(高野氏)。

こうした背景から、文部科学省もESDを重視しており、高野氏は「ESD は SDGs 全てのゴールを下支えする存在。中間目標である SDGs が2030年にゴールを迎えて新たな目標が設定された後も、引き続き重視されるだろう」と述べた。

日本修学旅行協会常務理事・事務局長の高野満博氏

楽しみながらバランスよく学べることが重要

また、具体的な事例発表として教育旅行を受け入れる「受入着地側」、教育旅行を送り出す「送客発地側」の各代表2名も登壇。まず、着地側として福井県観光連盟専務理事の坪田昭夫氏が、海や森林、伝統工芸などの地域素材を生かした福井県の「教育旅行でSDGsを学ぶ体験プログラム」を紹介した。たとえば、プログラムの1つである「若狭 de海ごみ」は、海の漂着ごみを回収して種類ごとに分別調査し、ごみ減量の取り組みについて自分たちで考えるという内容だ。最終的に県内の事業者が集めたごみをアクセサリーなどに加工して生まれ変わらせる。学校への支援策としては、事前・事後学習を含めた探究学習用のワークシートを用意している。

福井県観光連盟専務理事の坪田昭夫氏

一方で、発地側として登壇した近畿日本ツーリスト(KNT)豊橋営業所チームリーダーの中島ゆか氏も、同社が独自開発した教育旅行プログラム「Think the Blue Planet」について紹介。同プログラムは、音楽家の坂本龍一氏が代表を務める森林保全団体more trees提供の森林由来のカーボンクレジットを活用し、旅行行程での交通手段・宿泊・体験から「温室効果ガス排出分」をオフセット(CO2排出打ち消し)するというものだ。

中島氏は「ビンゴを活用し、ゲーム感覚で楽しみながらカーボンニュートラルの考え方を学ぶことができる」と紹介し、実施効果として「SDGsについて自分ができることを始めるきっかけとなり、旅行後も探究学習の過程が繰り返されること」と述べた。

近畿日本ツーリスト(KNT)豊橋営業所チームリーダーの中島ゆか氏

シンポジウムでは、古屋氏が進行役を務め、登壇者によるクロストークもおこなわれた。KNTの中川氏は「カーボンオフセットの取り組みは、『おもてなし』に代表される日本の手厚いサービスとは逆行し、単にサービスの省略と受け取られる可能性がある。業界全体で、消費者への理解促進への取り組みが必要」との見解。着地側の坪井氏は、「探究学習の支援策として生徒の事前学習に役立つよう、我々のホームページ情報を充実させることも大切だろう。学習の『タネ』をたくさん仕込んで、生徒たちのアウトプットを手伝いたい」と力を込めた。

最後に高野氏が、「修学旅行が全て学びだけでは疲れるので緩急をつけることが必要。食べたり体験したり、楽しみながらバランスよく学べることが大事。またポイントごとの学びではなく、旅の数日間を通した全体で大きなストーリーでの学びがあると望ましい」とコメント。コロナ禍による教育旅行の変質を踏まえたカーボンスタディツアーや地球温暖化問題など、地域の具体的な事例に多くの参加者が耳を傾けた。