国学院大学観光まちづくり学部の井門です。
2025年を振り返ると、今年も「国内旅行者数」は減少を続ける一方で、「インバウンドの回復」と「客単価の上昇」によって観光消費額を伸ばした一年であったと言えます。とりわけ宿泊業におけるレベニューマネジメントは、都市部を中心に一定の成果を上げましたが、「価格が高くて泊まれない」という声を多く生んだことは、今後への不安材料でもあります。
名目賃金は上昇しているものの、物価高の影響で実質賃金は低下しています。この傾向が続けば、国内旅行は今後も停滞し、観光産業はより一層インバウンド(すなわち他国の経済成長)への依存を強めることになります。実質賃金指数の低下は、翌年以降の国内旅行者数に影響を及ぼすことが既往研究などからもわかっています。その結果、鉄道・航空・海運などの交通インフラも値上げを余儀なくされ、旅行者数のさらなる減少を招くという悪循環に陥るおそれを抱えたまま、新年を迎えることになりそうです。
人口ピラミッドの逆転と無対策
人口減少がしばしば問題視されますが、これは経済成長の過程で、女性教育の進展、都市化、工業経済から情報経済への転換などが進んだ結果として生じたものであり、世界共通の潮流とも言えます。
しかし、日本固有の深刻な課題として見過ごされがちなのが、移民制度の限定性や結婚制度が大きく変わらないまま未婚者数が高止まりし、人口ピラミッドがこの70年間で正三角形から完全な逆三角形へと転換している点です。海外では樽型が主流ですが、これほど明確な逆三角形は、世界的にも稀な事例です。
それにもかかわらず、多くの分野では依然として正三角形人口を前提とした制度や仕組みが維持されたままです。特に地方や労働集約型産業においては、「人手不足」が構造的な危機に直結しています。
2024年の出生数は68万人でした。1949年の269万人と比べると、現在の1歳児は76歳人口より201万人少なく、団塊世代の約25%に過ぎません。68万人という数字は、日本の大学・短期大学の入学定員とほぼ同数です。
人材は、生産性の低い産業や地域から、より生産性の高い産業・地域へと移動します。そう考えれば、人手不足は必然であり、場当たり的ではない本質的な対応が求められます。
私は大学生に対しても、「売り手市場」という言葉に警鐘を鳴らしています。今後は新卒一括採用から中途採用へと、人材確保の軸が移っていくからです。なぜなら、逆三角形化が進む限り、新卒の人数は減り続ける一方で、中途採用のほうが採用可能な人材プールが大きく、経験も豊富で、かつ教育コストがかからないためです。この流れの中で、社会人基礎力を十分に身につけられないまま卒業した学生が就職できず、大学の就職率そのものが低下する事態も想定しておく必要があります。これも、逆三角形人口ピラミッドを前提にすれば理解しやすい現象です。
労働人口の減少は人件費を押し上げ、コストプッシュ型インフレを招いています。このままでは需要の縮小により、特に地方では事業撤退が相次ぐ可能性が高く、新たな需要創出が喫緊の課題となっています。
日本の人口の推移(出典:PopulationPyramid.net)
フォースプレイス「第四の空間」の人々を旅に向かわせる
社会学者レイ・オルデンバーグは、自宅(ファーストプレイス)でも職場・学校(セカンドプレイス)でもない、人々が緩やかにつながる居場所を「サードプレイス(第三の居場所)」と定義しました。サードプレイスは、上下関係のない水平な人間関係の中で、新たな価値や変革が生まれる場でもあるとされています。コワーキングスペースなどは、その代表例でしょう。
一方、従来のマスツーリズムは、ファーストプレイスやセカンドプレイスが「場所を移しただけ」の旅でした。家族旅行や職場・学校の仲間との旅行は、まさにその典型です。しかし、こうした旅は減少を続けています。では、サードプレイスを目的とした旅は増えているでしょうか。
社会学者の宮台真司氏は、家族や職場・学校からも距離を置き、サードプレイスにも関与しない、脱力して存在できる街の空間を「第四の空間」と呼びました。都市工学研究者の吉江俊氏も、コロナ禍において街角や公園などにこうした「フォースプレイス」が生まれていることを観察し、著書「〈迂回する経済〉の都市論」で指摘しています。
コロナ禍では「マイクロツーリズム」が提唱されましたが、現在はさらに進み、宿泊を伴わず、近場で脱力して過ごす活動(推し活、恋活、ヲタ活など)で満足する「フォースプレイス化」が進んでいるように感じられます。
時間や手間をかけ、計画を立てて出かける旅行は、すでに時代遅れになりつつあるのではないでしょうか。このままでは、国内旅行需要が減少し続けるのも無理はありません。
地域に出て働くことから、「脱・新卒」のすすめ
そこで、今年から、ある実験的な取り組みを始めました。大学・大学院の最終学年の学生を地域おこし協力隊として地方自治体に派遣し、指導は原則オンラインでおこなうという方法です。
今年は、その活躍が評価され、離島で活動した大学院生が、新卒で大手旅行会社への就職が決まりました。来年は、3年間を目安に奄美大島へ派遣する予定です。復帰時は、中途採用(第二新卒)という位置づけになりますが、新卒で企業に入社するよりも、はるかに多様な経験を積むことになります。場合によっては、現地就職や起業という選択肢も考えられます。
また、M&Aで取得した旅館を一軒任せるという試みも考えています。大学4年生の彼は、現場でマネジメントを学びつつ、オンラインで大学教員や同級生から助言を受けることができます。その経験を卒業研究として学業成果に結びつけることも可能です。仮に、うまくいかなければ、戻る選択肢は残されています。努力を重ねて、将来その宿を買収するMBO(マネジメントバイアウト)も夢ではありません。
彼らが構想する宿は、フォースプレイスを漂う人々を一人旅の宿泊者として受け入れ、利益率の高い素泊まりを基本とするものです。周辺の飲食業と連携しながら、力を抜いて滞在できる場をつくることを考えています。田植えの時期には農作業を手伝い、夏には宿の運営を補助してもらうこともできるでしょう。飲食店が遠ければ配達を行い、客とスタッフの境界が曖昧な関わり方の中から、小さな需要が生まれていきます。
これらがすぐに大きな市場になるとは考えていません。しかし、新しい需要を生み出す力を身につけた人材が、中途採用で社会に出ていく仕組みをつくらなければ、何も変わりません。これは人手不足に対応するための、従来とは異なる人材育成への挑戦です。
諸先生方が指摘されている通り、地方創生は産官学の連携なしには成立しません。過去の需要は確実に縮小しています。街のフォースプレイスを漂う人々を、いかに「旅」へと向かわせるか。そのためには、逆三角形人口を前提に、新卒一括・終身雇用ではなく、転職や起業を前提とした自由度の高い働き方を支える人材を育成し、労働生産性を高めていく仕組みが求められていると考えています。
井門隆夫(いかど たかお)
国学院大学観光まちづくり学部教授。旅行業、シンクタンクで25年勤務し、関西国際大学、高崎経済大学を経て2022年から現職。専門分野は宿泊産業論、観光マーケティング。文教大学や立教大学を含め、20期以上のゼミ生を各地でのインターンシップや国内外でのフィールドワークで育成。観光を通じて社会変革をもたらすことが目標。