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2026年にホテルは何を再設計すべきか? 旅の起点が「場所」から「理由」に回帰する時代を考察【コラム】

2026年、今年のホテル・旅行のトレンドはどうなるのでしょうか。今回のコラムでは、ヒルトンの最新トレンドレポートを手がかりに「旅の目的が変わる時代に、ホテルは何を再設計すべきか」を読み解きます。

コロナ禍以降、世界の旅行需要は「量」から「質」へと軸を移し、旅行者が求めるのは単なる宿泊体験ではなく、「どのように」「なぜ」旅をするのかという“目的”そのものになってきました。

世界の大手ホテルチェーンが発表する最新のトレンドレポートを眺めると、共通するキーワードとして「ウェルビーイング」「多世代」「つながり」「静けさ」「自己回復」といった概念が浮かび上がります。

こうした流れを象徴するのが、ヒルトンが2025年秋に発表した「Hilton 2026年トレンドレポート:The Whycation(ワイケーション)」です。このレポートは、世界14カ国・1万4000人の旅行者調査をもとに、来るべき「意図ある旅(intentional travel)」の時代を予見しています。

タイトルにある“Whycation”とは、「どこへ行くか」ではなく「なぜ行くのか」から始まる旅。つまり、旅の起点が“場所”から“理由”へと変わるという発想です。

「なぜ旅をするのか」から始まる新しい体験

ヒルトンによれば、2026年の旅行者は「休息したい」「再びつながりたい」「意味ある体験を得たい」という感情的なモチベーションに基づいて旅を選ぶようになるといいます。特徴的なのは、静寂を求める「ホッシュピタリティ(Hoshhhpitality)」の潮流。都市の喧騒を離れ、音の少ない環境で心を整える旅が注目されているのです。

また、レポートでは「家の快適さを持ち運ぶ」傾向も指摘されました。旅行者は日常のリズムを維持しながら滞在することを好み、ペットや植物など“家の一部”を旅に取り込もうとしています。ヒルトンはこれを「Home Comforts are the New Carry-On(家の快適さが新しい手荷物)」と表現していますが、これは長期滞在型ホテルやレジデンスタイプ施設の需要増加にもつながる視点です。自炊可能なキッチン付き客室、パーソナル空間を確保できるワークエリアなどが、今後の標準装備となる可能性があります。

さらに、家族旅行の形の変化にも注目しています。特に顕著なのが、祖父母と孫が一緒に旅をする「スキップ・ジェネレーション(Skip-Gen)」旅行の拡大です。世界全体では30%前後の家族がこの形態の旅行を経験しており、ヒルトンは「旅は、もはや世代をまたぐ“文化の継承”の場となっている」と分析します。旅行を通じて家族の物語を紡ぎ、伝統や価値観を共有する、「Inheritourism(旅の継承)」の時代といえるでしょう。

日本においても、祖父母・親・子どもがそろう3世代旅行は広く定着しています。ただし、Skip-Gen旅行は親世代を介さず、祖父母と孫が直接時間を共有する点で、日本型の3世代旅行とは性格を異にします。ヒルトンが示す「Inheritourism(旅の継承)」は、こうした世代間の直接的な関係性を通じて、価値観や物語を次世代へ伝える旅のあり方を指していると考えられます。

世界の旅行市場の構造変化とホテル戦略

旅行市場全体も、新しい段階に入ります。UNツーリズム(国連世界観光機関)の見通しでは、2026年に国際旅行者数は2025年比で3〜5%増加し、2019年の水準を完全に回復すると予測されています。

また、こうした旅行需要の回復を背景に、観光産業の側にも構造的な変化が生じています。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、「観光産業の雇用は史上最高水準に達しつつある」と報告しており、旅行の“平常化”とともに、サービスの質や人材の専門性がこれまで以上に問われる局面に入ったと指摘しています(WTTC 2025年度報告書による)。

ホテル業界では、世界大手各社が「ロイヤリティプログラム」「サブスクリプション」「デジタル統合」を軸にした競争を強化しています。たとえば、アコーが発表した新プログラム「ALL Accor+」は、4種類のサブスクリプションで会員ニーズに対応し、世界30ブランド以上、4500軒を横断的に利用できる仕組みです。

こうした戦略は、短期の値引きではなく、「滞在の質」と「顧客ロイヤリティ」を長期的に高める方向を示しています。この動きは、ヒルトンやマリオットなど他のグローバルチェーンにも共通するもので、“宿泊=会員体験の一部”という発想が、今後さらに定着していくでしょう。

2026年の旅とは?

ヒルトンのトレンドレポートで最も印象的なのは、旅が「目的地」から「目的」へと回帰しているという点です。

人々はかつての“観光”から、“意味ある移動”へとシフトしようとしています。報告書のなかでCEOのクリス・ナセッタ氏は、「いま最も重要なのは、旅の“感情的価値”である」と述べています。74%の旅行者が「信頼できるブランドで予約することが重要」と回答しており、安心感・一貫性・共感が旅行選択の中心になっているのです。

この文脈で注目すべきは、旅行の“癒し”や“静けさ”を求めるニーズが高まっていることです。かつて旅は非日常を求めるものでしたが、いまや“心身の回復”という非常に日常的な目的が主軸になりつつあります。

ウェルネス滞在やリトリート、スパリゾートの需要は世界的に拡大しており、ヒルトンはその象徴として「静寂をデザインするホテル」の重要性を挙げています。これは単なる“高級志向”ではなく、「自分のペースを取り戻す場所」としてのホテルの価値が再定義されているということです。

こうした変化は、決して世界だけの話ではありません。日本の宿泊市場でもその傾向はみられ始めています。

日本でも「祖父母との旅」が広がる

また、ヒルトンは「旅の再定義は世代間にも及ぶ」として、家族旅行におけるスキップ・ジェネレーション現象を詳しく分析しました。特に日本では、この動きが静かに広がり始めているといいます。祖父母と孫がともに旅をし、親世代は仕事などで同行しないケースが増えているのです。

ヒルトンの日本市場向け調査では、37%の日本人旅行者が「すでにスキップ・ジェン旅行をした、または予定がある」と回答し、71%が“家族旅行は高齢者の健康や幸福感を高める”と答えました。

動機のトップは「祖父母と孫の特別な思い出をつくること」(43%)。家族の絆を再確認する旅は、単なる観光ではなく“心のリハビリテーション”としての意味を帯びています。

ヒルトンは、日本を「多世代旅行の可能性が最も高い成熟市場の一つ」と位置づけています。家族の中での世代交流が文化的に重視される一方で、少子高齢化が進む日本では、祖父母と孫が直接ふれあう場としての旅行の意義が増しています。

ホテル経営者にとって、これは新たな顧客層の拡張を意味します。スキップ・ジェン旅行では、予約の決定権を持つのが祖父母である場合が多く、シニア世代にとって利用しやすいバリアフリー設備、やわらかい食事メニュー、静かな休息スペースなどの整備が差別化要因になります。

また、孫世代にとっての魅力を補完するために、キッズプログラムや地域体験型アクティビティの導入も効果的です。これらを「共創体験」として統合すれば、日本の温泉地やリゾートホテルにも新しいポジショニングが見えてくるでしょう。

さらに、ヒルトンの調査が示すように、「質の高い時間(Quality Time)」は「リラックス(Downtime)」を上回る最重要テーマになっています。

日本の宿泊施設も、単に“休む場所”ではなく、“家族が時間を共有する場所”へと進化することが求められます。ファミリースイート、コネクティングルーム、キッズ向けの食体験イベントなど、「家族単位での滞在価値」を設計することが不可欠です。もちろん、すでにこうした取り組みは日本のホテル業界で広く行われているはずです。

旅の「再定義」は、ホテルの「再設計」へ

2026年のホテル市場を展望すると、「旅の再定義」は「ホテルの再設計」へとつながっていくことがわかります。ヒルトンが掲げる“Whycation”という概念は、旅行を“消費”から“共創”へと変える思想です。旅行者は「どこに行くか」ではなく、「誰と、どんな気持ちで旅をしたか」を重視し、ホテルはその物語の舞台装置としての役割を担うようになります。

静寂をデザインするリゾート、心地よい日常を再現する長期滞在型ホテル、そして世代を超えて思い出を共有できるファミリーステイ。それらはすべて、“なぜ旅をするのか”という問いへのホテル側の回答でもあります。

2026年以降、ホテル産業は単なるインフラではなく、「感情を支える空間」としての進化を迫られる時代に入るでしょう。

山川清弘(やまかわ きよひろ)

山川清弘(やまかわ きよひろ)

東洋経済新報社編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業。東洋経済で記者としてエンタテインメント、放送、銀行、旅行・ホテルなどを担当。「会社四季報」副編集長などを経て、現在は「会社四季報オンライン」編集部。著書に「1泊10万円でも泊まりたい ラグジュアリーホテル 至高の非日常」(東洋経済)、「ホテル御三家」(幻冬舎新書)など。