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観光は「不安の時代」にどう応えるか? 若者の安定志向、「不安の最小化」というニーズが生まれる背景を考察【コラム】

こんにちは、国学院大学観光まちづくり学部の井門(いかど)です。

冒頭の写真は、エジプトの砂漠に張られたテントで、卒業旅行で訪れた女子学生2人がテントで寝る前に、中東伝統のベドウィン・ティーをごちそうになっている時のものです。

そう聞くと、ご家族は、驚かれるかもしれません。

はい、大丈夫です。安全性は確保されています。カイロ発の砂漠1泊ツアーは世界的に人気で、多数のツアーが催行され、日本のインフルエンサーもInstagramで発信しています。ここに写っていませんが、テントには2人のほか、海外のツアー参加者も招かれています。

このツアーに参加するためにエジプト旅行を企画した女子は、学生時代に2回もインド一人旅を経験し、ゼミではカンボジア先住民の村でのホームステイも経験しています。現地発着ツアーへの参加など、お手のものです。観光まちづくりを学んでいるせいもあるかもしれませんが、旅に対するハードルは低く、多くの学生が世界中を旅しています。

ただ、旅慣れた彼女たちですが「不安」は少なくないと言います。それは、旅に対してではなく、日常の社会に対する不安です。第一に、社会でやっていけるのかという不安です。統計によると、この傾向は日本だけではなく欧米でも同様のようです。なぜ若い世代の不安が増しているのか。不安の要因を考えたいと思います。

ヨーロッパ卒業旅行に向かったのは?

中堅旅行会社がInstagramユーザーの大学生など約1500名の若者に実施したアンケートによると、2026年の卒業旅行シーズンに向け、ヨーロッパ渡航予約が2025年比約2.4倍に急増したそうです。

イラン情勢の悪化による影響も懸念されましたが、アルバイトなど自力で資金を貯め、より単価の高い旅を求める渡航意欲の高さは、心強く感じられました。

一方、卒業旅行をしなくなった学生が増え、卒業旅行に行かない学生が過半数に達したという調査結果もあります。また、大手旅行会社エイチ・アイ・エスの海外旅行予約状況では、卒業旅行の人気訪問先は、ソウル、台北、バンコクとアジアが64%のシェアを占め、ヨーロッパは16%にとどまっています。

この差は何なのかを考えていくと、調査サンプルの違いがあると考えられます。おそらく、全般的には旅行をしない若者が増えている中で、大手旅行会社を利用する層は近場志向が強く、Instagramで旅を探すSNSコア層はヨーロッパ志向へとシフトしているという仮説が立てられます。実際に、旅行会社のInstagramでは、まさに学生が赴いているフランス、ギリシャ、トルコ、エジプトなどの投稿が満載です。

ヨーロッパを選んだのは「今しか行けないから」

InstagramやReelsをはじめとして、TikTokやNetflixなどスマホだけで旅先をみつけていく彼らの視線の先には、日常的にインフルエンサーの発信や恋愛リアリティショーなどのコンテンツがあり、一定の影響を受けていると考えられます。

とりわけショート動画では、美しい風景だけではなく、行くべき街の路地裏で食べるべき料理や雑貨まで特定されストーリーとして映し出されます。「失敗したくない世代」にとって、スマホは旅先で再確認すべきコンテンツを映し出す教科書そのものです。

卒業旅行から帰って来た彼らは、カッパドキアの気球に乗れたかどうかや、ヨーロッパリーグで観戦したサッカースタジアムの迫力などについて、楽しそうに語っていました。

そして、彼らに共通するヨーロッパを選択した最大の理由は、「アジアと違い、長い日数が必要なヨーロッパは、社会に出てからは休みが取りづらく、行けるかどうかわからない」というものです。社会で働くということは、結婚や家族も犠牲にしなくてはならないほど忙しく、逃げられないものだという感覚がものすごく強いからです。

安定が欲しい若者たち

しかし、社会では実際の労働時間が減少し、有給休暇の取得環境も改善されています。それにもかかわらず、なぜそのように感じるのかを考えると、マイナビ「2025年卒大学生就職意識調査」にその傾向が表れています。

「企業選択のポイント」に関して、2015年卒を境に「安定している会社」が急増しました。そして、2020年卒からは、それまで最多だった「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」を逆転して「安定している会社」が最多となりました。2025年卒では50%に達し、次に多い「やりたい仕事(職種)ができる会社」の29%を大きく引き離しています。

新入社員への調査に関しても同様の傾向がみられます。ラーニングイノベーション総合研究所によると「仕事を通じて成し遂げたいこと」は、「自分を成長させたい」が減少、最多となったのは「安定した生活を送りたい」。つまり、職業観が、社会軸ではなく、自分軸になってしまっているのです。

「不安の時代」に観光産業は何を考えるべきか

このことは、アメリカの社会心理学者であるジョナサン・ハイトが著書「不安の世代」で明らかにしたように、スマホ・SNS利用の常態化による現実社会での経験が乏しくなっていることが大きな要因の一つと考えられます。

現実の社会を知らず、失敗を回避する人生を生きている限り、安定を求め、現実社会に対する不安は増すばかりです。アメリカの事例ですが、「高レベルの不安を感じた」成人の比率は18~25歳が最多で急増していますが、他の年代も伸びています。この点は日本の近未来を暗示しているようです。

若い世代を批判することは生産的ではありません。今後、こうした傾向はますます顕著になり、全年代に広がり、日常の不安の増加があたりまえになる可能性があるためです。

スマホは単なるデバイスであり、「使うな」と言うのは非現実的です。私たちは、現実社会の経験や失敗から遠のく時代を生きているのです。

こうした時代において、観光が果たす役割は何か。満足の最大化から、不安の最小化がニーズとなる時代に、どのような需要が生まれるのかを考えていくことが、新しい観光を考える上でのマーケティングのテーマになっていくと考えられます。

さらに、この「不安」の時代に観光産業がまず考えるべきことは、旅行需要の喚起に加えて、働き手の確保です。「安定」が重視されるなかで、生産性の低い業界・業種は選ばれなくなります。こうした時代にいかに優秀な人材を確保し、育てていくかが問われています。

第5次観光立国推進基本計画でも示されている、「働いてよし」の観光産業の実現を導くためには、生産性向上に加えてどのような取り組みが必要なのか。次回、考えていきたいと思います。

井門隆夫(いかど たかお)

井門隆夫(いかど たかお)

国学院大学観光まちづくり学部教授。旅行業、シンクタンクで25年勤務し、関西国際大学、高崎経済大学を経て2022年から現職。専門分野は宿泊産業論、観光マーケティング。文教大学や立教大学を含め、20期以上のゼミ生を各地でのインターンシップや国内外でのフィールドワークで育成。観光を通じて社会変革をもたらすことが目標。