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ガストロノミーツーリズムが地方誘客の最大の武器となる理由、地方の「食」を求めるインバウンド【コラム】

こんにちは。ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎です。

「日本は貧しくなった」といわれています。たしかに、かつて日本が誇った鉄鋼や半導体は遅れをとり、円安は進行し、平均所得も伸び悩んでいます。しかし、2026年には4200万人規模の外国人が日本を訪れ、約9兆5000億円を消費しました。その訪日理由のトップは「美味しいものを食べたいから」です。

つまり、日本の「食」は世界中から認知されている最強のコンテンツなのです。「食」という世界的に競争力のある資源を持つ日本にとって「ガストロノミーツーリズム」こそ、再生の切り札になり得ます。初回となる今回は、「ガストロノミーツーリズム」の本質と可能性について論じます。

ガストロノミーツーリズムとは何か?

この数年、日本でも「ガストロノミーツーリズム」という言葉をよく耳にするようになりました。2024年秋には、「クローズアップ現代」「ワールドビジネスサテライト」といったテレビ番組が相次いで特集を組んでいますが、こうした番組が取り上げるということからみても一定の認知が広がっていると感じます。

ただ、「ガストロノミー」という言葉自体は、まだ一般的ではないかもしれません。辞書的には「美食」と訳されることが多いようですが、私は「食を文化として捉える視点」と考えています。食をその背景にある風土・歴史・文化などとともに味わい、理解する概念です。

つまり、これにツーリズムが結合したガストロノミーツーリズムとは、食文化を楽しむことを主目的とした観光といえるでしょう。ちなみに観光庁は、「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム」と定義していますので、私の認識に近いといえます。

日本の構造課題と観光の役割

では、なぜ近年、この分野が注目されてきたのでしょうか。その背景には、いまの日本が直面する構造的課題と関係があります。

ひとつは、日本経済の相対的な地位低下という問題です。これはさまざまな観点から言われていることですが、一例として英国「エコノミスト」誌が毎年発表する「ビッグマック指数」で見てみましょう。これは世界中のビッグマックの値段で経済状況を比較するものですが、2025年1月時点で日本は世界54カ国中44位。アジアにおいてはシンガポール、韓国、タイ、中南米と比較してもメキシコやペルーを下回る水準です。かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の隆盛は見る影もありません。

さらに深刻なのが地方の疲弊です。2050年には日本全体で15~20%弱の人口減少が見込まれていますが、東北地方では3割以上の減少が予測されます。特に若年女性の都市流出が顕著です。政府や地方自治体は移住政策の推進を掲げてきましたが、それには高コストと定着率の低さという問題があり、現場では移住促進は限界も指摘されています。

こうした中で期待されるのが「交流人口」や「関係人口」の拡大であり、インバウンドの呼び込みです。

コロナ禍の2020年に約24万人まで落ち込んだ訪日外国人客数は、2025年には4200万人と過去最多を更新しました。訪日客の国内消費額は約9兆5000億円に達し、これは日本の輸出品目別で自動車(約17兆円)に次ぐ規模です。

観光消費は波及効果も大きく、経済的インパクトはさらに拡大します。この経済的規模感を考えると、インバウンドを排除する方向性は現実的ではありません。

インバウンドが求める「地方の食」

では、なぜ日本へのインバウンドは増えているのでしょうか。

コロナ禍中の2021年の調査では、「旅行が再開したら最初に訪れたい国」として、日本はアジア・欧米のいずれの市場でもトップでした。2023年の調査でも、世界22市場のうち11市場で日本が首位となっています。

その理由として最も多く挙げられるのが「食事が美味しいから」です。中でも「地方に行きたい、地方の食を味わいたい」というインバウンドは3分の2以上。しかし、実際は約7割が三大都市圏に集中しています。

一方で、近年台頭してきている新富裕層と呼ばれる若くして富裕になった人々は、すでに多くの人々が訪れた場所ではなく、まだ知られていない場所を訪れ、それを発信することに価値を見出しています。つまり、すでに大勢が訪れている東京や京都の三つ星レストランよりも、無名でも地方の美味しい店に魅力を感じているのです。

ローカルガストロノミーが地域を変える

近年、日本各地で「デスティネーションレストラン」が増えています。デスティネーションレストランとは、2021年に英字紙「ジャパンタイムス」が創設した「デスティネーションリスト」アワードにおいて定義された「そこに行くことを目的として旅するに値するレストラン」という概念を指します。東京23区および政令指定都市は対象外で、まさに地方の小都市に存在するレストランが対象なのです。毎年10軒、2025年までに選定された50軒は、北海道から沖縄まで全国的に分布し、美味しいものを食べることを目的に全国を旅することができるのです。

デスティネーションレストランが増えてきた背景には、インターネットによる情報流通の変化があります。情報が民主化されたことで、世界中のフーディー(美食家、食いしん坊)が瞬時に情報を得て、地方の店にもアクセスできるようになりました。

東京は世界の一流食材が集まる都市ですが、輸送時間の制約から鮮度では地方に優位性があります。地方ならではの「朝獲れ」の食材や、東京に流通しない希少な魚・野菜を活用しようという志向を持つシェフは以前から一定数は存在していましたが、経済的に成立しにくい側面がありました。

しかし、現在ではインターネットの発達によって世界中のフーディーが瞬時に情報を入手・共有できるようになり、遠隔地でも集客が可能となったのです。その結果、だれでもアクセスできる東京のレストランより、「そこに行かないと味わえない」という地方のレストランの希少価値に世界中のフーディーが気づいたわけです。

今後の連載で詳述していきますが、今の地方には、デスティネーションレストランだけでなく、さまざまな食に関連する人々が集積した地域が生まれています。私はこうした地域を「ローカルガストロノミー」と定義しています。こうした地域を核としてガストロノミーツーリズムを発展させることが、いま、必要とされているのです。

これまで地方は、食材を都市部に供給する「供給基地」の役割として機能してきました。しかしローカルガストロノミーによって高付加価値化を実現すれば、都会の人々がわざわざ時間とお金を使って地方を訪れる「目的地」へと転換できるようになります。訪れた人々は、その地域だけでなく周辺にも回遊し、周辺地域も豊かにしてくれることでしょう。

これまでは、観光といえば名所旧跡を訪れることが中心でしたが、それらは一度訪れれば満足するケースが多いものです。一方、ガストロノミーツーリズムは、美味しいものを食べて満足すれば、季節を変えて何度も訪れたくなる特性があります。

これこそが、ガストロノミーツーリズムの最大の強みであり、なによりの武器であるといえるでしょう。

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

柏原光太郎(かしわばら こうたろう)

1963年生まれ。ガストロノミープロデューサー。慶應義塾大学卒業後、文藝春秋入社。現在は、Kassie&Co.株式会社代表取締役、北九州市参与(食の魅力戦略担当)、「食の熱中小学校」校長、「日本ガストロノミー協会」会長、「Luxury Japan Award」選考委員など。著書に『ニッポン美食立国論』『東京いい店はやる店』『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』がある。