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観光の地域分散をAIと移動データで推進、ブラジル政府観光局が手がける「成長の質」を重視した国家戦略とは?

需要拡大が続く世界の観光産業では、観光客の集中過多による混雑の分散や持続可能性への対応が重要なテーマとなっている。ブラジル政府観光局(Embratur)の戦略開発責任者ヴィヴィアン・トレダノ氏は、AIとデータを活用した観光戦略についてITBベルリンで講演し、ブラジル観光の新たな方向性を示した。

トレダノ氏は、まず、ブラジル観光のイメージについて「ブラジルと聞くと、多くの人がリオデジャネイロやカーニバルを思い浮かべるだろう。それは素晴らしい。しかし、私はブラジルの別の姿、そして観光の新しい段階を紹介したい」と話し、観光地の多様化と地域分散を進める必要性を強調した。

ブラジル政府観光局が掲げる基本理念は、将来世代にとって望ましい観光を構築することだ。トレダノ氏は「私たちが推進するブラジルとは、将来世代にとって望ましいブラジルだ」と述べ、観光の成長が地域社会に長期的な価値を生むことを重視する姿勢を示した。

訪問者数ではなく「どのような成長か」がカギ

トレダノ氏は、観光政策の焦点が変化していることを強調する。「中心的な問いは、もはやどれだけ多くの観光客を呼び込むかではない。もちろん数値は重要だが、ブラジルが求める成長とはどのようなものなのかが重要だ」と述べた。

ブラジル政府観光局が目指しているのは、観光客が一部の都市に集中するモデルではなく、地域に広く分散する観光。「私たちは、バランスの取れた分散型の観光を目指している。地域社会や観光地に長期的な価値をもたらす観光が重要だ」と語った。

ブラジルはヨーロッパとほぼ同じ規模を持つ大陸規模の国であり、27の州が存在する。「この広大な国で観光政策を調整することは大きな挑戦」とトレダノ氏は力を込める。そのためには、国家レベルでの戦略と地域レベルでの実行を結びつける観光政策が必要となる。

国家観光マーケティング計画「Plano Brasis」で27州を統合

ブラジル政府観光局は、国家観光マーケティング計画「Plano Brasis」を策定し、全国規模の観光戦略を展開している。この計画は、国家レベルで策定した戦略を27州で実行する枠組み。各地域の特性に応じた観光マーケティングを推進する。

トレダノ氏は「Plano Brasisは国家マーケティング計画であり、各地域がどのような戦略を取るべきかを示している。各州で実施することで、実際に観光に携わる地域の関係者と直接連携することができた」と説明。この取り組みにより、ブラジル政府観光局は地域ごとの観光資源を活かした観光政策を構築しているという。

国家ブランドを統一しながら地域観光を発展させるという、いわば「国家と地域の連携モデル」がブラジル観光戦略の基盤となっている。

ブラジルの国土は、欧州全体の面積とほぼ同じ

AIとデータで旅行者の意思決定プロセスを分析

ブラジル政府観光局では、観光マーケティングの意思決定においてデータとAIの活用を進めている。トレダノ氏は「現在、私たちはデータドリブンの戦略を採用している」と述べ、市場ごとに観光地の訴求方法を分析していることを明らかにした。

観光マーケティングでは、旅行者の意思決定は「認知」「検討」「訪問」という段階を経て進む。そのため、ブラジル政府観光局では市場ごとに、どの国の旅行者がブラジルのどの地域に関心を持っているのか、どの地域が観光商品として販売可能な段階にあるのか、どの地域はまだ認知度向上の段階にあるのかを分析している。

「どの市場でどの観光地を訴求するべきかを分析し、どの地域が観光商品として準備が整っているのか、どの地域はまだ認知を高める必要があるのかを判断している」という。この分析には、旅行者の検索行動や移動データなどが活用されている。

移動データとAIで「行き方」を可視化、観光の地域分散を促進

AI活用のなかでも重要なのが、旅行者の移動データ(モビリティデータ)だ。トレダノ氏は「アクセスは旅行先選択の重要な要素」と述べ、観光地へのアクセス情報が旅行者の意思決定に大きく影響することを指摘した。

マッキンゼーの調査によれば、旅行先選択の第二の要因は「その地域での移動のしやすさ」。ブラジルには、まだ国際的に十分知られていないものの魅力的な観光地が数多く存在する。

「しかし問題は、そこへどうやって行くのかが分からないことだ。場所によっては飛行機、陸路、船を組み合わせて移動する必要がある。行き方が明確でなければ、旅行者は安心して訪問することができない」。そのため、観光地の魅力とアクセス情報を同時に提示することが重要になる。

トレダノ氏は「旅行者がインスピレーションを得て訪問を考えたとき、次に必要なのは『どうやって行くのか』という情報だ。その流れを簡単にすることで、旅行者は安心して訪問を決断できる」と述べた。

さらに「持続可能な観光成長とは、単に観光地を宣伝することではない。観光客がどのようにその場所へ到達するのかを理解していなければならない」と語った。

一方でAIやデータ活用については、「データは私たちのすべての意思決定において重要な役割を果たしている。モビリティデータは特に重要だが、AIによる意思決定は慎重に行う必要がある。観光は地域社会にも関わるため、国全体で理解を深めていく必要がある」と、データだけでは測りきれない、地域社会との関わりの重要性も指摘した。

取材・文: 鶴本浩司