こんにちは。ガストロノミープロデューサーの柏原光太郎です。
前回の連載で私は、富山県南砺市にあるオーベルジュ「Levo(レヴォ)」の例を挙げ、どんな辺鄙な場所でも、1軒の優れたレストランがあれば、国内外から人を呼び込み、地域に新たな経済効果や交流を生み出す時代になっていることをお伝えしました。
そして最後の文章をこう結びました。
「ただ、『こんな突き抜けた人はそうそういない』 と思われるかたもいるかもしれません。しかし、日本を訪ね歩くと、面白い、私が“ヘンタイ”と呼ぶ食関係者はたくさんいます。しかも、それはシェフだけではないのです」。
私は、不便な場所にも人を呼び寄せる強力な引力を持つ天才・変革者の情熱を持つひとを“ヘンタイ”と呼んでいます。
今回はレヴォとは違い、都市部にあるデスティネーションレストラン(旅の目的地になるレストラン)を取り上げたいと思います。辺鄙な場所ではありませんが、一般的な観光動線から外れた場所であっても、国内外から多くの富裕層を呼び込んでいる例です。
※冒頭写真:北九州「照寿司」の内観(筆者撮影)
寿司はうまくて当たり前、さらに必要なものは?
読者の方々は「北九州市」と聞くと、どんなイメージをお持ちでしょうか。門司港にはレトロな建物が並び、日本新三大夜景都市にも選ばれているなど観光地としても魅力的なのですが、どちらかといえば北九州工業地帯で栄えた大都市の印象が強いでしょう。事実、政令指定都市として90万人近い人口を擁しています。
なかでも、日本の高度成長を支えた八幡製鉄所が有名ですが、そのお膝元の北九州市戸畑区にあるのが「照寿司」です。
照寿司が創業したのは1964年です。当時は仕事帰りに、おすすめの刺し身や天ぷらをつまみに、生ビールや日本酒を楽しむ普通の町寿司でした。一人前1000円程度の握りを出前し、飲み放題付き5000円ほどの宴会で利益を上げるような店だったのです。
そんな照寿司が変わり始めたのは、3代目である渡邉貴義さんが修業を終えて、店に入るようになってから。かねてより自分が後を継いだら店のグレードをもっと高めたいと考えていた渡邉さんは、少しずつ改革を進めました。
まず、冷凍ものをやめ、北九州市を中心とする周辺の漁師や魚屋と関係を築き、天然の良質の魚だけを置くことにしたのです。
酢飯も北九州市は米酢を使うところが多いなか、粕酢を入れた赤酢に変えました。寿司の出し方も、カウンターに置くのではなく、客の手に直接のせるようにしました。当時は会話に夢中になる客が多く、カウンターに握りを置いてもすぐには食べてもらえず、寿司がどんどん乾いていくことが多かったためです。
内装も変えました。2階カウンターには樹齢300年の吉野ヒノキの一枚板を使い、席はカウンター8席だけ。おつまみと握りのおまかせコースのみとし、今では名物料理となっている「鰻バーガー」も考案しました。当初は鰻の蒲焼きを切って、つまみとして出していましたが、それだけでは面白みに欠けると握りにし、最終的には酢飯を鰻ではさみ、それを海苔で包むことで鰻バーガーが誕生したのです。
最大の変革は、寿司を「ファンビジネス」と定義し、楽しませる寿司に徹したのです。制服は蝶ネクタイと白衣。ものすごい目力で客を見つめ、歌舞伎役者が見得を切るように、掌に乗せた寿司を客の前に差し出します。
このパフォーマンスをInstagramで発信すると、途端に照寿司のアカウントはバズり、わずか数年で世界的に知られる寿司屋へ大躍進しました。
2019年にはNYタイムズの全面広告に掲載され、スウェーデン、マカオ、タイ、中国、アメリカ、スペインなど世界中でポップアップを開催。さらに2023年のサウジアラビア出店を皮切りにし、今年はロスアンゼルス、ラスベガスにも店を出す予定です。世界中に名前を轟かせ、今や客の9割は外国人。観光都市でもなんでもない日本の地方都市に、一人約5万円からの寿司を味わうために世界中の富裕層がわざわざやってくるようになったのです。
彼のパフォーマンスと握りを楽しみに来るインバウンドのために、渡邉さんは一貫握るごとに「DOZO(どうぞ)」とポーズをとって寿司を差し出し、客はそれを写真に撮り、SNSで世界中に拡散させます。それを見て、さらに世界中から照寿司へ訪れる客が増えるという循環が生まれているのです。
照寿司3代目である渡邉貴義さん。名物になった「うなぎバーガー」を提供(筆者撮影)
パフォーマンスの裏にある圧倒的な努力
渡邉さんの躍進ぶりをシニカルに見て、「派手なパフォーマンスが話題を呼んでいるだけで、寿司はたいしたことがない」などという人がいますが、私はそうは思いません。
私が初めて訪れたのは、2017年でした。少しずつ照寿司が話題になり始めていた頃、食を目的に旅する美食家(フーディー)の友人が「今行かないと後悔する」と強く推すので訪れたのです。食べてみると、ネタはいいし、寿司もうまい。「これは決して、話題性だけで人気が出ているわけではない」と思いました。つまり、彼のパフォーマンスは、照寿司の魅力を発信するための手段に過ぎないのです。
その裏には圧倒的な努力があります。修業時代の渡邉さんは一日1000人分の魚を捌き、寿司2000貫、巻物を500本作っていたと聞きます。ついでに言えば、彼のトレードマークである蝶ネクタイも500個近くを試して、今のものに落ち着いたそうです。
SNSで照寿司を発見し、訪れたインバウンド富裕層は、翌日に門司港レトロを見に行くかもしれないし、別府や湯布院に行くかもしれません。長崎や熊本を訪れてガストロノミーツーリズムを楽しむかもしれません。
照寿司と渡邉さんというヘンタイがいることで九州中が潤うようになるのです。
照寿司が提供する「ふぐ白子とキャビア」(筆者撮影)
寿司のゴールデンルートを作る
実は、新生・照寿司の誕生によって、北九州市も食を軸に大きな変革を遂げている最中です。
北九州市にはすでに「天寿し」「江戸前 二鶴」といったミシュランやフーディーたちに評価が高い寿司店や、リーズナブルで美味しい町寿司の名店があります。その魅力をさらに盛り上げようと、2025年4月、北九州市は全国ではじめて「すしの都課」を設立しました。寿司をきっかけとして北九州市の美味を知ってもらい、ガストロノミーツーリズムの核になろうとしているのです。
実際、北九州市は全国有数の魚種に恵まれた地域です。響灘、周防灘と関門海峡に囲まれ、深海から近海、沿岸に棲息する魚、回遊魚など多種多様な魚が獲れます。関門海峡は潮が速く、潮汐の干満によって流れの方向が変化するため、身が引き締まった極上の魚が獲れるのです。特に白身魚が素晴らしく、市民は魚が大好き。2022年~24年の総務省家計調査では、刺身盛り合わせ購入額が日本一になっているほどです。
先述した天寿しの初代は、せっかく旨い白身魚があるのに、九州の甘い醤油で食べたら、どれも同じ味になってしまい、もったいないと考え、塩と柑橘で食べる「小倉前」と呼ばれる手法を広めたといわれています。
現在は、息子兄弟が2店を経営していますが、そこから巣立った職人たちも多く、いまや小倉前は普通の町寿司でも食されています。
照寿司のファンビジネスも、天寿しの小倉前も、突き詰めていえば、寿司を美味しく食べてもらうために考えられた手法。北九州市はこうした伝統の力を使ってガストロノミーツーリズムの街に変革しようとしているのです。
実は私、2025年5月から、まだまだ埋もれている北九州市の寿司の魅力を発掘し、発信していくために、北九州市参与(食の魅力戦略担当)に任命されています。
すでに大きな動きがいくつも出ています。富山県は2023年から「寿司といえば、富山」ブランディングプロジェクトを開始し、北九州市に先行して寿司を軸とする地域ブランディングを始めました。北九州市の武内市長は、2025年6月に富山県を訪れ、新田知事と「すし会談」を開催。8月には大阪で連携協定締結イベント「大阪夏の陣」が開催され、富山県から北九州市にいたる「寿司のゴールデンルート」の形成で合意しました。今年9月にはゴールデンルート参加の自治体が参加する「すしサミット」開催の動きもあります。
このように、ひとりのヘンタイ(照寿司)が生まれたことで、自治体を巻き込んだガストロノミーツーリズムの動きが育ちつつあるのです。もちろん、そのヘンタイを育む土壌がこの地にはあったことはいうまでもありません。
私は、ヘンタイはひとりだけで成り立つものではなく、周囲に生産者、物流関係者などガストロノミーに関係する多くの人々がいることによって初めて完成すると思っています。私はそうした地域を「ローカルガストロノミー」と呼んでいますが、この話も連載のなかで詳しく論じていくつもりです。
柏原光太郎(かしわばら こうたろう)
1963年生まれ。ガストロノミープロデューサー。慶應義塾大学卒業後、文藝春秋入社。現在は、Kassie&Co.株式会社代表取締役、北九州市参与(食の魅力戦略担当)、「食の熱中小学校」校長、「日本ガストロノミー協会」会長、「Luxury Japan Award」選考委員など。著書に『ニッポン美食立国論』『東京いい店はやる店』『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』がある。