日本観光振興協会の最明(さいみょう)です。
今回は、海外のドラゴンボールのテーマパーク報道を起点に、日本発IP(知的財産)を誰が管理し、その収益や注目を日本の観光、地域産業、作り手の次の活動へどうつなげていくのかを考えます。
写真:海外からの観光客に人気のONE PIECE新幹線(筆者撮影)
2026年8月25日、トラベルボイスに「フランスとサウジアラビア、パリ近郊に『ドラゴンボールZ』テーマパーク建設で合意」という記事が掲載されました。一方で、東映アニメーションはすでに2024年3月、サウジアラビアのQiddiya Investment Companyと、世界初となる「ドラゴンボール」テーマパークをサウジアラビアに建設すること発表していました。
ところが8月31日、東映アニメーションはフランスの案件について「一切のライセンス許諾を行っておらず、把握している事実はない」と発表しました。あわせて報道に使われた画像や映像は、サウジアラビアでの計画のものだと説明しています。
一連の報道は、いったん沈静化したように見えます。しかし、この出来事が投げかけた「IPを誰が管理し、世界でどう価値化するのか」という問題は残ります。そして、日本のアニメコンテンツの海外人気の高さとともに、IPを管理し、世界で活用することの難しさと重要性をあらためて浮き彫りにしました。
一方、サウジアラビアの案件は引き続き実在します。そこで計画される「ドラゴンボールZ」テーマパークは、単なるアニメの海外進出ではありません。日本で生まれたIPが、海外で観光、不動産、エンターテインメントを動かす段階に入ったことを示す象徴的な事例といえるでしょう。
IPが「旅行する理由」になる時代
好調なインバウンドを背景に、日本の観光産業は概ね堅調に推移しています。アニメ、ファッション、アート、音楽、伝統工芸などのコンテンツとの相乗効果も広がっています。世界に評価される日本のコンテンツを求めて国内外から地域を訪れる旅行者は増え、観光にとってコンテンツは、需要分散、地方創生、オーバーツーリズム対策にもつながる重要な資源です。
一方、日本のIPが海外で大きな観光消費を生み出すことを考えると、「その価値を日本の観光にどう還元するか」という視点も必要ではないでしょうか。
経済産業省は、コンテンツ産業の海外売上高を2033年までに20兆円に拡大する目標を掲げています。2026年8月に取りまとめた「エンタメ・クリエイティブ産業戦略(案)(ものがたり大国5ヵ年計画)」では、日本で創り、世界に届けるコンテンツ産業の強化を打ち出しました。なかでも重視されているのが、IPをマンガからアニメ、ゲーム、実写、音楽、グッズなどへ多角的に展開する「IP360」の考え方です。あわせて、クリエイターへの適正な還元などが重視されています。
さらに同戦略では、アート、デザイン、ファッション、伝統的工芸品などについても、歴史や文化、技術の背景をナラティブとして伝えることで、高付加価値な海外需要を取り込む方向が示されています。
ここで重要なのは、コンテンツを「作品」や「商品」単体で捉えるのではなく、その背景にある土地、文化、技術、人材、産業まで含めて伝えていく視点です。IPは作品の中だけで完結するものではありません。ファンが作品に触れ、背景を知り、その土地を訪れ、関連する商品を購入し、さらに発信する。その流れが生まれたとき、IPは観光と地域産業を結びつける入口になります。
観光は、ものづくりの価値を世界へ伝えられるか
ここで私が注目しているのが、無印良品の立ち上げにも関わり、アパレルブランドのクリエイティブプロデューサーとして活躍する相澤裕子氏が主宰する「一般社団法人 風 実行委員会」の活動です。相澤氏は「もの作りの側」と「消費者の側」をつなぎ、デザイナー、ものづくり、文化を守り、次代へつなげることを目指しています。また、かつて日本のファッション産業を支えた「創・工・商」の連携を改めて見つめ直しています。
アニメやゲームのIPは、作品そのものが世界で消費されるコンテンツです。一方で、工芸やファッション、食、デザインも、背景にある物語や作り手の思想まで含めれば、海外の人々に選ばれるコンテンツになり得ます。観光は、この二つをつなぐ接点になります。
これは観光にも通じるのではないでしょうか。「創る人」「作る人」「売る人」「訪れる人」をつなぐのです。観光には、地域の価値を外から発見してもらう力があります。だからこそ、観光を日本のクラフトマンシップを守り、育て、世界へ送り出すための力として位置づけたいと思います。
ここでいうクラフトマンシップとは手仕事による工芸品だけでなく、時計や車からファッション製品に至るまで、モノを作ることにおいて良質なものを追求していく姿勢のことです。アパレルではイタリアやフランスがこの重要性に気づき、次世代の作り手の育成に力を入れています。
日本には、ファッション、デザイン、伝統工芸、繊維、食、家具、金属加工など、長い時間をかけて培われた「つくる力」があります。そこには技術だけではなく、素材を見極める目、細部へのこだわり、地域の風土、職人の経験、そしてデザインという日本独自のクラフトマンシップが息づいています。だからこそ、その価値をもっと世界に伝えなければいけないと思います。
アニメの聖地を訪れる旅行者がいるように、次は「ものづくりの聖地」を訪れる旅行者を増やしていく。工房を訪ね、職人の仕事を見る。素材に触れ、製品が生まれるまでの物語を聞く。そして、その土地でしか手に入らないものを購入する。帰国した旅行者が、その背景とともに世界へ発信する。そうなれば、旅行者一人ひとりが、日本のものづくりのすばらしさを伝える「伝道者」「語り手」になります。
「新しいものを売る」ことが、伝統を守る
伝統工芸を単に「保存」するだけではなく、守るために、使ってもらう。残すために、世界に知ってもらう。次の職人を育てるために、産業として稼げるようにする。そして、その価値を生み出した地域に、観光によって得られた経済効果を戻していく。観光を「人を呼び込んで消費してもらう産業」だけでなく、「日本のものづくりを知ってもらい、その価値を世界へ伝え、次の世代につなぐ産業」として捉え直すのです。
京都で代々、茶道具や陶磁器づくりに携わってきた方から、興味深い話を聞きました。近年の茶道人口の減少に伴い、古くても良い道具や茶器が中古市場に多く流れ、著名な作家の作品でも、なかなか売れなくなっているそうです。
「伝統を次代に受け継ぐためには、新しいものをしっかり売ることが大切」。その方はそう話していました。また、修学旅行などで茶道や華道を体験してもらうことも、将来、日本の伝統文化を生業として担ってくれる若い人材を増やすためにも重要だといいます。
この話は、観光とものづくりの関係を考えるうえで示唆的です。古いものを保存するだけでは、技術は次代につながりません。新しいものが売れ、作り手に収入が入り、次の制作や若い担い手の育成に投資されて初めて、伝統は生きた産業として続いていきます。
観光は、その流れを生み出す入口になり得ます。旅行者が工房を訪れ、背景を知り、作り手と出会い、製品を購入する。その体験が、単なる買い物ではなく、文化や技術への理解を伴った消費になる。そうした購入が積み重なれば、地域のものづくりを支える力になります。
コンテンツ立国と観光立国をつなぐ視点
日本観光振興協会では2026年6月、「基幹産業としての観光が目指す姿を描く中長期的なビジョン」を策定しました。そこでは、観光を「外国人と日本人」「都市と地方」「世代と世代」「産業と産業」など、さまざまな境界を超えて人や価値をつなぐ「編集産業」と位置づけています。産地と交通、宿、流通、そして海外の市場を、一本の物語として束ねること。それはまさに「編集」の仕事です。今回のテーマも、その考え方の延長線上にあります。観光が製造業やデザイン、文化、地域産業をつなぎ、新しい付加価値を生み出していく姿を描いています。
ドラゴンボールZの事例が示すように、IPそのものが「旅行する理由」になる時代です。海外でアニメを見る、ファンになる、現地のテーマパークに行く。そして「本物を見たい」と日本を訪れ、聖地を巡り、ホテルに泊まり、商品を買う。帰国後もその世界に触れ続け、また日本に行きたくなる。こうした「ファン経済圏」は、コンテンツと観光を結びつける大きな可能性を持っています。
そのためには、観光政策とコンテンツ政策を一体に考えていくことが必要です。コンテンツを所管する行政、観光、地域産業、金融、教育などが連携し、クリエイターや職人が生み出した価値が、適正な対価として作り手に戻り、さらに次の創造へ投資される循環をつくらなければなりません。
海外で人気を得たIPを日本への誘客に活用するだけでなく、地域の工房や産地そのものを世界に売り込む。そこで得られた収益を、技術の継承、人材育成、デザイン開発、設備投資に還元する。そうした「観光からものづくりへ、ものづくりから観光へ」という循環を生み出したいのです。観光が将来のデザイナーやクリエイターを目指す人材を増やすこと、さらには次の担い手まで支える姿になるのが理想です。
「日本は世界で売れるコンテンツを持っている。しかし、その価値を誰が所有し、誰が世界で稼ぎ、次のコンテンツを誰が生み出すのか」。この問いを、観光の側からも考えてみたいと思います。
観光は、地域の文化や技術を「見せる」だけではなく、その価値を認めてもらい、対価を得て、次の時代へつなぐ仕組みにもなれるはずです。コンテンツ立国と観光立国を別々の政策目標にするのではなく、「観光とは、地域に人を呼ぶ産業ではなく、地域にある価値を世界市場につなぐ産業である」と捉えなおす。そこに、これからの日本の観光産業の役割と成長の新しい可能性があるのではないでしょうか。
最明 仁(さいみょう ひとし)
日本観光振興協会 理事長。1985年日本国有鉄道入社、JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。日本政府観光局シドニー事務所を経て、JR東日本訪日旅行手配センター所長、新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長などを歴任。2023年6月より現職。自他ともに認める鉄道・バスファン。