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産業再生のプロ・冨山和彦氏に聞く、日本の観光が「稼ぐ産業」になる条件、客数から付加価値へ、地域を誰が束ねるのか

インバウンド需要が堅調な中、人手不足が深刻化する日本の観光産業。日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長CEOの冨山和彦氏は、現在を、低価格・低賃金型の経営から脱し、観光を付加価値と生産性の高い産業へ転換する好機と捉えている。

取材したのは、今夏、和歌山県那智勝浦町の「ホテル浦島」が約40億円を投じた大規模リニューアルを進めたタイミングだ。JPiXは2023年12月、創業家からホテルを運営する浦島観光ホテルの全株式を取得。さらに、南紀白浜空港を運営する南紀白浜エアポートにも出資し、空港をハブとした周遊観光など、南紀エリア全体の活性化を視野に事業経営を進めている。つまり、宿泊施設の企業経営と地域全体の観光地経営の双方に実際に関わる立場にある。

その実践を踏まえながら、日本の観光産業が「稼ぐ産業」になるために何を変えるべきなのか。企業経営、地域経営の担い手、そして持続可能な観光のあり方まで聞いた。

客数から付加価値へ、経営モデルの転換を

冨山氏は、日本の観光資源について、外国人旅行者が認める価値に比べて「安い価格で提供している」と指摘する。

「日本の観光は、今、“お値打ち感”が強い。トータルで言えば、さほど客数は増やさなくてもいい。むしろ、どうしたら単価を上げられるかが課題だ」と話す。

約30年間のデフレで低価格でサービスを提供する前提とする経営が定着した一方、現在は需要が強く、人材も不足している。「コスト訴求型から付加価値訴求型へ転換しやすい状況が来ている」とし、供給側がビジネスモデルを変えられるかが課題だと指摘する。  

その主体は経営者だ。「ビジネスモデルを転換するのは経営者の仕事」とし、現場の効率化だけでなく、価格やサービス、人員配置まで含めて事業の経済性を組み替える必要性を強調する。

冨山氏は、観光業界でしばしば聞かれる「観光は特殊な産業」という意識にも疑問を投げかける。接客や料理、清掃、安全管理など現場のオペレーションには業界固有の知識が必要だが、経営はその一段上のレイヤーにある。

料理の質や清掃といった現場の問題も、突き詰めれば価格設定や人員配置、サービス設計など経営の問題につながる。人手不足の時代に、低単価のまま人手を多く必要とするオペレーションを維持し続けることには限界がある。

現場改善だけでなく、事業そのものの経済性を組み替える必要があるとの指摘だ。

さらに、人が余っていた時代とは環境が変わったとして、従来モデルから転換できない企業には、廃業や休業、事業譲渡を含めた新陳代謝も必要との考えを示した。

冨山氏は「時代が変わるとビジネスモデルが成り立たなくなる。そこでいくら工夫しても成り立たない。経営は経済性」と話す

観光地経営を誰が担うのか

一方、企業単体の経営改革だけでは、地域全体の観光価値を高めることはできない。

「ホテル単体では、地域の付加価値をすべて生み出しきれない。宿泊客はホテルの外にあるいろいろなものも楽しんでいる」

那智勝浦であれば、那智の滝や熊野古道、マグロ、温泉などが一つの旅行体験を構成する。それらを「ちゃんとコーディネーションし、きれいにつなぐ」ことで、旅行者の満足度を高め、再訪や長期滞在につなげられるという。

特に地方では、宿泊施設の中ですべてを囲い込むのではなく、地域の飲食店や観光サービスと組み合わせ、連泊を促す。その方が地域全体への消費も広げられる。

その調整役として期待されるのがDMOだが、冨山氏は「観光協会の延長線ではダメ」と指摘する。

「DMO自身に経済的な動機付けがないとなかなか頑張り切れない。ボランティア精神で頑張りましょうというのは、ビジネスの話をしているので通用しない」

では、誰が地域を束ねるのか。冨山氏は「本当は、事業者がやった方がいい」と話す。重要なのは、地域全体の成長と、その担い手の事業上の利益が一致する仕組みをつくることだ。

地域を代表する宿泊事業者は、地域の魅力が高まれば宿泊者増という恩恵を受ける。空港も地域への来訪者が増えれば利用者が増える。ホテルと空港双方の経営に関わるJPiXの南紀での取り組みは、地域全体の成長と事業者の利益を重ね合わせる実践例の一つでもある。

「地域全体の利益と、やっている人の利益が一致していないと、皆がついてこない」

さらに、観光税をDMOの財源とし、観光が伸びればDMOの収入も増える米国などの仕組みにも言及した。「地域一体」という掛け声だけでなく、地域を成長させる主体に経済的なインセンティブが働く仕組みを設計することが、観光地経営を機能させる条件だとの考えだ。

持続可能性の根幹は「付加価値労働生産性」

冨山氏が考える「持続可能な観光」には、自然や文化資源を守ることに加え、それを支える経済的な持続性が欠かせない。

「経済行為である以上、付加価値に対価がないと持続可能性がない。何人来たかという議論は、もう意味がない。どれだけの付加価値をこの地域にもたらしたかが大事」

特に重視するのが「付加価値労働生産性」だ。

「1時間あたりどれだけ稼げるのか。その稼ぎから設備投資への資本分配と労働分配が生まれる。これが小さいと設備投資もできないし、リニューアルもできないし、給料も上げられない」

DXやAX(AIトランスフォーメーション)は、付加価値労働生産性を高める手段になる。冨山氏は、生産性を「分母」と「分子」で捉え、DXやAXによって労働投入にあたる「分母」を小さくできる一方、付加価値にあたる「分子」を大きくすることが重要だと指摘する。

つまり、省力化で人手を減らすだけでなく、空いた人材を「顧客が実際に価値を感じるところ」に振り向け、旅行者が対価を払いたいと思う付加価値そのものを高めることが重要になる。

一方、AIでは代替しにくいのが、人の感情や身体感覚に関わる観光体験だ。海を自分の目で見て、音を聞き、潮の匂いや風を感じる。熊野古道を実際に歩く。こうした「身体性と感情性」が観光の本質的な価値として残ると冨山氏は見る。

その考えを具体化する実践の一つがホテル浦島だ。今回のリニューアルでは、施設や食の価値を高める一方、セルフチェックインやDXを進めた。浦島観光ホテルでは2024年に一般社員で10%の賃上げを実施し、3年間で20%の賃上げを目指している。投資によって付加価値を高め、収益を生み、それを人材と次の投資へ循環させる考えだ。

冨山氏はホテル浦島について、「大都市から一番遠い場所にあるようなホテルで、ここでそれがちゃんと証明できれば、全国のロールモデルになる」と話す。

その先に描くのは、観光産業そのものの位置づけの転換だ。

「観光産業が基幹産業になり、この産業が中間層を作るような産業になっていくのが理想形だと思っている」

企業の稼ぐ力を高める「企業経営」と、空港や交通、宿泊、観光資源をつなぎ地域全体の価値を高める「観光地経営」。その両輪を回し、得られた付加価値を賃金、再投資、地域へと循環させられるか。それが、冨山氏が示す日本の観光産業が「稼ぐ産業」へ転換するための道筋だ。

リニューアルしたホテル浦島の本館ロビー。自動チェックイン機で作業は効率化しながら、広い館内の案内は人が目線をあわせながら指差しでおこなう体制とした

トラベルボイス編集長 山岡薫