こんにちは。日本地域地理研究所の瀧波です。
今回のテーマは「暑さ」です。今年の夏も世界的に厳しい暑さが続き、こうした猛暑が今後の観光に及ぼす影響も懸念されています。
私の専門である「地理学」は、学校で習う地名や特産物の暗記のような「地理」とは異なり、ある場所で「なぜそうなっているのか」を問う学問です。旅は本来、現地に行って五感で風土を感じるものですが、その直感に「なぜ」という論理が加わると、その土地は一段深く、納得して見えてきます。
とはいえ、暑さを無条件に観光資源と見なすことはできません。資源になり得るのは、暑い土地で人々が選択し、育んできた技術や建築、時間の使い方であり、それを今、観光商品にするには「安全」と「運営」を同時に設計する必要があります。
本稿は、暑い土地で人々は何を守ろうとしてきたのか、という一つの問いに沿って考察していきます。シンガポールでは歩く人を、南九州では発酵中の醪(もろみ)を守る工夫が発達しました。対象は異なりますが、共通するのは、人や微生物が置かれる環境を暑さに合わせて最適化してきたことです。
市場ごとに異なる夏の観光需要
日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の訪日外客数は7月、8月とも同月として過去最高であり、8月に300万人を超えたのもこの年が初めてです。2026年7月も344万2100人で、7月として過去最高を更新しました。少なくとも訪日市場全体で見る限り、日本の暑い夏が訪日需要を毀損しているわけではありません。
一方で2026年は、4月から6月まで前年割れが続いていました。7月に4カ月ぶりに前年を上回り、8月は前年割れとなりましたが、その間、中国市場は50%を超える減少が続いています。渡航注意喚起と航空便の減便が影響したとされ、暑さとは別の要因と考えられます。実際、同じ7月には台湾が単月として初めて70万人を突破しています。
つまり、訪日客の総数は暑さ以外の要因でも大きく変動します。暑さの影響を考えるには、総数だけでなく市場別の動きを見る必要があります。
暑さと観光の関係は、すでに公的な評価の対象になっています。環境省の気候変動影響評価報告書は、産業・経済活動分野の一項目として観光を取り上げ、2050年頃には夏季の観光快適度が低下する一方、春季と秋から冬にかけては上昇すると予測しています。
では、それは訪日市場の数字に現れているのでしょうか。日本政府観光局によるシンガポールに関するデータを例にとると、2025年7月は前年同月比13.6%減、8月は17.3%減、2026年6月は0.3%減でした。同局は、夏場は東南アジアなどで訪日需要が落ち着く時期にあたるとしており、学校休暇の日程も単月の増減に影響を与えていると考えられます。
暑さは観光の快適性を下げる方向に働きますが、単月の数字には休暇の日程をはじめ別の要因も影響を与えています。暑さのどこに手を入れることができるかを知るには、暑さを構成する各要素に分解して考える必要があります。
「暑さ」を分解する
環境省が熱中症予防に用いる暑さ指数(WBGT)が基準にしているのは気温だけではなく、人体と外気との熱のやりとりに着目し、気温、湿度、日射・輻射、風をもとに算出されます。熱中症のリスクは、気温だけでなく湿度や日射などを含めて評価する必要があるということになります。
中でも重要なのが湿度で、湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、体温を下げる仕組みが働きにくくなります。これについては、環境省の熱中症環境保健マニュアルも、蒸し暑い状況では気温だけで熱中症のリスクを評価できないとしています。
日射や輻射熱もWBGTに反映されます。同じ気温でも、日陰と照り返しの強い場所とでは人体が受ける熱は異なり、指数は31以上が「危険」で運動は原則中止、28以上31未満が「厳重警戒」とされています。
ここで、観光の現場に直結する点が出てきます。公表されるWBGTは、特定の観測地点の環境を示した値です。環境省も、暑さ指数は時間帯や場所によって大きく異なるとして、各現場での測定を求めています。つまり、旅行者が実際に歩く区間、バスを待つ場所、行列に並ぶ場所の値は、公表値とは別に確かめる必要があります。市の発表が「厳重警戒」であっても、日陰のない参道や照り返しの強い駐車場では、同じ時間帯にさらに高い値が出ます。
測る場所が決まれば、手を入れる場所も決まります。屋外の湿度を大きく変えることは困難ですが、屋外観光で比較的制御しやすいのが日射です。
経路を「連続した環境」にするシンガポール
日射を遮る効果は数値でも確認されており、環境省の公表している実測では、屋根付きテニスコートと屋外コートの暑さ指数に、日射の強い時間帯で最大4~5℃の差が生じました。屋外コートではWBGT31以上の時間帯が1日4~6時間あった一方、屋根付きコートでは一度もありません。
この「屋根をつなぐ」という発想が都市構造に反映されているのがシンガポールです。
シンガポールのショップハウスには、1階前面に「ファイブ・フット・ウェイ」と呼ばれる通路が続いています。都市再開発庁の保全指針は、これを街区の前面、時には側面に沿って連なる柱廊状の屋根付き歩道であり、高温多雨の気候への独自の適応であると位置づけています。
その出発点は、1822年の最初の都市計画で各戸に一定の奥行きのベランダを設け、街路の両側に常に開かれた連続する屋根付き通路とすることが求められたことでした。私有地の一部を公共の通路として使う仕組みが、街区の形を作ったのです。なお、同じ形式の歩廊は、マレーシアやインドネシアなど東南アジアの各地にも広がりました。
シンガポールの「ファイブ・フット・ウェイ」
同じ発想は現代の交通政策にも見られ、シンガポールの陸上交通庁は、2013年から開始したWalk2Rideによって、公共交通の結節点から半径400メートル以内の主要施設を繋ぐ186キロメートルの屋根付き通路を整備しました。2024年には対象を鉄道駅から半径800メートル以内に広げる計画が提示され、今後5年間でさらに50キロメートルが加わる予定です。
19世紀の街区では建物の軒下を繋ぎ、21世紀には鉄道駅やバス停から目的地までの屋根を整備しています。制度や構造は異なりますが、共通するのは、建物一棟ではなく人が歩く経路を単位に考えていることです。
経路を連続して覆う仕組みは、日本にもあります。商店街のアーケード、駅前の地下通路、社寺の参道の並木。整備された目的は雨や雪であったり景観であったりしますが、結果として夏の日射を遮る区間になっています。
問題は、それが途切れる場所です。アーケードが終わる交差点、地下通路の出口から目的地までの数百メートル、駐車場から入口までの区間。旅行者の体感は、覆われている区間ではなく、途切れた区間で決まります。暑さへの対応を考える時、休憩所や建物を点として配置するだけではなく、移動経路全体を見る必要があるのです。
ここまで見てきたのは、人が移動する連続した空間を守る方法とその事例です。次に見るのは、目に見えない微生物が置かれる環境を制御する方法です。
暑い土地で、酒はどう守られたか
まず、発酵の仕組みから見てみましょう。
酒類総合研究所によると、清酒の醪の発酵温度は10~18℃が一般的です。低温では酵母の活動がほどよく抑えられ、発酵がゆっくり進むのが理由で、仕込みが寒い時期に行われてきたのは、この温度帯を保つためです。また日本酒のベースである酒母の段階では、生酛(きもと)なら乳酸菌が乳酸を作り、速醸酛(そくじょうもと)なら醸造用の乳酸を加えることで、雑菌の増殖を抑制します。
焼酎と泡盛では、これに加えて黒麹菌や白麹菌がクエン酸を作り出します。焼酎の一次もろみは清酒の酒母にあたる工程ですが、乳酸ではなく麹自身がつくるクエン酸によって雑菌汚染を防ぐ点が異なります。麹に「醪を酸性にする働き」を担わせる方法は、暑い地域で安定して酒を造るための合理性の高い選択肢の一つでした。
この仕組みが南九州に定着するまでには、明治後期から試行錯誤が続いています。国税庁の報告書によると、沖縄では伝統的に黒麹菌が泡盛に使われていた一方、それ以外の地域では日本酒用の黄麹菌が使われていたため、もろみが腐って酒にならない腐造(ふぞう)が多かったと考えられています。高温多湿な環境では、発酵に必要な微生物だけでなく、腐敗につながる微生物も活動しやすくなるためです。
広がり方は、複数の経路が重なったものでした。同報告書によると、1901年に黒麹菌が分離されて研究の対象となり、1910年には鹿児島税務監督局の技師だった河内源一郎らが、クエン酸生産に着目して芋焼酎への利用を拡大します。一方で、鹿児島の黒瀬杜氏のなかには、それ以前から沖縄系の技術に接していた人々もいたと推察されています。研究機関、税務当局の技術者、そして杜氏。同報告書は、この時期を、九州における腐造の問題を克服するための試行の時代と表現しています。
安定した発酵を支えたのは、黒麹菌と、麹と水で先に酵母を増やしてから芋を加える二次仕込み法の組み合わせでした。のちに黒麹から分離された白麹菌が種麹の供給を通じて広まり、今日では黄麹菌を使う造りも、黒麹菌を使う造りも並んでいます。
この経緯は、酒蔵見学で何を見せるかを考える際にも素材になります。例えば麹造りの温度管理です。クエン酸は比較的低い温度で多く生成されるため、黒麹菌では後半に品温を35℃程度まで下げます。黄麹菌とは異なる手順であり、その違いを辿ると、暑い土地で安定して酒を造るためにどのような技術が選ばれてきたのかが見えてくるのです。
麹の違いを辿ると、暑い土地で安定して酒を造るためにどのような技術が選ばれてきたのかが見えてくる
暑さを前提に、商品を設計する
現在、その前提となる気候条件自体も変わっています。気象庁によると、都市化の影響が比較的小さい全国13地点の平均では、猛暑日の年間日数は、統計期間の最初の30年間の約0.8日から、最近30年間の約3.0日へ、約3.9倍に増えています。
運営側の判断基準も整備されており、熱中症警戒アラートは、日最高暑さ指数が33以上と予測された場合に発表されます。さらに環境省は、熱中症特別警戒アラートが発表された場合、校長や経営者、イベント主催者などの管理者に対し、全ての人が熱中症対策を徹底できているかを確認し、徹底できない場合には、運動、外出、イベント等の中止、延期、変更を判断するよう求めています。
観光の側から考えると、暑さへの対応は大きく3つに整理できます。
- 時間をずらす:早朝や夕方に体験を配置し、暑さの厳しい日中は屋内のプログラムに切り替える。
- 経路を覆う:個別の休憩所を設けるだけでなく、移動経路として日陰や屋根を繋ぐ。
- 環境を制御する:屋内で完結できる見学や体験は、夏の商品として組み立てやすくなる。
その上で、中止や変更の基準をあらかじめ決め、利用者に示しておく必要があります。
基準のないまま当日になって判断すれば、判断への反発はより強くなる可能性があります。安全基準まで含めて運営を設計することが、夏の商品としての信頼に繋がります。
暑さへの3つの応答(著者作成)
何を守るのかを決める
本連載で以前扱った赤城山麓では、冬の風を利用して水分を抜くという応答について考え、今回は、時間や移動空間、製造環境を組み替えるという暑さへの応答を見てきました。不利と見なされる自然条件が同じでも、人々が選択する方法は土地によって異なり、その違いに、その土地ならではの技術や暮らしが表れます。
それを観光に落とし込む際の判断軸は、3つに整理できます。第1に、客の総数ではなく、市場ごとの動きを見ること。第2に、気温だけではなく暑さ指数を用い、旅行者が実際に歩く導線や滞在地点で確認すること。第3に、暑さそのものを売ろうとするのではなく、その土地で人々が暑さにどう応答し、暮らしや文化、産業を営んできたかを見ることです。
着手点は一つで十分です。地域にある夏の体験を一つ選び、そこで誰を、あるいは何を暑さから守る必要があるのかを考えます。歩く人を守るのであれば経路を、屋外体験なら時間帯を、製造や文化を見せるのであれば、屋内で何を体験として提示できるかを考えれば良いのです。
「暑い土地で、人は何を守ろうとしてきたのか」。この問いから始めれば、屋根を設ける場所や体験を設定する時間、見せるべき技術が具体化します。観光資源になるのは暑さそのものではなく、その暑さに対して土地の人々が積み重ねてきた「応答」なのです。
瀧波 一誠(たきなみ いっせい)
一般社団法人 日本地域地理研究所 理事長 / World-Building Analyst(世界観分析家)。「地理とは生存戦略の記録である」を信条に、ビジネスや社会課題を地理学的視点から読み解く活動を展開。防災士。著書に『ゼロから学びなおす 知らないことだらけの日本地理』(WAVE出版)。