産業観光で「工場萌え」の聖地になった都市は? ものづくり大国ニッポンへの期待

千葉千枝子の観光ビジネス解説(3)

産業観光の歴史と変遷、ものづくり大国ニッポンへの期待


産業観光とは、産業遺産や先端技術、近代的製造業の工場や伝統的地場産業の工房などを観光対象にしたツーリズムをさす。マスツーリズムの時代が去った今、観光対象を単に観るだけでなく、学ぶ・体験することへの志向が高まりをみせている。知的欲求を満たしてくれる産業観光は、学習型観光の代名詞ともいえ、子供から大人まで幅広い年齢層に支持されているのが特徴だ。

産業遺産には、近代化遺産(文化庁)と近代化産業遺産(経済産業省)という国内の認定類型がある。また、現在も稼働を続ける「生きた産業遺産」への注目も高まりをみせている。2015年夏の世界遺産登録をめざす「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」には、稼働中の産業遺産が含まれる。そのため、推薦にかかる指針づくりや保護立法への動きが加速したのは、記憶にも新しい。ここで言う遺産(ヘリテージ)は、レガシーではなくレジェンドで、後世に守り伝えるべき価値と物語性を有したものをさしているのがわかる。

鉄道王国スイスの世界遺産ベルニナ線は稼働中の産業遺産としても知られる。自然及び国家遺産保護法や鉄道法による保護が進む。

世界の産業観光史を紐解くと、1950年にさかのぼる。当時、フランスの経営者協会が、輸出の振興を目的に外国人視察団に便宜をはかったのが、産業観光の始まりとされる。だが、それよりさらに1世紀も前の産業革命下のイギリスでは、世界初の国際博覧会・ロンドン博覧会で、自国の産業技術を国内外に広く知らしめていた。そして20世紀、テクニカルビジットや産業見本市に欧州を訪ねた日本の経営者・技術者の数ははかり知れない。

わが国・日本は、戦後の高度経済成長期を経て、技術立国、ものづくり大国として世界から称賛を浴びた。日本の産業観光が確立されることは、すなわち観光立国への道しるべにもなる。今世紀、世界からの期待は大きい。


▼観光不毛の地が工場萌えの聖地に、

川崎の工場夜景と産業観光

「工場萌え」なる流行語を生んだ川崎市の工場夜景(画像提供:川崎市)

「工場萌え」や「大人の社会科見学」などキャッチなフレーズで、近年、親しまれるようになった産業観光だが、自治体や企業の地道な努力を忘れてはならない。殺伐とした工場景観やアクセス不便な立地性を逆手に、地域を活性化させるための策として進められた。

その萌芽は1996年、中京圏にあった。産業観光キャンペーンを継続的に打ち出して迎えた、「愛・地球博」(2005年)。この年、名古屋では、ユネスコ世界遺産登録の産業遺産の分野で重要な役割を果たす国際産業遺産保存会議(中間会議)と併せて「産業観光国際フォーラム」も開催された。愛知が一躍、観光県へと躍り出た瞬間である。

一方、公害のイメージから「観光不毛の地」と言われた川崎市(神奈川)が、産業観光に取り組みを始めたのも、2005年のことである。観光振興プランに初めて、産業観光の文字が盛り込まれた。

産業観光のなかでも人気が高いのが食品関係の工場見学だ。「味の素川崎事業所」における産業観光光景(画像提供:川崎市)

中京圏に並び日本有数の産業集積を誇る京浜臨海部には、鉄鋼や電機、食品等さまざまな工場が立地する。工場見学ができる市内の企業や産業関連博物館などをリストアップして、市の職員が施設紹介のブローシアを作成した。それを手に、日本全国を行脚。上野・浅草から横浜・中華街の途上、素通りされてばかりだった川崎の、教育旅行誘致にも成功した。


現在、地元旅行会社が主催する工場夜景ツアーは、2008年に市がモニターツアーを募ったところ盛況で、翌年から民間移行したものである。また、同年スタートさせた川崎産業観光検定は、産業観光ツアーガイドの登竜門にもなっているが、合格者が、さらにガイド養成講座へ進むことができるというもので、川崎の産業観光の担い手づくりになっている。

今では北九州市など他の地域でも、似たような取り組みが行われ始めた。日本の産業観光は、緒に就いたばかりなのである。


▼産業観光 世界のトレンド、広域のルートづくりを

ERIH「ヨーロッパ産業遺産の道」サイト

欧州の主要な産業遺産の数々を結びつけた国際的なルート網「ヨーロッパ産業遺産の道」は、これまで個々で保全・保護された産業遺産を仮想の道でつなぐ、国境を超えたプロジェクトである。欧州域内43の国々に1000以上の産業遺産コンテンツ、80ものアンカーポイントが存在し、地域別・テーマ別(産業別)のルートも各々設定されている。

ホームページを覗くと、各産業はアイコンでわかりやすく分類され、欧州らしくソルト(岩塩抗等)というテーマもみられる。産業観光のルートづくりに役立つ。ヨーロッパ産業遺産の道は、一国完結型の旅を促すドイツ観光街道とは趣が異なり、アンカーポイントをおさえることで広域の旅程が組みやすい。

「ヨーロッパ産業遺産の道」でも紹介されるドイツ・ベルヒテスガーデンの岩塩抗「ザルツ・ツァイト・ライゼ」

例えば、産業遺産による世界遺産登録で世界初のフェルクリンゲン製鉄所(ドイツ)も、アンカーポイントの一つだ。フランクフルトから鉄道で2時間、フランス国境近くに佇む工場廃墟は、入場も有料というのに年間20万人もの観光客が訪れる。パリからも陸路2時間ほどの場所にあり、一国だけの宝でないのがわかる。






▼日本の産業観光のこれから、課題の克服と“クールジャパン”

稼働中の工場等の見学には、インタープリターが欠かせない。それら人件費や見学施設の整備など諸経費のほか、企業機密の漏えい防止や安全確保など課題も多い。しかし、企業イメージの向上や、技術・製品のPR効果は高く、地域貢献や将来の人材獲得、若い世代への啓発にもつながる。企業には、産業観光のメリットに大いに着眼してもらいたい。

伝統的地場産業で知られる焼き物の町・有田(佐賀)では、国内出荷量が最盛期の半分以下に落ち込む一方で、匠の技に魅せられた外国人アーティストたちが近ごろ集い始め、クールジャパンとして新たな注目を集めている。

かつて東インド会社から欧州各地へと運ばれ、今もベルサイユ宮殿やシェーンブルン宮殿などにオールドクラシックとして飾られる有田。時空を超え、近ごろはシンガポールなど成長著しいアジアの成功者たちを中心に、デザイン性の高いコンテンポラリーな作品が人気を博す。

そうした情報を積極的に海外に発信するのは、クールジャパンに魅せられた外国人アーティストたちだという。



千葉 千枝子(ちば ちえこ)

千葉 千枝子(ちば ちえこ)

観光ジャーナリスト・横浜商科大学講師。中央大学卒業後、富士銀行、シティバンクを経て、JTBに入社。1996年有限会社千葉千枝子事務所設立。運輸・観光全般に関する執筆、講演活動を行い、テレビ、ラジオにも多数出演。日本観光研究学会、日本旅行業女性の会、日本旅行作家協会等に所属。沖縄県、神奈川県、釜石市など地方自治体の観光審議委員等も務める。著書に「JTB 旅をみがく現場力」、「観光ビジネスの新潮流」(学芸出版社)など多数。2014年度から中央大学経済学部 国際観光コースの客員講師に着任予定。

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