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【レポート】2020年高齢者が約3割、バリアフリー旅行の対応が必要な時代に

経験や知識がないために、バリアフリー旅行(ユニバーサルツーリズム)の対応に苦手意識を感じる旅行会社のスタッフも多い。しかし少子高齢化、ネット販売の進行など市場やビジネス環境が変化するなか、旅行会社として正対すべき時期に来ている。JATA旅博2013での旅行会社向けのセミナーでは、JATAバリアフリー旅行部会長の田中穂積氏(ANセールスCS推進室ツアーアシスト課課長)が、チェックシートを用いた対応手順とポイントを説明。知識と手間が必要だが、それゆえにビジネスとしてしっかり収益を上げる重要性が示された。

▼バリアフリー旅行が増加傾向、高額商品が多く

2020年に高齢者が約3割、積極的な対応が必要な時代に

ANセールスCS推進室ツアーアシスト課課長:田中穂積氏

田中氏はまず、旅行会社がバリアフリー旅行を取扱うべきポイントを、(1)高齢者の増加、(2)身体の不自由な人の外出機会の増加、(3)旅行会社の取扱状況、の3つの観点から説明。

高齢者数(統計上は65歳以上)は2013年中に日本の人口の4分の1を占め、東京オリンピックが開催される2020年には約3割(29.1%)に拡大。身体の不自由な人も高齢者に比例して増加する。特に特徴的なのは内部障がいの増加で、医療技術や医療機器の進歩により、以前は入院が必要だった人でも自宅療養や外出が可能となり、旅行に出かけられるようになったという背景もある。

実際、旅行会社の取扱いも増加しており、2011年は前年比15%増、2012年は前年比7%増(※2011年は震災の影響で大幅に増加)となっている。特徴的なのは、海外はビジネスクラス、国内旅行は高級ホテルなど高額商品の利用が多いこと。田中氏は「こういう言い方をすると怒られるかもしれないが、旅行ビジネスの中でも非常に儲かるマーケット」と述べ、市場動向のみならず、ビジネスの観点からも取り組むべき分野であることを訴えた。

▼ハンディキャップはさまざま

幅広い知識で対応すべきバリアフリー旅行

「バリアフリー旅行」といっても、旅行者のハンディキャップはさまざまだ。田中氏によると、障がいのある参加者で多いのは歩行障がいで、国内旅行の場合は6、7割を占める。酸素ボンベ、酸素濃縮器の携行も増えており、その場合は航空会社への事前の手続きが必要だ。

このほか、聴覚障がいや糖尿病や人工透析といった疾病、アレルギー疾患への対応も増えている。食事内容の変更が必要になるほか、ハウスダストや化学物質のアレルギーがある場合は、「改装後2年以上のホテル」など、そのアレルギーに応じた手配が必要になる。これらもバリアフリー旅行の範疇となる。

さらに、当事者や同行者が介助や車いすなどの器具の使用に慣れているかどうか、デスティネーションによっても参加者のハンディキャップが変わり、案内や手配に変化が生じる。またホテルのバリアフリールームや福祉車両なども多様な種類がある。バリアフリー旅行では、障がいの種類や程度から外部環境を含む幅広い知識が必要になってくるのだ。

【対応1:チェックシートで知識・経験を補う】

そこで日本旅行業界(JATA)では、知識や経験をマニュアルの形にしたチェックシート「ハートフルシート」を作成中だ。セミナーではカウンター対応を想定し、「旅行相談1,2版」「手配版」を使った予約相談と手配のポイントを解説。カウンターではまず、旅行相談1版で希望のコースとともに旅行者のコンディションを確認する。これで企画旅行会社が参加OKとなり、旅行者も了承すれば、障がいの状態を詳細に聞く旅行相談2版の確認に進む。この内容に沿って、手配版を用いて航空会社やホテル、現地交通等で必要な手配をしていく。

なお、ハートフルシートは旅行者に書いてもらうのではなく、必ず旅行会社が聞き取って記入する。また、JATAでは今回紹介したチェックシートのほか、添乗員や現地ガイド向けの「旅行実施時編」、障がいや疾病ごとの留意点などをまとめた「応用編」、提出書類サンプル等の「資料編」も作成。来年度にはウェブ上に公開する予定だ。

【対応2:事前確認が最重要、「手配」で利益追求を】

セミナーの様子

旅行相談で大切なのは、まず参加者側にも参加条件が必要になる可能性があることを伝えておくこと。例えば車いす利用者の場合、リフト付き車両の別手配が必要になる場合があり、別途費用が発生する。

また、旅行会社側は原則として旅行会社は体に触れるサポートはしないこととし、その旨を旅行者に伝えることも重要だという。「よく旅行会社から『責任問題が怖い』という話を聞くが、体や車椅子等に触れる介助は有資格者がすることであり、介助が必要な場合はサポートの人を手配する」と田中氏はいう。

さらに手配時では、別車両や車椅子の別手配など「発生する費用を明確に確認しながら進めること」を強調。「旅行者側は必要な費用を支払う心づもりはある。バリアフリーは無償のボランティアというイメージがあるが、旅行会社はきちんと利益を上げるべき。そうでなければ長く続かない」と、ビジネスとして取り組む重要性を語った。

【対応3:「待つ」ことの正確な情報提供】

このほか、健常者と一緒のツアー参加にあたって、円滑な進行のためのポイントがある。旅行会社は旅程管理責任、安全確保責任の義務があり、「旅程管理上、支障がある場合は障がいのある方に我慢をしてもらう必要がある」という。

そのため田中氏は前提条件として「皆さんと全く同じ観光をするには難しい場所がある。その時に待っていただくことはできますか」と案内している。特に石畳や狭い路地の多いヨーロッパのツアーの場合は必須で、例えばノイシュバンシュタイン城やモンサンミッシェルは上まで登れない場合もある。「具体的にどこでどれくらい待つのかを伝えるのが大切で、そのためには現地の情報を正確に知っている必要がある。そこは旅行会社の矜持を持って対応してほしい」とも語る。

田中氏が所属するANAセールスでは年間約1800件のバリアフリー旅行を取り扱うが、これで断られるケースは1、2件程度。「必要な情報を提示すれば、お客様はある程度譲歩される」という。

また、添乗員や現地ガイドへの事前の周知徹底も重要だ。添乗員は別行動の案内を切り出しやすくなる。「これは他の旅行者への配慮にもなる」と田中氏。別の旅行者から「一人にかかりきりだった」と思われないためにも、十分な事前の説明が欠かせない。

▼まずは担当者を1人、ノウハウの蓄積を

旅行相談のやり取りを実演。左がチックトラベルセンター、ハートtoハート課長の松本泰守氏、右がジャルパック、ツアーヘルプデスクマネージャーの山木照美氏

セミナーでは、実際の旅行相談のやり取りを実演する時間も設けられた。チックトラベルセンターの松本泰守氏は「必要なことだけを聞こうとすると、警戒して病状を話してくれない。会話をしながら信頼関係を作り、うまく引き出してくことが大切」とポイントを紹介。コミュニケーションのなかで客側の希望と状態を確認し、疑問や不安に応えながら必要な手配と現地の状況を説明していく様子が繰り広げられた。

田中氏は「(やり取りを聞いて)ここまでできるだろうかと思うのが正直なところではないか」と理解を示したうえで、まずは「一人でもいいから担当者を決めることから始めてほしい」を提案。「担当者に情報・相談・連絡が集約することで、ノウハウが蓄積される。当社も兼任の担当者からスタートした。最初からできたわけではない」と呼びかけた。松本氏も「わからない時は他社にも相談している。お客様が困っていることを少しの苦労で解決できるなら努力していきたい」と、商売抜きで助け合っている状況を説明する。

最近はツアー集合場所で初めて、身体の不自由な参加者だったと判明することがあると聞く。バリアフリー対応の必要性が世間一般に広まっておらず、「添乗員がサポートしてくれる」との安易な考えもあるだろう。この点を問うた記者に対し、「だからこそ、旅行会社は積極的に取り扱ってほしい」と田中氏はいう。高齢化社会において旅行が続けられるためにも、旅行会社が収益源のビジネスとしてしっかりと取り組むことが重要だろう。