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プロサッカー「Jリーグ」が目指す地域活性化とは? 海外選手の獲得が地域にもたらす3つの効果からインバウンド戦略まで聞いてきた

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、注目が高まるスポーツツーリズム。数あるスポーツのなかで、2017年シーズンで24年目を迎えたJリーグ(日本プロサッカーリーグ)は、「観戦する」スポーツツーリズムとして高い集客力を持っている。そんなJリーグが推進するスポーツツーリズムとは?

海外からの集客や海外で地域の露出をサポートするインバウンド戦略とクラブのサポーターが応援のために国内移動するフットボールツーリズム(アウェイツーリーズム)ついて、Jリーグマーケティング専務執行役員の山下修作氏に聞いてみた。第1回目は、Jリーグのインバウンド戦略について。



マーケット拡大の手段として海外選手を獲得

1993年、8府県10クラブ(オリジナル10)でスタートし、現在ではJ1、J2、J3で合計38都道府県54クラブまで拡大した。地域密着を理念に掲げるJリーグは、サッカーを通じて地域経済にも貢献。サッカーはグローバルなスポーツであることから、日本の地域と世界を結ぶ役割も果たしている。

そんなJリーグがマーケティングの矛先として海外に目を向けるようになったのは2012年のこと。まずアジア戦略室を立ち上げ、2014年には国際部とその名称を変えた。山下氏は、その部長を務め、今年4月に発足したJリーグマーケティングでは、パートナー事業、イベント事業とともに担当役員として海外事業をみている。

Jリーグの海外戦略の背景には、日本の高齢化や人口減少による国内マーケット縮小への危機感がある。このままでは、国内サポーターの増加は頭打ち。それは、入場料収入、関連グッズの売上、スポンサー獲得などクラブ経営にとっても大きな影響を及ぼす。そこで、Jリーグは持続的な発展のために、世界、特に東南アジアでのマーケット開拓に力を入れ始めたというわけだ。

Jリーグの活動は、各クラブの戦略との連動あるいはそのサポートになる。そのひとつが、東南アジアの選手を獲得すること。その先駆けとなったのが、ベトナムのスーパースターだったレ・コン・ビン選手のコンサドーレ札幌への移籍だ。その後もインドネシアのイルファン・ハリース・バフディム選手(ヴァンフォーレ甲府からコンサドーレ札幌)、ベトナムのグエン・コン・フォン選手(水戸ホーリーホック)が続き、2017シーズンでは、タイのチャンティプ・ソングラシン選手がコンサドーレ札幌、タイのシティチョーク・パソ選手が鹿児島ユナイテッド、タイのジャキット選手がFC東京、カンボジアのチャン・ワタナカ選手が藤枝MYFCにそれぞれ移籍した。

北海道コンサドーレ札幌は、2017年7月にチャナティップ選手と仮契約を結んだ。©J.LEAGUE

Jリーグは現在、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、シンガポール、インドネシア、イラン、マレーシア、カタール、オーストラリア、スペインとパートナーシップ協定を締結しており、このうちオーストラリアとスペインを除く国からの選手は、提携国枠として通常の外国人枠3人とは別に登録することができることから、東南アジアからの選手獲得はチーム編成上のリスクは比較的低い。もちろん、獲得の最低条件は戦力として通用するかどうかだ。

獲得選手が地域にもたらす予想以上の3つの効果

こうした指針のもと、選手を獲得することで何が起きるのか?

東南アジア各国の選手は、彼らが母国ではスーパースターであることから、獲得したクラブに予想以上のインパクトを与えてきた。

山下氏は「Jリーグは、クラブ名に地域名を入れなければいけないルールがある。その選手が加入したことで、毎日のようにそのクラブが母国で報道されると、同時に地域名も報道されることになる。クールジャパンとしてアニメなどが報道されても、なかなか誘客にはつながらない。たとえば、ドラえもんを見て、山梨に行きたいとはなかなか思わない。地域名が入るJリーグでは、クールジャパンではできなかったその先の『クール・ローカル』が可能になる」と話す。

選手の母国と日本の地域とをダイレクトに結びつける。Jリーグのインバウンド戦略もJリーグの理念である地域密着の延長線上にあるということだ。「クラブの成長は、地域の人口や経済規模によってギャップが生まれることがあるが、海外の選手を獲得して、海外にマーケットに広げると、クラブとしての発展が見込める」。

こうした選手獲得による主な効果は以下の3つだ。

1、獲得選手の出身地における大きな露出

ひとつは、現地での露出効果。試合の放映や報道による露出に加えて、獲得した選手のSNSによる発信は地域にとって大きな武器になっているという。

たとえば、甲府と札幌に加入したイルファン選手のツィッターのフォロワー数は約427万人(当時)を超え、水戸に加入したグエン選手のフェイスブックのフォロワー数は150万人(当時)を超える。日本では無名ながら、母国ではスーパースターである彼らは強力なインフルエンサーであり、その発信力はすさまじい。たとえば、イルファン選手が甲府のぶどう狩りの様子をアップすれば、インドネシア国内で瞬く間に拡散していく。

2、露出拡大によるインバウンド旅行者の増加

2つ目はインバウンド旅行者の増加。年間のホームゲームが20試合ほどのため、試合を観戦する機会は限られ、その選手が試合に出場できるかどうかも確定しないため、実際に観戦目的で訪れる旅行者は限定的だが、地域の露出は確実にインバウンド需要の拡大につながっているという。

グエン選手の水戸への加入によって、ベトナム航空が茨城空港へのチャーター便を運航。チャナティップ選手が札幌に加入する前に練習生として清水エスパルスに在籍していときは、静岡県とタイ政府観光庁が観光事業拡大に向けたパートナーシップ提携を結んだほか、タイ国際航空が富士山静岡空港へチャーター便を飛ばした。

「『富士山を巡る争い』というおもしろい話がある」と山下氏。2013年にインドネシアのアンディック・フェルマンシャー選手がヴァンフォーレ甲府の練習に参加。それまで、インドネシアでの山梨の知名度は皆無に近かったが、フェルマンシャー選手の山梨での行動が繰り返し報道されたことで、富士山は山梨にあることの認知が進み、それ以降インドネシア人旅行者が富士山に行く場合は山梨側から入るようになったという。

一方、タイのチャナティップ選手が清水エスパルスの練習に参加したことで、タイで静岡県の露出が増大。タイ人旅行者が富士山に行く場合は静岡側から入るケースが増えた。

3、スポンサー獲得のチャンス拡大、地域経済に波及

3つ目が、スポンサー獲得のチャンスが拡大したことだ。山下氏は「たとえば、ベトナム人選手を獲得したクラブが、その国で有名になれば、9,000万人をターゲットにすることができ、それをターゲットと考える企業のスポンサーが付く。それは、J1であろうがJ3であろうが同じこと」と話す。

J2の水戸ホーリーホックは、同じ茨城県には鹿島アントラーズという強豪クラブがありながら、ベトナム選手の獲得によってその知名度が同国で一気に上がったことから、ベトナムでの事業展開を目論むGMOインターネットがスポンサーに付くことになった。鹿児島ユナイテッドのメインスポンサーは、地元の焼酎メーカー「さつま島美人」。タイ人選手を獲得したことで、タイでの販路拡大に期待をかける。

山下氏は「日本のどこにクラブがあろうが関係ない。現地からのインバウンド誘客だけでなく、日本の地域企業のアウトバウンドにも役立っており、地域経済への波及は大きい。我が町にJリーグのチームがあってよかったと思ってもらえているのではないか」と手応えを感じている。

Jリーグマーケティング専務執行役員の山下修作氏

訪日旅行者の観光コンテンツとなったJリーグ観戦

一方、獲得した外国人選手の国からだけでなく、一般の訪日外国人旅行者のあいだでもJリーグは観光コンテンツとしての人気を高めつつある。

Jリーグは現在、31カ国で放映されているため、海外でJリーグの試合を見る機会も増えた。また、試合のクオリティだけでなく、クラブマスコットなどのエンターテイメント性、家族連れで安心して楽しめるスタジアムの雰囲気も知られるようになってきたようだ。

クラブのマスコットもスタジアムの雰囲気作りに一役買っている。©J.LEAGUE

山下氏は、スタジアムで外国人を見かけると話を聞いてみるという。たとえば、「長崎を訪れたら、たまたまV・ファーレン長崎の試合をやっていたから、見に行ってみた。京都に立ち寄ったときも京都サンガの試合を見た」というオーストラリアからの観光客。「テレビでJリーグの試合を見て、ベガルタ仙台とセレッソ大阪のファンになったので、ベガルタ対セレッソの試合を見に日本に来た」という香港人カップル。「お決まりのコースではなく、日本人が楽しんでいる日常を体験してみたかった」と話すアイルランドからの観光客などなど。

FC東京は、外国人の増加に対応するためにスタジアムで「May I Help You」のサービスを始めた。具体的な外国人入場者数は算出していないが、これまでに対応した外国人の国籍は70カ国以上にものぼるという。

「サッカーはグローバルなスポーツなので、それを見て楽しめる人は世界中に多い。しかも、それが日本人の一般生活の中にあるJリーグであることに意味がある」と山下氏。バルセロナに行ったらFCバルセロナの試合をカンプ・ノウで見てみたい。ニューヨークに行ったらヤンキースの試合をヤンキースタジアムで見たみたい。日本人旅行者がそう思うのと同じように、Jリーグは、訪日外国人にとって日本のスポーツ文化、そして観光コンテンツになっているのだ。

取材・記事 トラベルジャーナリスト 山田友樹