
2024年、訪日外国人旅行者数が過去最高を更新した一方で、急激な旅行者数の増加に伴うオーバーツーリズムなど、観光の負の側面もクローズアップされた。地域が観光による恩恵をしっかりと享受できるよう、各地で「高付加価値化」への挑戦が進められているが、そもそも「高付加価値旅行」とは何か?
「高付加価値の定義が曖昧に認識されている。改めて、その捉え方を考える必要がある」と話すのは、EYストラテジー・アンド・コンサルティング(EY Japan)のストラテジックインパクトパートナーである平林知高氏。このほど、「ツーリズムにおける高付加価値化」をテーマにレポートを発行した平林氏に、日本における高付加価値旅行の重要性と各地域にもたらす好循環について、その考察を聞いてみた。
⇒レポート「ツーリズムにおける高付加価値化は何をもたらすのか?」ダウンロード(EY Japanサイトへ)
高付加価値旅行、高付加価値旅行者とは
高付加価値旅行と聞いて、富裕層による高額な消費を伴う旅行をイメージする人も多いだろう。実際、日本政府観光局(JNTO)の高付加価値旅行者の定義も「着地消費額1人100万円以上の旅行者層」だ。
一方で、JNTOは高付加価値旅行について、「単純に高額消費をすることではない」とし、「旅行をする意味を強く求める傾向がある人たち」とも説明している。平林氏は、観光庁の「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」(2022年5月)の内容を踏まえ、高付加価値旅行者を「消費だけではない、知的関心が高く、好奇心旺盛な旅行者」と位置付け、「旅行で地域の伝統文化、自然等に触れ、何かしらのインスピレーションを得て自分ごと化し、日々の生活や次のビジネスのアクションに繋げていく人たち」と考えている。
富裕層へのアプローチとして語られることについては「富裕層には、高付加価値旅行のターゲットとなる、意識が高い経営者や成功者、自分磨きに関心のある人が多いという前提がある」と考察。これらを踏まえ、高付加価値旅行に取り組む観光関係者や地域に対し、「価格にフォーカスして高付加価値化を単純化するのではなく、その『高』とは何かを考える必要がある」と提言する。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング ストラテジックインパクトパートナーの平林知高氏
また、平林氏は訪日した富裕層の日本での消費額から、高付加価値旅行市場の現状を説明。観光庁の報告書に掲載された三井住友カードのデータによると、2019年は、消費額が100万円以上(Tier2)の訪日外国人旅行者の平均消費額は152万円だが、同300万円以上(Tier1)の場合、平均消費額は631万円とさらに高かった。内訳は、貴金属や時計などの高額な「モノ」が多いが、Tier1はそれ以外の「モノ」も上位にあり、アートなど地域の製品も含まれているとみる。平林氏は「ひとくちに富裕層と呼ばれる旅行者も、レンジが広く、姿が異なる」と話した。
さらに、消費項目の内訳から、富裕層の訪日旅行者の消費が「必ずしも地域の地場商品の消費に結びついていない」と指摘。「地域が潤うためには、海外のブランド品や日本の高級品ではなく、地域の『モノ』や『体験』が売れなければ意味がない」と話し、地域に共感し、自分のものとして取り入れていく高付加価値旅行者を誘致する意義を示した。
地域が潤うためには、地域での消費につながる高付加価値旅行の推進が欠かせない
日本のアセットが活かせる、高付加価値旅行の領域
では、高付加価値旅行の推進で、日本にはどんなチャンスがあるのか。
まず、平林氏は「高付加価値を構成する大きな要素は『本物』と『イマーシブ(没入)』」と説明。観光における高付加価値化の取り組みは、訪れた土地の背景やストーリーなどでその地域の本質を掘り下げ、商品・コンテンツを唯一無二のものへと進化・深化させるものであり、「地域そのものと向き合うことにほかならない」と話す。
さらに、平林氏は富裕層の最近の傾向として「Quiet Luxury(静かなラグジュアリー)」に触れた。きらびやかなラグジュアリーではなく、本質や本物志向の体験に重きを置くトレンドだ。コロナ禍後にリベンジ消費が起こったが、富裕層の間では、その欲求が一巡し、より本能的な行動にシフトし始めているという。
そして、高付加価値化において、日本の地域には2つの観点で優位性があるとする。
その1つが「ウェルネス」。医療ツーリズムを含め、心身の健康をより良い状態にすることを目的とするウェルネスツーリズムは、今後の拡大が予想されている。五感でインスピレーションを受け、自分の内面に向き合いたいという、高付加価値旅行者の需要に合致するものでもある。
日本にある素材やテーマでポテンシャルが高いのは、沖縄の「Blue Zone(健康で心豊かな長寿者が多い地域)」、神道に通じるコンテンツ、禅の精神性、侘び寂びの文化など。平林氏は「日本では、スピリチュアルでマインドフルネスな要素が日常に根付いており、特に寺社仏閣や自然など、多くの地域が有するアセットが活かせる」と話す。そして、このウェルネスツーリズムが、地域の持続可能性にもつながっていくと考える。
もう1つは「伝統産業、歴史・文化」。高付加価値旅行者が、歴史文化や自然に根ざした体験を通じて地域の伝統産業に触れることでその消費につながる。また、外国人の需要や発想によって伝統産業の新商品が生まれ、地域に新たな産業が創出される可能性がある。人手不足や後継者不足に悩む地場産業に、若い世代の日本人はもとより、外国人の担い手が現れることも考えられるだろう。
平林氏は「地域のアセットを新たな視点で見つめ直すことで、思いもよらない価値に転換され、それが地域の歴史や文化、自然を次世代に引き渡すことになる。それこそが高付加価値化であり、高付加価値なビジネスにつながっていく。これは、地域に生まれる新しい産業の芽といえるのではないか」と、高付加価値化が地域にもたらす影響を考察する。
富裕層の今の旅行トレンドに、高付加価値旅行は合致している
地域の「唯一無二性」の構築に向けて
高付加価値化に向けては、地域の「唯一無二性」をどのように構築していくかがカギとなる。平林氏は、そのためには「まず地域が具体的なイメージを持ち、関係者の間で目線を合わせる必要がある」と話す。目指す方向性の合意形成や、地域のアセットの価値評価を含め「ベクトルを合わせる作業には、外部の視点を入れることも重要」との考えを示した。
そのうえで、目指すべきは「ブランド化」だという。圧倒的なブランドに昇華できればその価値は高まり、人々が憧れて体験したいと思うようになるからだ。
ブランドを構築し、認知・評価されるには、時間がかかる。しかし、そのブランド化を目指す過程こそが「地域のコンテンツが進化・深化し、他の地域にはない『唯一無二性』を構築する重要なポイントになる」と話す。
その際、重要な役割を担うのは、地域をよく知るガイドだ。従来のように、コンテンツのストーリーを語るだけではなく、地域の文化や歴史的な背景を軸に様々なコンテンツを束ね、各高付加価値旅行者に沿うようにアレンジをして地域の唯一無二性を語る。地域にとっては何気ない日常を新たな視点でコンテンツ化し、その価値を伝えることが、非常に重要になるという。
地域の唯一無二性を旅行者向けに作り、伝えるガイドの役割が重要になっている
「特別なコンテンツがない」と悩む地域もあるだろう。しかし平林氏は「何もない地域などはない」とし、「価値をどのように届けるか。それによって、どの地域にもチャンスはある」と主張。そのアプローチについて、世界と日本の違いを指摘し、アドバイスした。
例えば、フランスはブランディングの意識が高く、常に既成概念の打破やブランドの力を考えている。一方で、日本は「柔軟性に乏しいのではないか」と考える。「今あるアセットを変えていく意識が低い。需要に対して供給側の意識が追いついていない」と分析する。
EY Japanは未来のツーリズムのトレンドの1つとして「日常のツーリズム化」を提言している。地域の日常は、旅行者にとっては「異日常」。全く新たな価値として、その地域の新しいビジネスの発想になる。地域にビジネスがないのではなく、今ある価値を再定義する。それが高付加価値につながっていく。
そのうえで、平林氏は「重要なことは、単発の体験に終わるのではなく、次につながる価値創造のサイクルに転換できるか」と話す。体験者が地域の価値、あるいは課題を自分ごと化して、次世代に向けて行動を起こすきっかけを持つこと。EY Japanでは、この「自分ごと化」してアクションを起こすプロセスを「リ・ジェネレーション(改新)」と定義しており、この改新こそが、日本の地域の価値を高める高付加価値旅行であると考えている。
人が介在することで、地域のあらゆる資源が高付加価値旅行の対象になる
記事:トラベルボイス企画部