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旅館が生き残るために必要な「泊食分離」を考えた、限界を迎えた「1泊2食付き」のビジネスモデル【コラム】

インバウンドの増加に代表される時代の変化とともに、旅のスタイルも顧客の嗜好も多様化し、宿泊分野でもビジネスモデルの再考が求められています。そのモデルのひとつに、日本の旅館経営が長年にわたって提供してきた「1泊2食付き」というパッケージ形式があります。

夕食と朝食をセットにしたこの形態は、一人当たりの消費単価を上げることができるため、利益確保の手段として多くの旅館で採用されてきました。社員旅行など、国内団体旅行の1泊2日の宿泊客が多勢だった時代のスタイルは、宿泊客の変化についていけていない側面も出てきています。実際に発生している問題を論点に、日本の旅館が未来に生き残るために必要な「泊食分離」について考えます。

「1泊2食付」ビジネスモデルの限界

旅館経営者の中には、今なお「1泊2食でないと利益を確保できない」と考える方が多くいます。旅館の建築コストや人件費、施設維持費などの運営費用を回収するために食事込みにすることで客単価を上げ、収支のバランスを取るというスタイルが長年にわたって成立してきました。もちろん、料理を主体にした旅館や、周辺に飲食店のない地域、団体客への利便性などを考慮すると1泊2食が必須である旅館もあります。

すべてが利益優先という訳ではありませんが、日本国内では「旅館=1泊2食」というイメージが定着しています。しかし、近年、顧客の志向は大きく変わりました。旅先の有名レストランで食べたいと考える人や、ファミレスが良いと考える人、旅先の食事に対する考え方は人それぞれという風潮になりました。特にインバウンド客は、「日本に来たからには、いろいろなものを食べたい」と考え、ラーメン屋や居酒屋なども含めた宿泊地周辺での「グルメプラン」を考えます。

特に2泊以上の連泊になった場合、旅館側は毎日違う料理を食べてもらおうと工夫し、精一杯のアレンジをするものの、インバウンド客にとっては「会席料理は、昨日食べた」ことにしかなりません。彼らには「もう食べたもの」を何度も食べるだけの時間とお腹の余地はないのです。もちろん、この「1泊2食」前提の利用スタイルはインバウンドに対してだけではなく、ワーケーションやデジタルノマドなど、近年生まれた新しい需要や長期滞在にもマッチしていません。旅館の会席料理が嫌いなわけでなくとも、滞在中に連日、会席料理を食べようとは思わないでしょう。

観光庁による訪日外国人の消費動向(2024)によると、訪日前に日本食を食べることは82.2%が「期待している」とこたえた一方で、旅館への宿泊に「期待している」人は18.1%。旅館宿泊に興味はあるが楽しむにはハードルが高いと感じる要素として、「食事に対する不安」を挙げる旅行者も多くいます。

彼らにとって、提供される食材や料理をカスタマイズできないという点も問題です。アレルギー、ヴィーガンやベジタリアン、ハラールやコーシャなどの宗教による制限など、食事の前に確認や依頼が必要な人は多いです。それらに「きちんと対応」できている旅館は、まだまだ限られているというのが現状です。

「きちんと対応」とは、対応できない場合にその理由や代替案の説明ができているかも含みます。「きちんと対応」できていない旅館に泊まりたい場合、結果的に食事なしの旅館しか選べないということになるのです。中には直前になって食事の権利を捨てるというケースもあると聞きます。これでは無駄な支出をする顧客側も、料理を無駄にする旅館側も不幸になることは言うまでもありません。

宿泊税とOTAとの不適合

近年、自治体による宿泊税の導入が増加しています。宿泊税は、基本的に宿泊代金(素泊まり)に基づいて税額が計算されます。1泊2食パッケージで販売している旅館が、食事の料金を明確に分離していない場合、顧客にとっては不利になることもあります。

また、海外OTA(オンライン旅行代理店)との問題も見過ごせません。海外OTAでは「宿泊のみ」「朝食付き」が一般的であり、食事付きで表示される宿泊料金は高額となり、競争力を失う要因となっています。さらに、食事を含めた総額に対して20%前後の販売手数料が課されるため、原価の高い食事部分の利益からも販売手数料を支払わなければなりません。

ビジネスモデルの進化が必要

上記の顧客のニーズの変化と、環境変化を踏まえると、旅館は「宿泊と食事の分離=泊食分離」を明確にし、顧客の自由な選択を可能にする料金体系への転換を進めるべきだという結論になります。

例えば、宿泊は1万円、夕朝食は別途1万円と明記し、セットで予約した場合には宿泊料金を5000円割引するといった「セット割引」方式を導入すれば、透明性を保ちながら顧客を食事付きへ誘導できます。

これまで旅館は、国内の旅行会社の販売方法が1泊2食付を前提としたものであったり、宿泊代金と料理代金を敢えて不明瞭にすることで日々の料金変動を目立たないものにしたりといった、様々な理由で泊食分離を積極的に進めてきませんでした。しかし、ホテルでは一般的になっている稼働率(需要)にあわせた宿泊料金のレベニューマネジメントが社会的に認知されるようになった今、よりわかりやすく料金の内訳を説明できる「泊食分離」は顧客にとってもメリットが大きいと考えられます。

その上で、旅館での食事を求める人への期待に応え、食事をとることを選んでもらうためには、その要望に応える高品質な食体験を提供する努力も必要となります。原材料表示や、日本でどのような意味を持つ料理なのか、ストーリーを含めた料理の説明がなければ、「よく分からないものを食べさせられた」という印象を持たれてしまいます。

ガイドブックには載っていなかった料理を出され、食べてみたら意外な発見があったということがあるべき姿でしょう。それが難しければ、すき焼きなど「わかりやすい料理」を主軸に据えるなどの歩み寄りも必要になります。「食べたい人には最高の料理を、外で食べたい人には自由を。客室は独立してしっかり収益を生む」という考え方こそが、持続可能な旅館経営の鍵となります。

旅館はテーマパーク

旅館に泊まるという行為は、単なる宿泊+料理(+温泉)といったものではなく、インバウンド客にとっては日本文化に浸る「テーマパーク体験」として分類されるものかもしれません。ですから、ホテルのように観光の拠点として長期間滞在することは考えにくいようです。

現実に、東京や大阪のホテルにスーツケースを置いたまま、バックパックで箱根や草津、鬼怒川などの温泉地へ一泊のショートトリップを楽しむ外国人も多く見られるようになりました。これは旅館を「宿泊施設」というよりも「一晩の文化体験施設」として位置付けていると考えられます。裏を返せば、「異文化に浸るには二泊以上はしんどい」という意識の方もいるという表れでもあります。そのような宿泊者に連日の会席料理を必須にするなど、サービスの提供方法が固定化されていては、多様なニーズには応えられません。

ここまでの話は主にインバウンドを引き合いに出しましたが、今後、日本国内の若い世代にも旅館での宿泊体験を広げていくには、この視点が意味を持つと考えています。

宿泊と食事の明確な分離による料金体系の透明化、選択肢の提示による使いやすさの向上。これらの取り組みを通じて、日本の旅館は「誰のために、何を提供しているのか」という原点に立ち返ることができるかもしれません。宿泊業界が最適解を皆で考え、実施することにより旅館文化は世界水準を超えたホスピタリティを目指すことができるはずです。

永山久徳(ながやま ひさのり)

永山久徳(ながやま ひさのり)

ホテルセイリュウ監査役。全旅連青年部長、日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長など歴任。旅館業界の課題解決を数多く手がけ、テレビ出演、オンライン媒体での執筆多数。岡山県倉敷市出身、筑波大学大学院修了。