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万博の特需は通過点、外資系ホテルが大阪の“次の10年”を見据える長期戦略とは?【コラム】

2025年4月に開幕した大阪・関西万博は、会期中に約2800万人の来場を目標に掲げ、開催地の夢洲のみならず大阪市内全体に活気をもたらしています。実際、大阪エリアでは国内宿泊者数と訪日外国人宿泊者数の双方が増加し、ホテルの平均客室単価(ADR)や稼働率の上昇が顕著です。

とくに高級ホテル市場においては、宿泊需要の回復が鮮明です。国内観光客だけでなく、欧米やアジア圏からの富裕層インバウンドも戻りつつあり、ホテル各社はキャンペーンの強化や新施設の開業で対応を急いでいます。

このような状況のなか、注目したいのが外資系ホテルグループの動きです。万博開催を一時的な特需と捉えるのではなく、中長期的な都市戦略に位置づけている視点が見えます。本稿では、代表的な事例としてIHG(インターコンチネンタル・ホテルズ・グループ)とヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスの取り組みを紹介し、外資系ホテルが大阪に何を見ているのかを探ります。

万博を「千載一遇の好機」と見るIHG

現在、IHGは大阪府内で10軒のホテルを7つのブランドで展開しています。これは、同地域における外資系ホテルグループとして最大級のネットワークです。その展開には、明確な戦略意図が見て取れます。

まず注目すべきは、万博に連動した取り組みの数々です。IHGは、英国パビリオンの「サポーティングパートナー」に就任し、会場運営や文化的演出を支援する立場を担っています。英国発祥のグローバルホテルチェーンとして、同国パビリオンとの連携は自然な流れとも言えますが、それを大阪で展開する意義は大きいと感じます。

大阪・関西万博の英国館。IHGがサポーティングパートナーを務めるさらに、IHGの会員プログラム「IHGワンリワーズ」では、5月から大阪限定の宿泊特典キャンペーンを実施しています。対象ホテルに宿泊すると、宿泊ポイントが通常の2倍となるほか、特製グッズがプレゼントされるなど会員の利用を促す仕掛けが用意されています。

加えて、期間限定で“セレブレーションカクテル”の提供も始まっています。英国文化をモチーフにしたオリジナルカクテルを館内バーで楽しめるもので、パビリオンとの連動や異文化体験を演出する工夫が凝らされています。

“万博の先”を見据えた長期視点

これらの一連の動きには、明確な意図がみえます。IHGの日本担当マネージング・ディレクターであるアビジェイ・サンディリア氏は、今回の万博対応について次のように述べています。

「万博が大阪の成長を牽引したことは確かです。そして私たちは、大阪に長期的な価値があると確信しているからこそ、ここに注力しているのです。IR(統合型リゾート)やUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)、関西国際空港の利用拡大など、万博以外にも成長ドライバーは数多く存在します」(サンディリア氏)。

IHGは、1964年の日本進出以来、継続的に投資を続けてきました。現在も「2030年にインバウンド旅行者6000万人」という日本政府の目標を支持し、その達成に貢献する姿勢を明確にしています。サンディリア氏は、「我々が大阪に注力するのは万博のためだけではありません。万博後の成長ポテンシャルに期待しているのです」と強調します。

つまり、IHGは大阪を“イベント都市”としてではなく、“成長都市”として評価しており、今回の取り組みもその一環という位置づけなのです。

ヒルトンは最上級ブランドで万博需要に応える

もう一つの注目すべき事例が、ヒルトンによるウォルドーフ・アストリア大阪の開業です。2025年4月、大阪駅前の再開発地区「グラングリーン大阪」に登場したこのホテルは、ヒルトンの最上級ブランドであり、日本では初進出となります。

ウォルドーフ・アストリア大阪のラウンジ&バー「ピーコック・アレー(Peacock Alley)」

総支配人のアンドリュー・ムーア氏は、「大阪は都会の隠れ家であり、日本の伝統と世界をつなぐゲートウェイ」と語ります。同ホテルは、「ローカライズされた洗練」「自然体の贅沢」「超接続性」という3つのコンセプトを掲げ、五感に訴えるラグジュアリー体験を提供しています。

客室はすべて50平米以上。アールデコと和の要素を融合させた内装、クジャクをモチーフにしたアートワーク、地元産スナックが並ぶミニバーなど、随所に“大阪らしさ”と“世界基準”が共存しています。予約時点からゲストの好みに合わせた枕や温度設定を調整するなど、パーソナライズされた対応も徹底されています。

また、富裕層のニーズに応えるアクティビティも豊富です。たとえば、刀鍛冶の工房やウイスキー蒸留所へのプライベート訪問、市内を巡る高級車「メルセデス・マイバッハ」での送迎など、他ではなかなか得られない“特別な体験”を重視しています。

ムーア氏は、「万博は大阪が世界に注目される大きなショーケースであり、ラグジュアリーブランドにとって最高の機会です」と語ります。ホテル内では、万博期間中に商談会やイベントが開催される予定で、観光需要だけでなくビジネス面にも力を入れています。

ウォルドーフ・アストリア大阪を訪れる世界中のVIP客は、来年以降も同ホテルを選ぶ可能性が高いでしょう。国際会議や各国首脳外交など、東京であれば御三家(帝国、オークラ、ニューオータニ)など国内資本のホテルがもっぱら引き受けてきたこのマーケットを、関西エリアではウォルドーフ・アストリア大阪を始めとした外資系の最高級ラグジュアリーホテルが独占していく可能性がありそうです。ムーア氏もすでに万博後を見据えた戦略を練っています。

万博は通過点、外資系ホテルは未来を見ている

このように、大阪・関西万博は、外資系ホテルにとってイベントによる一過的な宿泊需要の増加にとどまりません。将来に向けた投資の起点となる存在なのです。

IHGは、会員プログラムや国際的パートナーシップを活用し、万博を軸にしたグローバル戦略を展開しています。一方、ヒルトンは最上級ブランドであるウォルドーフ・アストリアを大阪に投入し、富裕層をターゲットとした高付加価値市場の開拓を進めています。

両社に共通しているのは、「万博は通過点にすぎない」という視点です。万博によって得られる知名度向上や地域との結びつきを、将来のビジネス展開につなげようとしているのです。

外資系ホテルが注視しているのは、ポスト万博の大阪です。リニア中央新幹線の延伸、夢洲再開発、IR開業など、未来の成長可能性をにらみながら、今このタイミングで布石を打っているのです。

観光の表舞台では華やかなイベントが続く一方で、その裏側では着実に“次の10年”に向けた戦略が動き出しています。外資系ホテルの視線の先にあるのは、短期の混雑や売り上げではなく、大阪という都市そのものの価値をどう高め、ともに成長していけるかという命題です。

山川清弘(やまかわ きよひろ)

山川清弘(やまかわ きよひろ)

東洋経済新報社編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業。東洋経済で記者としてエンタテインメント、放送、銀行、旅行・ホテルなどを担当。「会社四季報」副編集長などを経て、現在は「会社四季報オンライン」編集部。著書に「1泊10万円でも泊まりたい ラグジュアリーホテル 至高の非日常」(東洋経済)、「ホテル御三家」(幻冬舎新書)など。