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HIS矢田社長に「攻めの経営」戦略を聞いてきた、成長への打ち手から、AI活用の手法、投資方針まで

創業50周年を迎える2030年に向け、「挑戦心あふれ 世界をつなぎ 選ばれる企業に Change & Create」をビジョンに掲げるエイチ・アイ・エス(HIS)。HIS代表取締役社長の矢田素史氏は、トラベルボイスのインタビューに応じ、現在の中期経営計画(2024~2026年10月期)の最終年度である2026年から前倒しして「新中計0(ゼロ)年度」の助走期間を設ける意向を明らかにした。

背景にあるのは、急激かつ加速度的に進むAIなどデジタル技術の進化、新しい時代に向けた事業領域の深化と広がりといった環境変化だ。「創業の原点である『挑戦心』を軸に、変化の激しい時代において、大胆な発想と柔軟・機敏な実行をもって戦略を構築する」と語る矢田氏に、成長に向けた打ち手から投資への考え方、将来展望までを聞いてきた。

成熟期に入ったビジネスモデルを改革

2025年10月期第2四半期の連結中間決算(2024年11月~2025年4月)は、売上高が前期比12.7%増の1813億1300万円、営業利益が同21.6%増の67億2100万円と、増収増益を達成したHIS。矢田氏は「ほぼ計画値に着地し、2025年7月までの第3四半期も手ごたえがある」と評価する。一方で、主力である海外旅行需要の回復の遅れ、国際線の復便が東京、大阪に集中し地方が苦戦していることに言及。「世界に比べ、日本の旅行市場は不安定だが、これをむしろ成長余地としてとらえ、成熟期に入ったビジネスモデルを改革していく」との考えを示す。

旅行事業では、個人旅行、法人営業、訪日旅行、商品仕入、各地区本部を統括する組織として「HIS JAPAN」を2024年11月に立ち上げ、権限移譲によって経営資源を迅速に最適配分、地方営業も強化する体制を整えている。一方で、「主要旅行会社の中で一定のシェアはあるが、OTAや直販が主流になりつつある」と冷静に現状分析し、商品のオリジナリティ、国内外の店舗網、社員の人的資本を強みに挙げる。

AIと人財力を掛け合わせる

モデル改革のための打ち手の1つが、AIへの取り組みだ。「労働集約型から資本集約型ビジネスに変革するためには、AIが不可欠。現在の中期経営計画(中計)は、2023年冬に策定したが、この1年半でも環境は大きく変わった。旅行業界は国内外問わずプレイヤーが入れ替わる可能性が高く、デジタル技術、特にAIを活用できない会社は取り残される。中計の3期目にあたる2026年は、経営課題としてAIの急速な進化を踏まえたバージョン2、『新中計0年度』を2027年以降に先駆けてアップデートしたい」と語る。

AIは事業モデル、業務の改革ともに活用する方針だが、主軸の旅行商品についても「リアル、すなわち人・文化・土地に出会うこと、時間と空間を共有することの価値は本質的に変わらず、パーソナライズされたサステナブルな旅行を提供するためには、テクノロジーで補強することがさらなる価値になる。そのためにはAIと人財力を掛け合わせ、情報の内容と接触のタイミングを無駄なく最適化することが望ましい」と語る。

営業の基盤である拠点数は、日本国内に148拠点、海外57カ国110都市143(2025年6月時点)拠点。コロナ前に比べて減らしたが、2024年に旗艦店「トラベルワンダーランド新宿」をリニューアル、2025年に関西地区最大店舗「ヨーロッパ・中近東・アフリカ専門店」をオープンするなど、「融合しながら、店舗でしかできない価値の提供を模索し続ける」(矢田氏)。

投資はテクノロジーとM&Aの2本柱

投資については、AIとデジタル活用基盤の組み合わせ、営業形態や組織単位でサイロ化しているシステムから全社横断的な機能共通化システムへの移行など、テクノロジーへの分配を加速する。一方で、グローバル視野での投資展開にも積極的だ。

グローバルの業務効率化では、マニラなど3カ所にシェアード・サービス・センター(SSC)を設立し、各国法人の予約手配や経理業務を集約。現在、世界20拠点、HIS本社6部署、グループ企業1社の業務をすでに移管しており、矢田氏は「各国で異なるオペレーション業務の標準化・平準化をおこない、効率化を図るとともに、グループ内で億単位のコスト削減を実現できた」と自信をみせる。収益性の向上はもとより、HISの旅行商材をグローバルに展開する基盤づくりを目指すねらいがある。

投資方針については、テクノロジー関連とともに、M&Aやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)による新規事業へのスピーディーな参入を柱に据える。成功事例として挙げるのがMerit、Jonview、Red Labelなどカナダの旅行関連企業の取り込み。旅行会社にとって第3国間の需要獲得が重要になっていることが背景にあり、矢田氏は「M&Aで取得したカナダの旅行会社やヨーロッパのミキなど、ローカルマーケットに強いパートナーとの連携を今後も促進していく」と語る。その一方で「HISには、たった1人で中南米に乗り込んで現地で店舗を起こすようなバイタリティあふれる人財がたくさんいる。グローバル展開では、そんな広範な海外ネットワークも我々の強みだ」と力を込める。

経営戦略を語るHIS代表取締役社長の矢田素史氏

旅行、旅行関連、非旅行の3区分を議論

また、HISは、2030年までに旅行と旅行関連・非旅行の利益構造を1対1とする計画も打ち出している。中間決算でも営業利益をけん引したホテル事業をはじめとする旅行関連、また非旅行は「CVCも通じて将来性、マネタイズを勘案しながら積極的、迅速に進める」(矢田氏)考え。旅行関連と非旅行では、100棟構想を掲げるホテル事業を含む着地ビジネス、地方創生、MICE、カナダでは語学をはじめ医療福祉分野の進出も目指す教育事業、飲食、日本ブランドの海外進出支援などに将来性があるとみて着目している。

もっとも旅行、旅行関連、非旅行の3区分については「AIの変化と同じく、深化が著しいことから、それぞれの領域や強み、アプローチを見直すことも含め、『新中計0年度』に向けて今まさに議論している段階」と明らかにした。

ガバナンスを強固に、攻めの経営

コロナ禍以降に発生した、子会社によるGoToトラベル事業における不正受給、雇用調整助成金の不適切受給は組織の一部の歪みを露呈し、より強力なガバナンス体制の構築、より厳しいコンプライアンス遵守を進める契機となった。

矢田氏は、「ガバナンス、コンプライアンスは、すべての事業、お客様、ステークホルダーとのかかわりにおける“入場券”であると社員に話している。しっかり守りつつ、HISの原点である冒険と挑戦への思いを常に抱き、攻めの経営ができているかを問いかけるようにしている」と語る。

今後10年を見据えたHISのありたい姿について、「人の移動による体験価値の増大と訪問国の繁栄という旅行ビジネスの意義は、ぶれることはない。旅行事業においてグローバルでの存在感を高めるとともに、人財、DXへの投資により新規事業を立ち上げ、多様な事業ポートフォリオによって収益基盤を確立していく。お客様から最優先で選択してもらえる会社を目指したい」と矢田氏。「未来のHISがどうありたいか」をテーマに、年齢や役職を問わず手を挙げたスタッフと経営陣が集まり、新たな提案をおこなう場「ミライジカン」も立ち上げ、具体的な行動につなげるために試行錯誤している。

多面的に事業を進める一方で、やはり日本の海外旅行需要の回復の遅れには強い危機感を抱いている。「日本は6人に1人しか海外旅行に行かず(2019年)、6人に1人しかパスポートを持っていない(2025年)。日本は本当に素晴らしい国だが、世界196の国・地域にはそれぞれの地理、歴史、文化があり、経験することでより強くなっていく」と考えている。

そして、観光産業に関わるトラベルボイス読者に向けて「業界を挙げてインバウンドとアウトバウンドのバランスが取れたインタラクティブな国際交流を促進していくことこそが世界の平和に貢献する。この業界に身をおいていることが誇りに思える未来をつくっていこう」と呼びかけた。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:野間麻衣子