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大学生が海外の地域コミュニティ滞在で学んだ環境適応力とは? ツーリズムの学びを社会につなぐ【コラム】

国学院大学観光まちづくり学部の井門です。 

2025年8月、大学3年生のゼミ生とともに2週間、カンボジアとタイをめぐってきました。研究テーマである「コミュニティ・ベースド・ツーリズム(community based tourism)」に取り組むため、都市ではなく先住民族の暮らす地域を訪ねました。今回は、その目的や学生の反応を紹介したいと思います。

※写真:学生たちがカンボジアで宿泊したロッジ「River Kwai Jungle Rafts」(筆者撮影) 

私のゼミでは「コミュニティ・ベースド・ツーリズム」をテーマに掲げ、離島や海外にも視野を広げてフィールドワークを実践しています。コミュニティが失われると社会にどのような影響が生じるのか。答えのない問題に対して仮説をたて、検証を続けることが学生のミッションです。フィールドワークから、観光の未来に向けた課題と解決策が見えてきます。 

まず、企業や組織の皆様にお尋ねします。

新卒の大学生は、組織にしっかり適応できているでしょうか。もし問題なく適応できているなら安心ですが、長年解決されない課題として「社会的レリバンス(大学と社会との接続)」があります。大学教育で課題解決力などの認知的能力は育成されていても、社会で必要な主体性や対人基礎力といった汎用的能力は十分に養成されていないという問題です。そのため、企業側は採用活動を前倒しし、人材評価に多くの時間を割かざるを得ません。

ところが逆説的に、汎用的能力を育む最後のチャンスである大学3年の夏に、学生はインターンシップに参加しなければならないという不安を抱きます。しかし、抽選に漏れてしまうと「何もしない夏」になりかねません。私は、能力の過信や要領の良さだけで社会に出るのではなく、海外経験を通じて環境適応力を磨き、社会へ踏み出すべきだと伝えています。

社会人基礎力を伸ばす夏

井門ゼミの3年生の夏は過酷です。海外渡航に向けた事前学習や準備はもちろん、8月前半には国内で2週間、地域活動に参加します。社会人基礎力テストで自らの弱みを把握し、親和性や忍耐力など強みは発揮できても、主体性や統率力、世代を超えた対話力など自らの弱みを発揮できないことに気づきます。電話応対や自分から会話を始めることが苦手なまま社会に出てしまうような現状を克服するためです。その後、8月後半にはいよいよ海外渡航が始まります。

海外でつける第一の力は、環境適応力。そして、主体性と外国人とのコミュニケーション力です。

行き先は、学生が選べば、韓国や台湾になるでしょう。しかし、ゼミではあえて「自分では選ばない地」へ向かいます。それがカンボジアです。そして、研究テーマである「コミュニティ・ベースド・ツーリズム」に取り組むため、都市ではなく先住民族の暮らす地域を訪ねました。

ゼミでの研究は、「経験したことのない未知の分野で得た疑問をもとに問題意識を持ち、仮説を立て、その背景や理由を実践や検証を通じて探り、結論を導く」こととしています。未知の分野が多すぎる日本の若者にとって、海外旅行は必修化したいくらいです

例えば、海外では一人旅をする日本人が多いことに気づきます。その理由について、学生たちは「行きたいところが違う」「都合が合わない」など、自らの立場で想像しますが、調査結果をみると「現実から逃避したい」という大人の本音も見えてきます。すると、人口が減ってもストレスが増えれば、新しい観光需要が生まれるのではないか、という仮説がでてきます。しかし、それをあえて否定する検証を行います。どうすればストレスを減らせる社会を作ることができるか。その結果のひとつが、学生時代にストレスマネジメントをしておくこと。その実践がこの活動の目的でもあるのです。

カンボジアでの環境適応力養成

学生は、どんな発見をするのか楽しみに、プノンペン経由でカンボジア中部のコンポントム州に住む先住民族クイ民族の村に向かいました。学生にとって最初のストレスは、何ごとも予定通りにはいかないこと。予定にはなかった高床式の集会所に集められ、歓迎の儀式がおこなわれました。来客は幸運をもたらすと信じる人々に契りの糸を腕に巻いてもらい、神に捧げた肉や野菜が調理され、夕食となりました。

どうしても初めての味を受け付けない学生が出るのは毎年のことです。環境適応力も事前の社会人基礎力テストで想定できます。「がんばれ、乗り越えろ」と願いつつも、学生たちは空腹が勝り、食事をたいらげました。

歓迎の儀式の様子(筆者撮影)

次の課題はトイレです。集会所にはトイレがなく、クメール語しか通じません。「ボットゥク」というトイレを意味する単語を頼りに、漆黒の闇の中、300メートル離れた家までトラクターで連れていってもらいます。庭に立つトタンで囲まれた小屋がトイレであることに驚きつつ、適応しないと生きていけないと痛感したところで、何人かに分かれてホームステイが始まります。

クイのトイレと水瓶(筆者撮影)

ホームステイの難所はシャワーです。事前に理解はしていても、庭の甕に溜まった灰色の雨水をひしゃくですくい体にかけるのは大きな試練です。女子学生は、体にタオルを巻き、最初は足だけを洗い、頭は洗わないことも多かったそうです。男子学生は、裸になり冷水を体にかけ合い、私も率先して頭を洗い、さっぱりして高床ハウスで休みました。

翌日以後は、未明から鶏や鳥の鳴き声に起こされ、湿地で足にまとわりつくヒルに悩みながら釣りをしたり、素手で巣を採るはちみつ取りをしたり、ワイルドなコミュニティワークを体験しました。

クイ・コミュニティでは、物理的近代化を望んではいません。森に宿る神を守り、自然の循環を大切にしながら生活することが彼らの生き方なのです。最後に広場に集まり、英語のできる先生を通訳として輪になり感想を述べ合いました。「何でも食べてくれた」、「一緒に活動してくれた」という地元の声に対し、学生たちも「貴重な体験だった」と感想を語り合い、皆が笑顔になって短い滞在に別れを告げました。

日本と全く違う生活を通じて、学生たちはどれだけのことを発見したことでしょう。こうして、コミュニティ・ベースド・ツーリズムが成立・継続するとともに 、学生も一歩成長していきます。

カンボジアクイコミュニティで最後に行った意見交換会(筆者撮影)

タイでの新しい発見

次に訪れたのは、タイ・カンチャナブリー県です。「戦場にかける橋」で知られるクウェー河にかかる泰緬鉄道の橋から旅は始まります。

最初に訪れたのは、第二次世界大戦で捕虜となり過酷な鉄道敷設作業を強いられた英豪人の墓地。そして、「Death Railway」と称される鉄道に乗ります。ぎしぎしと頼りない木造の橋梁を走ることからこの名がついたのではなく、敷設の最大難所だった峠にオーストラリア政府が造ったHell Fire Pass記念館でその由来を知ります。旧日本軍の行為が、この地を戦場とした教科書にはない史実を学生たちは時間をかけて学びました。

その後、スコールの中を峠からジャングルに分け入り、電気の通らないモン民族伝統の水上家屋を改装したロッジ「River Kwai Jungle Rafts」が当日の宿です。真っ暗な川の上に滞在するのも、皆、もちろん初めてです。

伝統の水上家屋を改装したロッジ「River Kwai Jungle Rafts」(筆者撮影)

夜、バーで飲んでいると皆も寄ってきました。この頃になると日本とは全く違う生活様式や先住民族の存在にも慣れ、真っ暗闇を生かしたバースデーサプライズもおこなわれました。モン民族の伝統舞踊も鑑賞しながら楽しく過ごしました。

タイは宿泊業や飲食業の多様性の宝庫です。学生たちは、アジア有数の「観光王国」を存分に学び、旅を終えました。これから彼らの就職活動が始まります。ツーリズムに目覚めた彼らの将来を支え、見届けるのが楽しみです。

井門隆夫(いかど たかお)

井門隆夫(いかど たかお)

国学院大学観光まちづくり学部教授。旅行業、シンクタンクで25年勤務し、関西国際大学、高崎経済大学を経て2022年から現職。専門分野は宿泊産業論、観光マーケティング。文教大学や立教大学を含め、20期以上のゼミ生を各地でのインターンシップや国内外でのフィールドワークで育成。観光を通じて社会変革をもたらすことが目標。