
この夏、日本各地で40度を超える猛暑日が相次ぎ、観光のあり方に大きな変化が見えました。かつて夏は観光業界にとって最も稼ぎ時でしたが、暑さによって人々は「外を避ける」行動を取るようになり、屋外施設は集客に苦戦する一方で、映画館やショッピングセンターといった涼しい屋内施設がにぎわいました。京都でも史上初めて40度を記録し、海外でも報じられるなど、日本の酷暑は世界でもよく知られるようになりました。
「日中の外出は命の危険がある」と警告されるようになった日本の夏、観光産業は従来の夏の稼ぎ方を根本から見直す必要があります。本コラムでは、猛暑の夏に広がりつつある夜型観光の可能性や、宿泊施設に求められる新しい工夫を考察し、「酷暑時代」における観光の持続的なあり方を探ります。
夜型観光の広がりと可能性
酷暑によって、夏季における寺の法要、高校野球、地域イベントに至るまで、開始時刻を夕方以降へ移す例が増えてきています。昼のピークを避け、夕方から夜にかけての活動を増やせば、熱中症リスクを抑えつつ、人々の活動を促すことができます。実際、大阪・関西万博でも夕方以降入場できる夜間パスが人気を集めました。気温が下がる時間帯は移動や行列の負担が軽いのはもちろん、照明や屋外ショーの映像演出が映えるというメリットもあるからです。
夜型観光の事例は、すでに多くあります。動物園や水族館での夜間営業、屋形船、星空観賞会やプロジェクションマッピング、ナイトパレードなどは年々存在感を増しています。海外でも、台湾やタイの夜市、シンガポールのナイトサファリ、ヨーロッパ各都市でおこなわれている「白夜祭」など、数多くの夜の時間帯を楽しめる観光が存在しています。これらの共通点は、単に営業時間を後ろ倒しするのではなく、夜ならではの魅力を最大化する仕掛け、コンテンツ設計をしている点にあります。
宿泊施設に求められる酷暑時代の工夫
では、旅館やホテルなど宿泊施設はどう対処すべきでしょうか。この夏、「お盆の予約が例年よりも低調だった」との声が聞かれました。夏の過ごし方が変化しつつある中、宿泊施設も従来通りの応対では「酷暑時代」を乗り切ることは難しいと感じます。
例えば、前述のとおりイベントが徐々に夜型にシフトしているのに、旅館やホテルの夕食時間が他の季節と同じく18時から20時などに固定されていたのでは、観光を途中で切り上げて明るいうちに夕食を済ませるしかなくなります。そして、ルームサービスが22時まで、温泉の入浴時間は23時までなどという設定では、せっかく活動的になる夜を活かしきれません。
1泊2食付きのプランを選んでしまったために、せっかくの夕涼みや夕暮れの時間帯の観光やイベントを諦めざるを得ない状況としてしまうのは宿泊施設として避けたいところです。すでに夏季や繁忙期に夜遅めの夕食時間も設定し、二部制とするなどの運用をおこなう旅館、ホテルもあります。そうした先行している事例を参考にするとよいでしょう。
夏は、食事提供時間の後ろ倒しや館内サービス時間帯の変更 、夜市や星空観賞会といった体験を組み合わせることで、宿泊客の満足度を高めつつ付帯収益を伸ばす余地があるでしょう。こうした工夫は、夏の暑さを避ける旅行者だけではなく、これまで仕事や外出で旅館やホテルを堪能できる時間帯に間に合わず、顧客として取り込めていなかった層にも響く可能性があります。新たなビジネスチャンスに繋がるかもしれません。
また、温泉や大浴場の利用スタイルにも変化が見られます。かつて、夏の温泉は冬のように体を温める目的ではなく、汗を流し、身体をさっぱりさせることに主眼が置かれていました。夏にクーラーの中で過ごす時間が多くなった昨今は、発汗機能を回復させ、健康維持の目的で注目されています。炎天下でのスポーツ、海水浴などが避けられる分、健康維持のための温泉やインドアプールへの期待が集まっています。
このほかにも、酷暑によって地域で収穫される野菜、果物の収穫量や品質が変化するなど、提供する食事でも改革が必要になっています。対応すべきことは数多くありますが、そのポイントを押さえつつ、旅館のサービス内容を調整することで 施設と利用者の双方にメリットをもたらすことでしょう。
夏は、依然として帰省や休暇を利用した旅行で全国がにぎわう交流の季節です。花火や夏祭り、海水浴など、夏ならではの風物詩やアクティビティは数多くあります。酷暑の影響で、そのカタチは変わりつつありますが、交流の拠点として宿泊施設が工夫を重ねることで、来年も夏ならではの賑わいが生み出されることを期待しています。

永山久徳(ながやま ひさのり)
ホテルセイリュウ監査役。全旅連青年部長、日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長など歴任。旅館業界の課題解決を数多く手がけ、テレビ出演、オンライン媒体での執筆多数。岡山県倉敷市出身、筑波大学大学院修了。