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富裕層だらけの中東からの訪日インバウンド客、地方誘客とリピーター創出の段階へ、日本政府観光局の取り組みを聞いてきた

日本政府観光局(JNTO)が2021年11月にドバイ事務所を開設してから約4年。中東からの訪日客が順調に伸びている。GCC加盟6カ国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、カタール、クウェート)からの訪日客は、2023年の約3万3000人から2024年は約4万5000人に増加。2025年上半期(1~6月)では、すでに2万5000人を超えた。JNTOの誘致施策もフェーズ1からフェーズ2に移行し、同地域からの訪日客のさらなる上積みと地方誘客を目指している。「中東では、今、日本ブームが来ている」と話す同局ドバイ事務所所長の小林大祐氏に、その動向を聞いてきた。

BtoBコネクションの構築で成果

小林氏は、中東の海外旅行トレンドについて、「コロナ後、新しい旅行先に目を向けられるようになってきた」と話す。日本も、そのひとつの旅先として浮上してきたという。その理由として、伝統、食、アニメなど日本文化への興味や欧州以外の旅先への関心の高まりに加えて、ドバイ、大阪と続いた万博が、次回2030年にサウジアラビアで開催されることも要因と分析している。

JNTOドバイ事務所では、事務所開設からフェーズ1として、BtoCではアラビア語による情報発信や消費者向けイベントを展開するとともに、BtoBでは現地ステークホルダーと日本の旅行会社、DMC、ホテルなどの事業者とのコネクション構築に注力。現地の需要を増やしながら、日本側の受け入れプレイヤーを増やしていく取り組みを進めてきた。小林氏は「中東から日本への人流が一気通貫で流れる構造を整えることに努めてきた」と振り返る。

現状、中東からの訪日客は、ほぼ富裕層。JNTOが高付加価値旅行者として定義する消費額100万円以上に限定すると、中東は、米国、中国に次いで第3位。人口比率から見ると、富裕層旅行者の割合は高く、さらに、滞在期間も10日間から2週間と長いことから、1人当たりの消費単価の平均は約160万円にのぼっているという。

中東の富裕層は家族旅行を好み、その旅行形態は、既成のパッケージ商品への参加ではなく、現地の旅行会社に要望をリクエストしてオーダーメイドで旅程を組み立てる場合が多い。ただ、現地の旅行会社は日本についての知識も情報も乏しいため、日本のDMCや旅行会社に顧客のリクエストを丸投げするケースが多い。現場では、その時々に最善の旅行体験を求める傾向があり、その要望に応える臨機応変な対応も求められる。ドバイ事務所ではこれまで、日本の受け入れ側に対して、その独特の流通構造の理解周知を広める取り組みを進めてきた。

小林氏は、その取り組みの成果として、「中東を戦略的に取り扱うDMCや旅行会社など日本のプレイヤーも増えつつある。昨年あたりから中東に参入する大手旅行会社も出てきた」と手応えを示す。一方で、需要の拡大に受け入れが追いついていないこともあり、「まだまだ中東ビジネスの伸び代は大きい」と強調した。

日本サイドの中東への関心も高まってきた。中東最大のBtoB旅行商談会「Arabian Travel Mart(ATM)」への出展企業も増加。2022年はJNTO単独での出展だったが、2025年は20団体が共同出展。商談件数は5599件にも及んだ。今年は旅行会社やDMCに加えて、JALとANAのビジネスジェット運用会社も出展。中東の富裕層をターゲットにする戦略が伺えたという。

中東からの旅行者はホテルでの滞在にもこだわりを持つ傾向があることから、今後はグローバルチェーンだけでなく日本のホテル事業者とのコネクション作りも支援していく考えだ。

中東の潜在性を強調するJNTOドバイ事務所の小林所長。フェーズ2では地域のDMOとの関係強化も

順調に伸びる訪日需要。ドバイ事務所では、今後、フェーズ2として、その需要の上積みに加えて、リピーターの創出と地方誘客を進めていく。小林氏は「現在は、ゴールデンルートが中心で地方の認知度はほぼゼロに近い。それだけに、どの地方にも可能性がある」と話す。

具体的な取り組みとして、グリーンシーズンの訪日客を増やしたい北海道との連携で、今年7月には北海道にインフルエンサーを招聘した。中東の旅行者の間では、砂漠とは異なる緑豊かな自然に憧れがあり、夏のスイスなども人気が高い。そのため、北海道への期待は大きく、大きな手ごたえがあったという。小林氏は「日本側のプロダクトアウトと中東側のマーケットインのアプローチがうまくマッチした」と評価し、将来の送客拡大を見据える。

また、今後は観光庁が選定する「高付加価値なインバウンド観光地づくりモデル観光地」でも、地方誘客に向けた取り組みを仕掛けて行きたい考えだ。そのためには、小林氏は「DMCや旅行会社だけでなく、中東旅行者の受け入れに向けて地域のDMOとの関係構築も大切になってくる」との考えを示す。

地方誘客とリピーター創出は同じ方向性の取り組みになる。ドバイ事務所では、ゴールデンルートの次の旅先として、夏の北海道のほか、秋の瀬戸内などテーマを切り分けて情報発信を進めていく考え。そのうえで、小林氏は「SNSでのエンゲージメントを見ながら、どの地域でどの切り口で発信していけば、刺さるのか見極めていきたい」と話す。

さらに、リピーターになると、欧米豪からの旅行者のように日本の歴史や文化への知的好奇心を旅行に求める傾向も強まると予想されることから、その切り口でも訴求を強めていく考えだ。日本のキラーコンテンツである食についても、現地で人気が高まっているため、訪日の動機づけになり得るという。イスラムの人々は、食に対してはハラール認証など厳格なイメージがあるが、「豚とアルコールを除けば、柔軟なところもある」と小林氏。商品造成の過程で、食や礼拝などの習慣の違いはコミュニケーションで解消できると話す。

小林氏は、欧州の例を見ても、「中東の人々には、同じ旅先をリピートする国民性がある。一度、日本に連れてくれば、その後の回転(リピーター化)は早いと思う」と話す。そのうえで、最初の家族旅行から2回目には友人同士などの個人旅行に変化し、それとともに現在のオーダーメイド型の商品造成も変化していく可能性があると付け加えた。

中東は先行者メリットがとれる市場

小林氏によると、石油依存の経済構造から脱却し、観光産業の開発に力を入れる中東では、急速にインバウンド旅行者を拡大している日本を成功事例として見ており、また、近代化を進めながら豊かな自然を守っている日本人の姿勢に対して関心が高い。日本の家族観にも親和性を感じていることから、「日本はアジアでは特別な存在」になっているという。

中東は、観光事業者にとって難しい市場というイメージがまだあるのは事実だ。中東には「インシャアッラー」という常套句がある。「神のみぞ知る」という意味で、将来の不確定なものに対して、すでに神様に決められているという教えとして浸透しているという。見積もりやリスク回避など商品造成の難しさも、その観念に根ざすところがあるが、小林氏は「いかに柔軟に機動的に対応していけるかが、参入の鍵となる」と話す。

一方で、富裕層の潜在需要では魅力的な市場だ。フェーズ2に向けて、「まだ競争環境は成熟していない。そういう意味では、先行者メリットが大きくとれる市場」と小林氏。そのうえで、「関心のある事業者や地域とは全力で一緒に汗をかいていきたい」と話し、中東市場拡大に向けてサポートを惜しまない考えを示した。