
ブッキング・ホールディングスのグレン・フォーゲルCEO兼社長は、旅行とテクノロジーが交わる現在を「25年前のドットコム時代を想起させる転換点」と表現した。観光産業ニュース「スキフト(Skift)」が主催する国際カンファレンス「スキフト・グローバルフォーラム」で、その創業者ラファット・アリCEOとの対談時に述べたものだ。
フォーゲル氏は「これは間違いなく、旅行とテクノロジーにとって最もエキサイティングな時期のひとつ」と強調し、AIの活用が旅行の複雑さを軽減していくと見通した。
フォーゲル氏は、自身が1999年にプライスライン・ドットコム(現ブッキングHD)に参画した際の経験を回想。当時の株価急落から現在の回復までを引き合いに出し、「良い企業であれば、バブルを経ても成長し続けられる」と指摘。そのうえでAIについても「一部の企業は淘汰されるだろうが、確実に社会を変革する技術になる」との見方を示した。
エージェンティックAIと、“つながる旅”「コネクテッドトリップ」
対談の中心となったテーマのひとつが、AI時代における旅行体験の変化。フォーゲル氏は、従来のAIトリッププランナーを超える「エージェンティックAI」について「家族や友人が異なる出発地から集合するような複雑な旅程を自動的に調整できるようになる」と解説。かつての有人旅行会社のように、利用者の要望に合わせて最適な提案を返す仕組みを再現するねらいがあるという。
また、ブッキングHDが推進する「コネクテッドトリップ」構想にも言及し、「旅行には予期せぬトラブルがつきものだが、AIを組み込んだプラットフォームが自動で代替案を提示することで、ストレスのない旅を実現できる」と述べた。具体的には、フライト遅延に合わせてレンタカーの予約を変更し、レストランの予約まで再調整するといった一連の流れを自動化する構想を明らかにした。
フォーゲル氏は「旅行者とサプライヤー双方にメリットを提供できる仕組みこそが、競争力の源泉になる」とし、マーケティングの効率化や付加価値の高い顧客体験の提供をAIで実現していく考えを示した。
最初の提示金額が最終的な支払い額と一致することが重要
対談では競争環境や規制への対応にも議論が及んだ。フォーゲル氏は「毎日がクリック単位の競争だ」と表現し、グーグルをはじめとする巨大IT企業や生成AIによる旅行検索の変化が既存のOTAに大きな影響を与えている現状を率直に語った。
一方で、価格表示の透明性に関しては「最初に提示される金額が最終的な支払い額と一致することが重要」と述べ、リゾートフィーの廃止など一部OTAが採用する方針についても肯定的な見解を示した。規制の強化については「市場全体にプラスに働く場合がある」と語り、業界全体での公平性を担保することの意義を認めた。
ブッキング・ホールディングスのグレン・フォーゲルCEO兼社長
B2B事業再編と米国市場戦略
さらにフォーゲル氏は、ブッキングHDが注力するB2B事業についても語った。これまで複数のブランドに分散していたB2B部門を再編し、パートナー企業への提供価値を最大化する取り組みを進めている。「パートナーが求めるものを一元的に提供できる体制にすることで、より効率的な事業展開を実現する」と説明した。
また、米国市場での成長戦略については「ブッキングドットコムは米国市場にゼロから参入したが、パンデミック後にはシェアを大きく伸ばすことができた」と自信を示した。同社は欧州での強固な基盤を持ちながら、北米市場でもフライト販売や宿泊予約を拡大し、グローバル規模での競争力を高めている。
フォーゲル氏は「旅行ビジネスにはまだ大きな成長余地がある」と総括し、AI活用、規制適応、パートナーシップ強化を軸に、旅行産業の次の時代を切り拓いていく決意を示した。
※編集部注:AIを活用した「エージェント」という言葉は、英語(Agentic AI、AI Agent)でも、日本語(エージェント型AI、AIエージェント)でも、まだ用語定義が定まっていません。現時点で確立されていない新用語のため、表現に揺れが生じます。
取材・執筆 鶴本浩司