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高市新政権の「観光」の位置づけは? 成長戦略の中で「観光」が果たすべき役割を考察【コラム】

日本観光振興協会 最明 仁です。

2025年11月4日、官邸で日本成長戦略会議が開催されました。ここで高市政権の成長戦略に対する考え方、どの分野に重点的に取り組むのかが披露されましたが、驚いたことに「観光」「地方創生」というワードが一切登場しませんでした。

最初は見落としかと思い、3度読み返しましたが、やはりありません。政権交代によって、大きな方針変更はあるにせよ、「観光」は政権が変わっても日本の基幹産業とするために引き続き重要項目として引き継がれると思っていただけに、驚きと同時に落胆しました。

業界団体の幹部の中には、「観光は既に基幹産業として自律して成長できるフェーズに入ったとみなされたのではないか」とおっしゃる人もいます。しかし、コロナ禍で脆弱さが露呈した観光産業が、「成長戦略の要」、「地方創生の切り札」と言われながらも、ハシゴを外されかねないリスクを抱えることになります。

※写真:修学旅行は経済成長に向けた人材育成の基礎にもなる(沖縄・首里城で筆者撮影)

組織名から「観光」が消えた過去

1993年、運輸省(当時)の組織改正で、部局の組織図から「観光」の文字が消えたことがありました。観光部は運輸政策局に統合され、「国際運輸・観光課」と課のレベルに格下げされました。観光行政が独立した政策分野ではなく、国際交流や輸送サービスの一部として扱われることになったのです。当時、私はJNTOに出向してシドニー事務所で勤務していました。そのときのJNTO内だけでなく観光産業が受けた衝撃と重い空気は、今でも忘れられません。

1980年代後半から1990年代前半にかけて、日本はバブル景気とその崩壊を経験しました。この時期、政府全体の関心は経済構造の転換(製造業からサービス産業へ)、国際経済摩擦(特に日米貿易摩擦)、行政改革・省庁再編といった合理化に向いており、観光は経済成長の中心とはみなされていませんでした。

当時の細川内閣や橋本内閣が進めた「省庁統廃合・行政簡素化」では、運輸省も部局の統合・削減を求められました。当時、運輸省には「鉄道」「自動車」「海運」「航空」などの交通部門が並立し、観光部はその中で小規模な存在にとどまっていたこと、また観光政策は運輸省だけでなく、経済企画庁(地域振興・国民生活)、通商産業省(国際交流・サービス産業)、そして自治省(地方活性化)にもまたがっていたことから、「観光」を誰が主導するかが曖昧になり、運輸省が観光を前面に出す意義が薄れたとも聞こえてきました。

当時、観光は物見遊山、レジャー、娯楽産業というイメージが強く、経済政策・国際戦略の中核とは見なされていませんでした。そのため、部局名称から「観光」を外しても「実務的には問題ない」と判断されたのです。一方で、「運輸政策局という建制順位トップの組織に入るのだから観光は重要視されている」という声もありました。

組織名から「観光」というワードが消えただけかもしれませんが、結果、観光の強力な司令塔機能を失うことになり、観光政策の地位が低下しました。予算もつかず、施策立案や推進が滞り、国際会議でも「日本の観光政策はどこが仕切っているのか?」と問われるようになりました。

1990年代後半、アジア諸国(韓国・台湾・タイなど)が「観光立国」を掲げて急速に発展するなかで、日本でも見直しの機運が高まりました。2001年に観光部が復活し、観光立国を宣言。ビジット・ジャパン・キャンペーン、観光庁設置に至るまでの間、政産官学多くの先輩方の苦労を目の当たりにしたことを、当時若輩だった私も今でも強く印象に残っています。

17の重点分野を「観光」が後押しを

高市政権の成長戦略では「危機管理投資」「成長投資」による強い経済の実現を目指すとし、17の重点分野が挙げられています。

AI・半導体、造船、量子、合成生物学・バイオ、航空・宇宙、デジタル・サイバーセキュリティ、コンテンツ(アニメ、ゲームなどの産業)、フードテック(先端技術による食品の開発)、資源・エネルギー安全保障・GX、防災・国土強靱化、創薬・先端医療、フュージョンエネルギー(核融合)、マテリアル(重要鉱物・部素材)、港湾ロジスティクス(物流)、防衛産業、情報通信、海洋。どれも強い日本経済を実現するためには不可欠です。

高市総理は、成長戦略本部でのあいさつで、各戦略分野の供給力強化策として「しっかりと投資計画を立て、成長を促せるように複数年度にわたる予算措置をコミットする」ことなどを指示しました。研究開発から事業化、事業拡大、販路開拓、海外展開といった事業フェーズを念頭に、新たな需要の創出や拡大策を考えて欲しいと述べています。

重点分野のうち、成長投資にあたるコンテンツやフードテックなどは観光にも大きくかかわる分野だと思います。9月26日付けの本コラムで述べた「地方創生2.0」における観光の位置づけの通り、幅広い分野で観光を活用して輸出拡大や産業振興を図る取り組みはすでに一般化しつつあります。今回の日本成長戦略会議が掲げる17の重点分野でも、その目標を達成するためには観光が後押し、または牽引していく気概をもって提案していくことが必要ではないかと考えます。

また、インフラの海外展開、日本製品の販路拡大を果たすには国際感覚と交渉力を持った人材育成が求められます。特に、中高生や大学生のうちから、修学旅行や留学を通じて国際的な視野を広げることが大切です。旅行は、そのきっかけとなり、見聞を広め、日本を俯瞰しながら日本のために世界で活躍する若者を多く育てる人材育成に帰結します。若いうちに、どれだけ旅行を通じて外の空気を吸ってきたかが、その後の実力差につながると、私の経験からも感じています。

現在、国際観光旅客税の議論が進められています。ここで観光振興のための財源をしっかり確保し、国の成長戦略にしっかりと貢献できるようにすること。そして「観光立国」のワードが再び国の戦略の表紙に掲げられるよう、関係の皆さまと一緒に取り組んでいきたいと思います。

最明 仁(さいみょう ひとし)

最明 仁(さいみょう ひとし)

日本観光振興協会 理事長。1985年日本国有鉄道入社、JR東日本で主に鉄道営業、旅行業、観光事業に従事。日本政府観光局シドニー事務所を経て、JR東日本訪日旅行手配センター所長、新潟支社営業部長、本社観光戦略室長、ニューヨーク事務所長、国際事業本部長などを歴任。2023年6月より現職。自他ともに認める鉄道・バスファン。