全国知事会「休み方改革プロジェクトチーム」と愛知県は先ごろ、「ツーリズムEXPO ジャパン(TEJ)2025」のプログラムの一環としてシンポジウムを開催した。テーマは、「『休み方改革』で日本の観光を変える!」。経済界と学校が足並みをそろえる形で休日の分散化を図り、質の高い旅行体験の提供、観光需要の平準化に伴うオーバーツーリズム改善、ワークライフバランスの改善による生産性の向上も視野に入れた取り組みだ。
動きはすでに各地に広がりつつあり、特に注目されているのは愛知県が提唱した「ラーニング(学び)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた新しい休暇の形「ラーケーション」。シンポジウムで取り上げられた議論と最新事例を抄録する。
旅は一生に残る投資—駒沢女子大学・鮫島氏
基調講演に登壇したのは、駒沢女子大学観光文化学部教授の鮫島卓氏。観光経済学を専門とする鮫島氏は、愛知県が提唱するラーケーションについて説明した。県内の公立小中高などで児童生徒たちに所定の申請を経て平日に学校を休み、校外での学習活動を促す「子ども版の有給休暇」であるとし、「本当の目的は、保護者の有給休暇取得をうながし、親子が一緒に遊び、学ぶこと」と述べた。
この取り組みは、「家族との時間が増えた」という点で利用者から高い評価を得ているとし、また、平日に休暇を取ることで、観光需要の平準化促進や、季節変動の激しい観光産業の生産性の向上、働く人の正規雇用化にもつながるとの期待を示した。
一方で、課題として挙げられたのは、仕事の休みをとることに対しての保護者の心理的な負担や、教職員の有給取得率の低さ、また、親が不在の子どもの過ごし方の問題だ。
鮫島氏は、旅は「一生記憶に残る投資」であると強調。新しい休み方を全国に広げるには、観光産業における「学習効果の高いプログラム開発」、教育現場において教員自身が休み方を変えられる環境作り、そして家庭環境による体験格差の是正などを同時に行う必要性を示唆した。
基調講演をおこなった鮫島氏
県民全体で進める「休み方改革」—愛知県県民文化局・中野氏
愛知県の県民文化局官民生活部県民総務課長の中野正明氏は、「県民の日学校ホリデー」の取り組みについて言及した。同県では、11月27日の県民の日を含む「あいちウィーク」を制定し、この期間中の平日1日を学校休業日としている。保護者も有給休暇を取得することを推進しており、2024年度を対象とした調査では小学生の子を持つ親のうち33.5%が休暇を取得したと報告。実際にあいちウィーク中の平日において、愛知県だけでなく「近隣の岐阜県、三重県、静岡県、長野県の宿泊施設、観光施設で愛知県民利用者が増加した」とのデータを紹介した。
愛知県を含む20近く の都道県において県民の日が制定されており、今後、あいちウィークのような形で各県が時期をずらして設定する動きが広まれば、平日の観光需要が分散的に発生し、「平準化に貢献できるのでは」と語った。
交通とレジャー施設も平日利用拡大を後押し—名古屋鉄道・花村氏
名古屋鉄道の地域連携部ツーリズム担当課長の花村元気氏は、名鉄グループ内にあるレジャー・サービス事業にふれ、2025年6月の同社運営のレジャー施設の来場者数を調査したところ、平日と休日とでは6倍の差があったと説明。「だからといって施設運営側として、平日は6分の1の体制で良いかというとそうではない。固定費用は変わらないため、来場者数の平準化が求められる」と語った。
同社では県民の平日利用に対し、レジャー施設の子ども入場料を割引金額にしたり、あいちウィーク期間にはさらに観光施設の入場料をワンコイン化、ホテルの割引や特別プランなどを設けたりするなどの対策を講じている。また、昨年度はあいちウィーク期間中の1日、小児料金150円で電車・バスが乗り放題となるきっぷも販売し、3000枚弱の利用があったという。社員に向けても、「特に事務系の社員にはリモートワークを推進し、平日に休みを取得することのハードルを下げる努力も行っている」と述べた。
観光地で進む、保護者の有給取得—大分県別府市教育委員会・時松氏
前述のように、休み方改革、ラーケーションは、先駆者の愛知県以外でも広がっている。
大分県別府市教育委員会事務局教育政策課参事の時松哲也氏は、別府市が2023年に導入した「たびスタ」休暇について紹介。「別府には観光業従事者が多く、以前より保護者が休日に休みを取ることが困難で、親子の時間が少ないという声があった」と語った。
そんななか、愛知県でスタートしたラーケーションの取り組みに刺激を受けて、立案・導入したのが「たびスタ」休暇だ。別府市立小中学校の児童生徒を対象とした制度で、2025年度は年5日まで、欠席扱いにならずに学校を休み、家族との活動や旅行に時間を使うことができる。5日を連続して取得したり、週末や祝日とつなげたりすることで長期の連休とすることも可能だ。
申請者は、年々増加している。対象の児童生徒の保護者に対して実施したアンケート結果によると、昨年、およそ3割がこの制度を利用しており、うち97%の人が「取得してよかった」と評価。制度自体に対しては8割の回答者からの支持を得られた。特に海外にルーツを持つ子どもたちが、学校を欠席扱いにならずに帰省できることで、より深い体験ができるなどのメリットもあると時松氏は説明した。
一方で、休んでいる期間の学習支援などに課題があり、この対策のひとつとして、2025年度から、授業動画機能を持つ学習アプリを市内の小中学校で導入し、タブレットを使用して休暇中に実施された授業の動画を視聴できるようにしたという。
先駆者たちが休み方改革について議論
シンポジウムのファシリテーターを務めた鮫島氏は、「休み方改革は、全国各地で行政、学校、民間が連携して取り組むべきであるとし、類似の取り組みが全国的に実施されることで観光需要の平準化にもより高い効果が生まれる」と強調。また、休み方改革の推進にあたっては、教育現場での理解を啓蒙していくこと、教員自身が平日の休みを取得しやすい環境の整備が不可欠であるとともに、この動きを観光産業のチャンスだととらえ、観光産業従事者自身も活用・推進することが必要だと述べた。