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飲食店での注文と会計は「人でなくてもいい」を消費者は選び始めた、調査でわかった外食DXの需要拡大

リクルート「ホットペッパーグルメ外食総研」田中直樹氏

観光分野の中でも重要なパートを占めるのが食事だ。外食産業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)は、もはや一部の先進的な店舗に限られた取り組みではない。消費者の行動変容と、飲食店経営を取り巻く環境変化の双方から、デジタル活用は避けて通れないテーマとなっている。

ホットペッパーグルメ外食総研所長の田中直樹氏は、2026年12月に開催される「ホスピタリティテックEXPO」発表会の講演で消費者調査と飲食店調査という複数のデータをもとに、外食DXの現在地と、その導入を阻む課題について語った。

田中氏は講義の冒頭で、「消費者がどれぐらいデジタルツールを受け入れているのか、そして飲食店側がどれぐらい導入に前向きなのか、その実感値を持ち帰ってほしい」と述べ、データを通じて現場の意思決定に資する視点を提示した。

注文と会計は「人でなくてもいい」領域になった

消費者調査から、まず明らかになったのは、飲食店のオペレーションの中で、デジタルでも問題ないと認識されている工程が明確に存在するという点だ。田中氏によると、入店から退店までの一連の流れの中で、最も需要率が高かったのは「注文」、次いで「会計」だった。

モバイルオーダーやテーブル上でのオーダー、キャッシュレス決済といったツールは、すでに多くの消費者にとって違和感のない存在となっている。一方で、調理工程については事情が異なり、「需要率でいくと3分の1程度にとどまっている」と田中氏は説明する。すべてをデジタル化すればよいのではなく、人の価値が求められる領域と、デジタルに委ねられる領域が分かれ始めている実態が浮かび上がる。

年代別に見ると、若年層ほど注文や会計のデジタル化への需要が高く、男女別では女性の方が比較的高い傾向が見られた。田中氏は、こうした傾向について「特性として知っていただければよい」としつつ、顧客層による受容度の違いを理解することの重要性を示した。

人のサービスへのこだわりは、この3年で低下

人によるサービスへの価値観も変化している。

田中氏は、2022年と比較した調査結果を示し、「人のサービス、温かみ、相談、交流といった人との関わりへのこだわりは、この3年間で低くなっている」と指摘した。

この変化について田中氏は、「寂しい話というよりも、デジタルツールでも遜色ないと受け止められるようになってきた」と説明する。消費者側の心理的な受容度が高まっていることは、飲食店にとってDXを進めるうえでの追い風といえる。

さらに、どのようなシチュエーションでデジタルが受け入れられやすいかを見ると、傾向は明確である。複数人よりも一人、長時間よりも短時間、ディナーよりもランチといった、比較的ライトな利用シーンで需要が高い。田中氏は、「居酒屋でお酒を飲む場面よりも、お昼に牛丼を食べるような場面の方が需要率は高い」と具体例を挙げた。

デジタル注文ツールの利用経験については、過半数が「経験あり」と回答しており、とくにセルフオーダーの利用経験が伸びている。利用理由として多かったのは、「気を使わなくていい」「面倒が減る」といった、注文時の心理的ストレスを軽減できる点だった。

「19時台は人を削れない」という思い込み

一方、飲食店側の調査から見えてきたのは、DX導入に対する慎重姿勢だ。

田中氏は、飲食店が抱える課題について、「前回比で最も伸びたのは、食材費の最適化に困っているという声だった」と述べ、売上向上よりもコスト面への不安が強まっている現状を示した。

そうした中で田中氏が紹介したのが、コスト面で大きなシェアを占める「人手不足」をめぐる現場のエピソードだ。あるベテラン店長は、「うちは19時台の集客が一番多い。ここは絶対にこの人数が必要だから、人は削れない」と強く主張していたという。長年の経験に基づく実感であり、多くの飲食店経営者が共有しやすい感覚でもある。

しかし、田中氏は、この認識をデータで検証した。用いたのは、スタッフ一人当たりの売上、いわゆる労働生産性の指標である。時間帯ごとに実際の数値を算出したところ、「減らしても回るのではないか」という事実が見えてきた。

この店舗では、単純に人員を削減するのではなく、人数が少ない状態でも運営できている他店舗のノウハウを共有した。田中氏は、「少人数で回している店舗のやり方を横展開した」と説明する。結果として、浮いた時間やリソースを活用し、店舗の全体としての収益改善につながったという。

田中氏はこの経験を踏まえ、「人が足りないというのは、幻想の場合もある」と述べた。問題は人数の多寡ではなく、業務の設計と時間帯ごとの役割分担、そしてテクノロジーを前提とした運営に切り替えられているかどうかにある。

導入の壁は「活用定着」、ベンダーに求められる役割

調査全体を通じて浮かび上がったのは、消費者側の需要拡大と、飲食店側の導入障壁とのギャップだ。

田中氏は、「消費者の需要率は高まる一方で、飲食店側の導入障壁はまだ高い」と整理する。その最大の要因が、「導入後に本当に使いこなせるのか」という不安だという。

導入時のコスト以上に、「使わずにやめてしまった」「お金だけ払っている」といった失敗体験への懸念が、意思決定を重くしている。田中氏は、「導入前よりも、導入後の心配の方が大きい」と指摘する。

そのため田中氏は、ベンダー企業の役割として、「活用への伴走」と「導入してよかったという成功体験の醸成」を挙げた。注文や会計といったデジタル化に適した業務をテクノロジーに委ねることで人の手が空き、その時間を追加提案やホスピタリティに振り向けられるかどうかが、DXの成否を分けるという考え方である。

田中氏は、「飲食店は収益を上げてこそ成り立つ。導入を目的化せず、導入後に何をするのかという目的を絶対にぶらさないでほしい」と強調した。デジタルツール導入はゴールではなく、経営改善のための手段であることを、あらためて示した。

取材・文:鶴本浩司