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世界大手・旅行流通テクノロジー企業「HBXグループ」社の新会長に聞いた、複雑な旅行流通をデータとAIで再構築する戦略

世界有数の宿泊・旅行流通企業であるHBXグループで、新たに会長に就任したジェームズ・バイルフィールド氏が、初めて報道関係者向けに自身の見解を示した。同社がインドネシア・バリ島で開催した国際カンファレンス「MarketHub」で、同グループが直面している環境変化と、その先にある成長機会、テクノロジーを軸に据えた経営観を語った。

HBXグループは「Hotelbeds」などBtoBに特化した旅行流通プラットフォームを運営する大手企業。世界20万軒の宿泊在庫を提供している。バイルフィールド氏がHBXグループの取締役会に加わったのは、2025年11月末。すぐに同社のテクノロジー基盤の強さを改めて認識したという。

HBXグループが運営するデジタルテクノロジープラットフォームは、日次で80億件を超える検索リクエストを処理し、その稼働率は99.999%。これは、旅行流通という止めることのできない産業インフラを支える企業として、極めて重要な要素だ。

一方で同氏は、「安定していること」と「十分であること」は同義ではないと強調する。旅行者の期待は年々高度化しており、旅行前の情報収集段階から、旅行中の体験、さらには旅行後のフォローアップに至るまで、一貫して質の高い体験が求められるようになっている。業界パートナーの側でも、変化への対応スピードや柔軟性がこれまで以上に重視されている。さらに、世界各地で働く数千人規模の従業員にとっても、より高度で使いやすいツールや、効率的な業務環境が不可欠になっていると指摘した。

テクノロジーが軸、これまでのキャリアとHBXでの役割

バイルフィールド氏のキャリアは、投資銀行業務から始まった。金融の世界で培ったのは、数字に基づいて意思決定を行う姿勢や、リスクとリターンを冷静に見極める視点。その後、1990年代後半にインターネット分野へとキャリアの軸を移した。当時は、インターネットが社会やビジネスの前提になるかどうかも定かではない時代であり、その分、挑戦と不確実性が大きかった。

同氏は、その時期に起業家としての道を選び、複数のスタートアップやスケールアップ企業の立ち上げと成長に携わってきた。その中でも象徴的なのが、インターネット通話サービスとして世界的に普及したSkypeである。バイルフィールド氏は創業期の経営チームの一員として、サービスをグローバルに展開していく過程を間近で経験した。この経験は、テクノロジーが国境を越えて人々の行動や産業構造を変えていく力を持つことを、強く印象づけるものとなった。

その後、同氏はより大きな組織での変革に携わるため、Condé Nast社に移った。Vogue(ヴォーグ)やCondé Nast Traveler(コンデナスト・トラベラー)などのブランドを擁するメディア企業において、デジタル変革を主導し、テクノロジーを軸にしたビジネスモデルの再構築に取り組んだ。紙媒体中心だった事業構造を、デジタルを前提としたものへと転換していく過程では、組織文化や業務プロセスそのものを見直す必要があったという。

こうしたキャリアを通じて、バイルフィールド氏は、テクノロジーが単なる効率化の手段ではなく、企業の在り方や意思決定の質、さらには組織文化そのものを変える力を持つことを実感してきた。「テクノロジーを理解し、それを事業や組織の変化につなげることが自分の強みだ」と語る背景には、こうした長年の経験がある。HBXグループがテクノロジーのバックグラウンドを持つ人物を会長に迎えたことについても、同氏は業界が変化の局面にあり、同社自身も次のステージへ進もうとしていることを示すシグナルだと位置づけた。

ジェームズ・バイルフィールド氏

分断された旅行流通市場をどう再設計するのか

バイルフィールド氏が、特に時間を割いて語ったテーマの一つが、旅行業界、とりわけ宿泊分野が抱える構造的な課題である。同氏は、この市場を「非常に細分化され、分断された市場」と表現した。世界中には数十万軒規模の宿泊施設が存在し、それぞれが異なる契約条件、価格設定、販売チャネル、システムを用いて流通している。

販売側を見ても、従来の旅行会社、オンライン旅行会社(OTA)、法人向け手配、パッケージツアーなど、流通経路は多岐にわたる。それぞれが独自のシステムや業務フローを持っているため、市場全体としては複雑さが増し、非効率が生じやすい構造になっている。こうした複雑さは、業界内部だけでなく、最終的には旅行者の体験にも影響を及ぼす。

HBXグループは、この分断構造の中で、宿泊施設と販売・流通側をテクノロジーで結びつける役割を果たしてきた。同氏は、「我々は、数十万の宿泊施設と、数万の流通ポイントをつないでいる」と述べ、その役割が単なる取引の仲介にとどまらないことを強調した。HBXグループが目指しているのは、市場全体がよりスムーズに機能するための基盤を提供することである。

重要なのは、その複雑さを表に出さないことだという。裏側では多様なシステムや契約条件を調整しながらも、表側ではパートナーや旅行者にとって分かりやすく、使いやすい形で提供する。HBXグループでは、複数の機能や接続を統合する技術基盤の整備を進めており、パートナー企業が個別対応や煩雑なシステム連携に追われることなく、自社のビジネスに集中できる環境づくりを目指している。

データ過多の時代、AI活用をめぐる世界的潮流

データ活用とAIについてはこれまで以上に重点をおくと強調した。バイルフィールド氏は、「どの企業にもデータにあふれているが、洞察が不足している」と指摘した。多くの企業が大量のデータを収集できるようになった一方で、そのすべてが意思決定に結びついているわけではないという問題意識だ。

HBXグループにおいても、膨大なトランザクションデータや検索データが日々生成されている。しかし同氏は、「すべてのデータを集めることが価値を生むわけではない」と述べ、どのデータを使い、どのような示唆を導き出すのかが重要だと強調した。従来、スプレッドシートを使って人手で行われてきた分析作業の多くは、テクノロジーによって自動化されつつあり、人が担うべき役割は最終的な判断と意思決定に移行していると話す。

AIについては、「世界中の企業の経営層が同じ課題に直面している」と語り、現時点では、単純に投資対効果の評価が容易ではないとした。生産性向上やコスト削減といった分野が先行しやすいが、それだけで終わるべきではないというのが同氏の考えだ。長期的には、テクノロジーを活用して追加的な成長や新たなビジネス機会を生み出すことに、より大きな可能性を見ている。

HBXグループにおいても、AI活用は他の投資と同様に事業計画に基づいて検討されている。「新しい技術の初期段階では、学びながら進むことが重要だ」と述べ、段階的かつ現実的なアプローチを強調した。一連の発言からは、データやAIを短期的な流行として追うのではなく、分断された旅行流通市場を再構築し、業界全体の基盤を進化させるための中長期的な戦略として位置づけるHBXグループの姿勢が浮かび上がる。

取材・文: 鶴本浩司