2026年3月、世界の野球ファンが熱狂した野球界最大の祭典「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が幕を閉じた。マイアミ、ヒューストン、サンフアン、そして東京。4都市を舞台に繰り広げられた熱戦の裏側で、日本の旅行大手JTBが日本プールで仕掛けたのが「スポーツホスピタリティ」だ。単なるチケット販売にとどまらない同社の取り組みや、プログラムで提供された特別な体験を取材した。
特別な一日をデザイン
3月10日、東京ドーム。日本とチェコ戦の開始を控えるなか、ドームシティ「9VILLAGE」でおこなわれていたのは、かつての侍ジャパン戦士として世界一の栄冠を手にした谷繁元信氏、里崎智也氏、松井稼頭央氏、和田毅氏、そして野球に造詣が深いココリコの遠藤章造氏によるトークショーだ。
これは、JTBが提供する公式ホスピタリティパッケージ「WORLD BASEBALL CLASSIC EXPERIENCES」の購入者向けプログラムの一環。世界を知るレジェンドたちの解説に参加者は聞き入り、会場は熱気に包まれていた。大谷翔平選手のユニフォームを着用して笑い合う親子や、解説を頷きながら追う夫婦、野球をフックにビジネス談議に花を咲かせるグループなど、客層は多岐にわたる。
レジェンドOBたちによるトークショー。序盤戦の戦いぶりや投手陣の課題、過去大会の名場面、そして最終的な日本の優勝確率など話題は多岐にわたった会場内で提供された飲食サービスでは、シェフがチェコ料理をアレンジして提供するなど、対戦国へのリスペクトを込めた細やかな仕掛けが施された。シェフは「世界が集う場。通常の料理に加え、韓国戦では韓国料理、オーストラリア戦ではオーストラリア料理、台湾では台湾料理を取り入れるなど、対戦カードごとに工夫を凝らした」と振り返る。
JTB運営のLiving Auberge (リビングオーベルジュ)が提供。各日の対戦相手国にちなんだ料理や装花で演出
今回のパッケージには、プランや日程に応じて、こうしたイベントのほかバックヤードなどの特定エリアへのアクセスや、専用ラウンジでのサービスが含まれている。
専用ラウンジは公式ホスピタリティ専用ゲートから入場し、目の前の観戦席と飲食の提供スペースを自在に行き来できる環境だ。試合が始まるまでの時間には、トークショーに登場したレジェンドたちとの記念撮影などサプライズも用意した。
また、「Diamond Prime Seat」や「Champion Prime Seat」の購入者向けには、JTBが独自に提供するイヤホンを通じたレジェンドの音声ライブ、交流プログラムも用意された。
1人あたり40万円を超える高単価なパッケージも早期に完売。座席の確保という従来のチケット購入から、スタジアムでの滞在体験そのものを重視する層が日本でも一定数存在することを物語っている。専用ラウンジから試合前のスタジアムを俯瞰できる環境も、こうした高付加価値プランが選ばれる理由の一つだろう。
ラウンジ内ではアルコール類を含む飲食が提供される。日本プールにあわせて握り寿司も提供された
試合前から球場を俯瞰できる座席
日本流のホスピタリティを世界へ
こうしたスポーツ観戦を「感動体験」に変えるスタイルは、欧米で先行して定着してきた文化だ。商談や事業構築につながるビジネスネットワーキング、いわゆる社交の場としても活用されてきた。JTBは、それを日本独自の価値観で再定義しようとしている。
「もともとホスピタリティビジネスは欧米で生まれたもの。我々は2019年のラグビーワールドカップなどで海外からそのノウハウを学び、展開してきた。スポーツホスピタリティはビジネス、レジャー双方でチャンスがある」とJTB執行役員ツーリズム事業本部スポーツビジネス戦略担当スポーツ・エンタテイメント共創部長の福井貴裕氏は話す。
しかし、目指すのは欧米の単なる模倣ではないという。「日本の品質やホスピタリティを掛け合わせることで、日本流のスタイルを世界に展開できると考えている。質の相乗効果で、お客様の感動体験をより高めていきたい。それがJTBの掲げる『交流創造事業』としての挑戦だ」(福井氏)
JTB執行役員ツーリズム事業本部スポーツビジネス戦略担当スポーツ・エンタテイメント共創部長の福井貴裕氏
ライツビジネス参入の決断
この感動体験を安定的に提供するために不可欠なのが、ライツビジネスの強化だ。JTBは今回のWBCにおいて、英国STH(Sports Travel & Hospitality Group)グループと共同でホスピタリティパッケージの独占的な権利を確保した。また、同社はMLB(メジャーリーグベースボール)のオフィシャルパートナーでもあり、2027年のラグビーワールドカップでも国内唯一の公式販売権を取得し、第3国間における展開も視野に入れている。
単なる旅行の仲介ではなく、大会の権利に深く関与することで、座席の確保からラウンジでの演出、レジェンドの起用までを一貫してプロデュースすることが可能になる。権利に裏打ちされた独自のコンテンツ力が、他社の追随を許さない同社の揺るぎない強みとなっている。そして、WBCという大きな舞台でJTBのロゴが映像を通じて映し出される効果は計り知れない。
JTBグループは今年1月に発表した長期ビジョン「OPEN FRONTIER 2035」のなかで、優良資産形成のための投資として、競争力を生むIP(知的財産)やライツ権利の獲得を挙げた。グローバル事業の強化も掲げている同グループが、このWBCという巨大な舞台を起点に、日本流のおもてなしを世界のスポーツビジネスにおける新たなスタンダードへと押し上げることを目指している。
記事:野間麻衣子