スペイン大使館観光部は、2026年6月23日、都内で観光のサステナビリティをテーマにしたカンファレンス「第1回 Spain Talks: Caring for the Future」を開催した。スペイン観光推進局(Turespaña)が2024年から世界各地で展開しているイベントで、アジアでの開催は今回が初めて。スペインと日本の行政、デスティネーション、観光産業の関係者が、観光需要の急回復で顕在化したオーバーツーリズム、住民生活との調和、地域分散、体験価値の創出を議論した。
スペインは、歴史都市、ガストロノミー、自然、文化など多様な観光資源を背景に、世界有数の観光大国として成長してきた。その一方で、バルセロナや島しょ部などでは、観光客の集中、住宅・交通など住民生活への影響といった課題にも向き合っている。開催の挨拶にたったイニゴ・デ・パラシオ駐日スペイン大使は「課題は観光客を拒むことではなく、適切に管理することだ。地域住民、企業、旅行者のバランスを取ることが重要」と強調した。
イニゴ・デ・パラシオ駐日スペイン大使
スペイン観光推進局のミゲル・サンス総局長も、観光の成長は今後も続くとの前提に立ち、「対策を講じ、公共政策を作り、観光を管理する戦略を持たなければならない」との考えを示した。そして、日本とスペインの両国が急速な成長、観光客と住民のバランス、地域のアイデンティティと文化の保全という共通課題を抱えていると指摘。スペインの国家観光戦略「España Turismo 2030」と日本の観光政策には、観光流動と経済機会の地域分散、テクノロジーやAIの活用という共通点があり、こうしたイベントを契機とした対話をおこなうことで観光をより良くしていくことができると力を込めた。
ミゲル・サンス総局長
国の観光戦略、スペインは「住民」を政策の柱に
第1セッションでは、国家観光戦略をテーマに、スペイン観光推進局のサンス氏と日本から観光庁国際観光部長の中野岳史氏が登壇した。
まず、サンス氏は、スペインの観光産業について、国際観光客数が1億人に迫り、観光がGDPの13%、雇用300万人を占める重要産業となっていることを強調。そのうえで、パンデミックを契機に観光政策総局が創設され、観光政策が誘客プロモーションだけでなく、供給側の政策が強化されている経緯を説明した。デジタル化、競争力向上、経済・社会・環境のサステナビリティを柱に、観光地が変化に適応し、社会的・経済的価値を高めることを目指している。
さらに、「住民の支持がなければ、観光地は競争力を持てない」という考えのもと、住民からの社会的支持を観光政策の根幹に置くようになったという。
その方向性を制度化したのが、スペイン観光の国家戦略「España Turismo 2030」だ。サンス氏によると、同戦略は「初めて人を中心に据えた戦略」だという。
従来の観光戦略では、旅行者と観光事業者に重点が置かれていたが、同戦略では、旅行者、事業者、観光産業で働く人、観光を管理する人に加え、初めて住民を明確な政策対象に含めた。サンス氏は「住民を観光政策の対象に含めることはパラダイム転換」と述べ、観光地に暮らす人々の生活の質を高めることが、最終的に観光産業の競争力を高めるとの認識を示した。
成功指標も変化した。スペイン観光推進局では、訪問者数や観光収入だけでなく、雇用の季節性、廃棄物、水の消費、観光客と住民双方の移動時間(地域交通の利便性)などを、観光の成果を測る指標に加えている。この指標の達成に向けて、同局では「責任あるマーケティング」を掲げ、地域に負荷を与えやすい需要から、家族、シニア、教育旅行、MICEなど、地域により良い影響をもたらす需要への誘導を図り、観光モデルの転換を図っている。
日本側からは、観光庁の中野氏が、日本の観光政策として3月末に閣議決定された新たな観光立国推進基本計画を説明。訪日外国人旅行者の急増が地域経済に寄与する一方、東京や京都などのゴールデンルートへの集中、騒音、ごみ、交通混雑、自然環境への影響が課題として示された。「旅行者数を増やすだけでなく、増加する旅行者を適切に管理し、良好な観光環境を提供する必要がある」と語り、観光と地域社会の調和、住民との共生を政策の中心に置く考えを示した。
第1セッションでは両国の戦略が語られた
成熟した観光地、バルセロナと京都の課題と対応
第2セッションでは、成熟した観光地として知られるバルセロナを擁するカタルーニャ州と京都市、新興デスティネーションとしてラ・リオハ州と岐阜県の取り組みが紹介された。
カタルーニャ州政府観光局アジア太平洋局長のダリル・ゲラシュ氏は、バルセロナ市の国際訪問者数が1992年の170万人から2025年には2000万人超に急拡大している現状を説明した。その結果、市内のサグラダ・ファミリア、グエル公園、ランブラス通りなどに観光客が集中し、公共交通や都市インフラへの負担がかかり、民泊を含む短期宿泊レンタル(STR:Short Term Rental) の増加によって市民の住宅価格が高騰するなどの諸問題が発生している。
課題を解決するために、市は、2015年にホテルや観光アパートなど観光宿泊施設の新規開業許可を一時凍結し、2017年には都市計画の枠組みのなかでホテルの新規開発を制限した。2025年には、2028年以降にSTRのライセンスを更新しない方針を発表した。さらに、住民が近隣のSTRが正式に登録済みかを確認できるウェブサイトも整備し、市民が観光客の宿泊の実態を把握できるようにしている。
このほか、クルーズ船については、短時間寄港による一斉上陸が都市内の移動に与える影響を踏まえ、ターミナル数の削減や滞在時間に応じた料金設定などを進めている。市内観光では、ガイドツアーの人数を最大20人に制限し、日中の拡声器使用を禁止。観光バスにも事前駐車予約を求めるなど、都市の暮らしと観光利用の調整を進めている。
第2セッションではオーバーツーリズムが指摘される都市として京都、バルセロナ、新興都市として岐阜県とラ・リオハ州がそれぞれの取り組みを共有した京都市からは、観光政策監の西山将史氏が現状を共有。オーバーツーリズムが指摘される清水寺、嵐山、伏見稲荷、金閣寺など特定地点への集中がある一方、「嵐山でも大通りを外れると人がほとんどいない」とし、市内でも混雑に偏りがある実態と時間・場所の分散の必要性を説明した。市はライブカメラで人流をリアルタイムに分析し、混雑状況を可視化。コインロッカーの空き状況、バスや駐車場の混雑情報をスマートフォンで提供し、訪問者の行動分散を促している。
交通面では、週末・休日に京都駅から伏見稲荷へ直行するバスを運行。通常の市バスより高い運賃設定ながら、秋には1日約3000人が利用し、一般路線の混雑緩和につながっているとした。ごみ対策では、投入したごみを約5分の1まで圧縮できる圧縮式ごみ箱を、市内に34基設置。地元事業者や企業からの協力も得ており、西山氏は「行政だけでなく、地域住民や事業者と一緒に取り組んでいる」と強調した。
京都の課題としては、民泊にも言及。日本全体でインバウンドが拡大するなか、市内でも民泊施設が大幅に増え、地域住民の不安やトラブルにつながっている。市では用途地域が住居専用地域の場合に営業日数の上限を60日とするなどの独自ルールもある中、2026年度中にはさらなる条例改正をおこない、規制を強化する方向性で議論が進んでいる。
西山氏は、こうした動きについて「すべての民泊をなくすということではない」としたうえで、適切な民泊運営がなされるように国への制度面での支援も求めていく考えを示した。
一方、新興デスティネーションとしては、ラ・リオハ州と岐阜県から取り組みを紹介。まだ国際市場で十分に知られていない地域が、どのように観光のストーリーを作り、地域の価値を守りながら需要を取り込むかが焦点となった。
ラ・リオハ州は、ワインとガストロノミーを核に、国際市場での認知向上を目指している。州政府観光局・地域推進総局観光局長のブルヒニア・ボルヘス氏は、「もっと知られたいかどうかではなく、なぜ、どのように知られたいかだ」と述べ、住民の暮らしと地域文化を守りながら、国際市場に向けた物語と商品を磨く重要性を強調した。また、観光客の行動データをもとに来訪エリアや時間帯を分析し、混雑の抑制や地域内の周遊促進につなげる観光流動最適化にも取り組んでいる。
これに対し、岐阜県観光連盟の加藤英彦氏は、県内では白川郷、高山、中山道に訪日客が集中し、1人当たり観光消費額が低いことを課題に挙げた。そのうえで、森林率81%、合掌造り集落、中山道、伝統工芸などを「サステナビリティそのもの」と位置づけ、ブランド統一と約60の体験商品の造成を進めていると説明。白川郷では、合掌造りの茅葺き屋根の葺き替え費用を村が9割補助し、その財源の一部に駐車場収入を充てる仕組みも紹介した。
持続可能な観光体験の造成への取り組み
第3セッションでは、観光産業と政策側の視点から、持続可能な観光体験の造成が議論された。スペイン観光庁国務長官室顧問のイネス・クレスポ氏は、EUの支援資金を活用した主要施策として、観光地サステナビリティ計画と体験プログラムを紹介した。
観光地サステナビリティ計画は、国が戦略を示し、地域が自らの課題に応じて計画を組み立てる仕組みだ。国が一律の解決策を押し付けるのではなく、自治体、企業、住民が地域で課題を共有し、国が財政・制度面で支援することで、地域特性に応じた実践的な観光マネジメントを可能にする。事例として、ベニドルムでは持続可能なモビリティ、循環経済、排出削減に取り組み、グラン・カナリア島では生物圏保護区の保全と来訪体験の両立を図り、トレドでは歴史的都市の居住性と観光体験の両立に取り組んでいる。
もう一つの柱が体験プログラムだ。クレスポ氏は「新しい商品を作るというより、既に存在していた資源を構造化し、拡張するもの」と説明した。各地で個別に提供されてきた体験を、事業者ネットワークとして束ね、同じブランド、同じ物語で、共同販売の仕組みで展開する。太陽とビーチに代表される従来型のマスツーリズムだけでなく、専門性が高く、多様化した旅行者が求める付加価値を提示する狙いだ。
事例として、イベリアオオヤマネコなどの自然観察を扱う「Wildlife Spain」、ローマ時代の邸宅群、城・宮殿の歴史遺産ネットワーク、オリーブオイルツーリズム、RENFEの観光列車、17地域の花の開花を年間カレンダーで見せる体験、星空観察などが挙げられた。城・宮殿のネットワークでは、10以上の自治州にまたがる67の城や宮殿を結び、デジタル化と文化体験、地域サービスを組み合わせたパッケージ化を進めている。
第3セッションでは、日本旅行業協会理事長の蝦名邦晴氏(右)も登壇。日本の旅行業界の立場から、地域資源を旅行商品として磨き込み、付加価値の高い体験として造成・販売していく重要性を示した
閉会にあたりサンス総局長は、スペインが政府資金を活用し、花の開花など、これまで国際旅行者が訪れてこなかった地域の観光商品づくりを進めていることを紹介した。そのうえで、観光需要を一部の地域や時期に集中させるのではなく、地域の物語を国際需要に適応させ、デジタル化しながら、経済効果をより広く分散させていくことが重要だと説明。「観光を成長させることと、地域の暮らしを守ることを対立させるのではなく、その両立を設計することが、これからの観光マネジメントの核心になる」と日本側にも呼びかけた。
イベントでは「Spain Talks Awards」の表彰式もおこなわれた。日本国内でスペインを「サステナビリティに真摯に取り組むデスティネーション」として発信し、その認知向上に貢献したメディアやコンテンツクリエイターを選出